ギレイの旅

千夜ニイ

シュリとカナルとラーシャ

 ワルツとヤンが光と共に順番に消えていってから、すぐに、黒い魔法陣が地面に現れ三人の少年少女が現れた。
闇属性の魔法でやってきた三人からは、不思議なことにふわりと強い太陽の香りがした。


 入れ違いの様にやってきたのは、白より少し年上か同じ位と思われる少年達。
背中に大きなハンマーを背負った、とても大柄な少年と、もう一人は儀礼よりも少しだけ背の高い少年だったが、その身体は鍛えられた筋肉で引き締まっていた。
背中に装備された剣は幅広で、とても重そうな物だった。


 最後の一人は少女で、長い栗色の髪と、灰色と茶色が混ざったような繊細な模様の瞳がとても目を引いた。
三人とも、布地を多く使った、特徴的な民族衣装のような服装をしている。


「今日も、可愛いわね。」
ぽつり、というように小さな声で、白はその綺麗な少女に言われた。
聞こえるかどうか微妙な大きさの声。
それは、グラハラアという国の言葉だった。アルバドリスクからは遠い国。
こんなところでも、ウサギ嫌いの兄の努力は役立った。


 「可愛い」と嬉しそうに微笑む少女だが、その少女の顔の方が白にはとても魅力的に見えた。
体はとても細いがしなやかで、腰に武器を提げていることからも、本格的に武道をやっていることがわかる。
そして間違いなく、美少女だった。


「あ」
あなたの方が可愛い、と思わず言ってしまいそうになり、白は慌てて口をふさぐ。
三人の背後の壁に見えた、『僕は何もしゃべりません』と言う文字。
同じ年頃と思われる少女と話してみたかった気はしたが、こんないたずらに加担したのは白だ。
仕方なく、白は口をつぐむことにした。
「ん? 今日はおとなしいな。どうした?」
不思議そうに、身の引き締まった少年が白を見下ろす。


「なんだ、これ? しゃべらないって? 見ろよ、シュリ、ラーシャ。」
白の視線に気付いたのか、体の大きな少年が、後ろを振り返ってその張り紙に気付いた。
 『僕はなにもしゃべりません』
その文字を見て、三人揃って、吹き出して笑っていた。
そのそっくりな態度から、この三人が兄弟か、よほど仲のいい友人同士であることがわかった。


「うふふ、やだ、なぁにこれ、ギレイ。新しい遊び?」
柔らかに笑う少女の微笑みはやはり可愛らしくて、花がほころぶようだった。
ラーシャと呼ばれた少女らしい少女。白も何もなければ、こんな風に成長しただろうか。
朗らかに、きらきらと輝くような美しさ。
白はゆっくりと首を振った。
普通に育ったとしてもきっと、白にはこうはなれなかった。


 まともでない生活をしているような儀礼が、あれほど綺麗な笑みを見せるのだ。
どんな育ちでも、元があり、中身がある。
白は、中味を磨かなくてはいけないのだろう。ふわふわと香るような女性らしさ。
(無理かな。)
なんとなく、戦うことばかり考えて育った白には、遠い存在の様に思えた。


 そんなことを考えていた白と、シュリと呼ばれた少年の目が合った。
人懐こそうな目が探るように白の目の奥を覗く。瞳の色に気付かれないか、白はちょっと焦った。
「お前の、考えることは分からないことだらけだ。少しは理解できるように説明しろ。手伝いもせず、追いつけるようになれとか、お前、案外鬼だよな。……いや、手伝ってもらったか。十分。悪い。」
そう言って、小柄な少年が白の頭を撫でた。小柄と言っても、シュリは白よりは15cm程背が高い。
「あれ? お前、また縮んだか……?」
眉をひそめ、不思議そうにシュリが呟いた。
(また?)
白は心の中だけで呟く。


「それにお前、この前あった時よりなんかちょっと雰囲気が違う様な……。」
シュリが真剣な様子で眉間にしわを寄せて白を見始めた。
白は身長をごまかすために椅子に座って、瞳の色が見えないよう深く眼鏡を掛けなおし、手近にあった本を開いてみた。
白が開いた本は『魔力属性とその効果』。
朝月が光属性なのに『魔性』をもつことや、トーラのドラゴンから生まれたという性質について、不思議に思って時間があったら基礎の本から読み返してみようと思って、白は本棚から出しておいたのだ。


