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ギレイの旅

千夜ニイ

ワルツとヤン

「おーい。ギレイっ。あれ? おっかしいな。ここにいるって聞いたのに。」
若い女性の声が実験室に響いた。
「ギレイさん、いませんか?」
白い光とともに、もう一人若い女性が現れ首をかしげた。


 先に来たのは鎧をまとった戦士のような姿の女性で、いや、鎧だけのような寒そうな格好をしている。
赤茶色の髪に、身のこなしの鋭そうなしなやかな体つきをしていた。
 後から来た長い黒髪の女性は、とんがり帽子を被り、木製の杖を持ち、丸い眼鏡を掛けている。
まるで絵本の中から連れて来たかのような『魔女』そのもののような姿。


 『僕は何もしゃべりません』


当然、そう書かれた紙を二人は見つけた。
「これだ、本当だ。何してんだギレイのやつ。」
赤茶色の髪の戦士がケラケラと声を上げて笑い出す。
すらりとした手足、豊かな胸元。
なんとなく、白はその女性をどこかで見たことがあるような気がした。
《ワルツ。私の前の持ち主よ。ギレイを守るために私をギレイに譲ったの。》
白のポケットから表れて、トーラが呟いた。
言われてみれば、白はようやく理解した。トーラの容姿はワルツという女性に似ていたのだ。
顔立ちもそうだが、他にも開けた服装とか、谷間のある胸元とか。
白はさっとそこから視線を逸らす。


「おう、なんだいるんじゃないか。寝てたのか?」
ソファでくつろいでいた白に、近寄りワルツは言った。
元気の溢れるような明るい笑顔。
「あ、もしかして風邪でも引いたのか? のどが痛くてしゃべれないとか。」
心配そうに白の顔を覗き込む女性に、白は慌てて首を横に振る。
珍しい、オレンジ色の瞳がとても綺麗だった。
白は元気だ。しゃべらないのはばれないようにするため。


 元気だと示し、白がそれでも黙っていれば、ワルツは白の額に自分の額を合わせた。
「……熱はない、か? だめだ。鎧の効果でよくわからねぇ。ヤン、どう思う?」
間近にあった瞳に白が偽者だとばれないかとドキドキしていれば、ワルツはもう一人の女性へと話しかけた。
「あのっ、えっと。私は、いつものギレイさんの草原を渡る風のような気配も好きですが、今日の凛とした、澄んだ湖のような青い魔力も素敵だと思いますっ。」
上ずったような、慌てた声でヤンと呼ばれた女性は言った。
青い魔力。そう言われて、白はドキリとする。
それは、間違いなく青い精霊シャーロットの気配だ。
この女性、精霊の気配を魔力として捉えられるのかもしれない。


 しかし、それほどの魔力の探知能力を持っていたとしたら、あの規格外の朝月に対してはどうなのだろうか、白はちょっと疑問に思った。
ヤンが何度か白い腕輪の魔力から逃げ出していることを、もちろん白は知らない。


「聞いてねぇよ、そんなこと。」
呆れたようにワルツが言って、ヤンのとんがり帽子をつつく。
落ちそうになった帽子をヤンは慌てたように両手で直していた。
替わりにカランと落ちた杖を今度は慌てて拾う。
なんだか、行動が可愛らしい人だった。


「元気かどうかって話だよ。」
困ったような笑顔でワルツは言った。
「えっと、魔力は満ちていいますし、お元気そうだと思いますが。」
上から下へ、下から上へと、ヤンは探るように白を見回して魔力で探知された気がした。
怪我をしていないかの確認をされたのだろう。
具合が悪かったり、怪我をしていたりすると魔力が滞ったり、減少すると言われている。


 元気であることを示すために白はこくこくと頷いてみた。
トーラがワルツのことをじっと見ている。
正面に向き合うと余計によく似ていると分かった。
《私、ワイバーンとしてあなたに倒されて、宝石となってギレイの下に来たこと。感謝するわ。私は私になれた。あなたに似てるのも、なんだか不思議ね。》
くすくすとトーラはワルツの周りを楽しそうに飛び回る。


「?」
ワルツを見て、ヤンが不思議そうに首を傾げた。
「ワルツさん、なんだか少しピンク色になられました?」


「……お前は、また訳の分からないことを。ピンクってなんだよ。それじゃいつまでたっても『若き魔女』だぞ。」
若干、戸惑いのようなものを見せて、ワルツはまたヤンのとんがり帽子をつつく。
『若き魔女』。それは白も聞いたことのある二つ名だった。
現代によみがえった魔女。古代の文明に近い魔法を扱えると言われている。
しかし、その性格に少し難があると言われていたのだが……。
「あの、女性が若いことはいいことだと、以前ギレイさんが言ってくださいました。」