 たまたま開いたページは白の見たかった朝月の「光」や、トーラの「不明属性」ではなく「闇属性」の項だった。
闇属性の主な効果は吸収。
音や光、魔力や衝撃などを吸収することに優れている。
なので、攻撃よりも補助に利用されることが多い、と記されていた。


「カナル、こいつ俺たちと再戦するつもりだ。手の内を語るつもりはないってよ。」
白の読んでいた本に視線を落とし、少し考えてからシュリは、大柄な少年を振り返ってそう言った。
その瞳は真剣で、挑むようにカナルと白とを見比べている。
「今度は、苦戦なんてしねぇ。俺はもっと強くなるぞ。」
真っ直ぐな目で、シュリは儀礼しろを見る。
「カナル。お前にも遠慮はしない。俺は、もうロワルゼン流は継がない。俺の、俺のできる武を鍛える。」
白には、シュリの周囲に湧き上がる黒い魔力がはっきりと感じられた。


《白、ケンカ売られてるわよ。》
ドラゴンの翼を広げ、ふわりと白の肩まで飛び上がり、トーラがくすりと笑った。
(え? 私? ギレイ君にだよね?)
慌てたように瞳を上げた白に、トーラとは反対側に浮き上がったシャーロットが答えた。
《今、魔力を向けられてるのはあなた。でも、この少年鋭そうよ。私が結界を張ればあなたがギレイ(あのこ)ではないと気付かれるかもしれない。いい?》
魔力を向けているだけで、攻撃を仕掛けているわけではないので、シャーロットは白に判断を委ねた。
危険があれば、迷いなくシャーロットは行動に出る。


「おい、シュリ。何の目的で来たのか忘れたのか?」
笑うように、大きな声でカナルが言った。
「ぅお!」
思い出した、という感じにシュリの纏っていた魔力が消えた。
「これな、親父からお前に渡すように頼まれた布地。こんなもん、何に使うか知らないが、犯罪はやめろよ。片棒担がされたなんて嫌だからな。」
バックパックから取り出した黒い布地をシュリは白に手渡した。
持ってみれば、その布は量に比べて随分と軽かった。
「俺達の服についてるのは一重の状態。もっと視界にこだわらないやつは二重とかにして目が焼けるのを防いでる。特殊な布だから結構値がするんだぜ。だから、それでまるまる服を作ろうってやつはいないな。フルマスク位ならいるけど変人扱いだから、やめろよ?」
一応と、確認するようにシュリは白に言った。


 これも、儀礼の頼んでいたものらしい。
なので白は儀礼に変わってお礼を言おうと口を開く。
「あ」
そして、聞こえた自分の声に慌てて、口を閉じる。
白は深々と頭を下げてお礼の代わりとした。


「やっぱり、可愛い。」
くすくすと笑い、素早い動きで白の隣りへと回っていたラーシャが、上げた白の頭を撫でた。
目が合うと、ふんわりとラーシャは微笑んだ。
なんとなく、白の頬は熱くなった。
目の前にある親しげに微笑む美少女の顔。
やっぱり白は、この少女とちゃんと話をしてみたかった。友達に、なってみたかった。


「んじゃ、仕事もあるし、家の方も大変だし、帰るか。」
シュリは切り出す。
精霊シャーロットは安心したようにほっと息を付く。
また、戦闘用に魔力を放出されたなら、白がなんと言ってもシャーロットは攻撃態勢に入るつもりでいたのだ。


(行っちゃう。)
そう思って白は、慌てたように儀礼の残していった紙とペンを手に取った。
さらさらとグラハラアの文字を思い出して書き込む。
習うためだけに覚えて、何年も使っていなかった文字。合っているかも少し不安だった。
それでも、伝えたかった。次は、儀礼と一緒にいる時に。もっと、話がしたい。


『またきてね!』
白は、走り書きの様に書いたメッセージを、移転のための黒い魔法陣の中へと入ったラーシャに手渡した。
二人の少年が、ラーシャと共にそれを覗き込む。
「言えよそれくらい。」
カナルが言い、
「またね! うちにも来てね。シュリに迎えにいかせるから。」
ラーシャが手を振る。
「俺かよ。」
言いながら、シュリは苦笑して頷いた。
三人がそれぞれに笑って、黒い炎のような光の中へと消えていった。

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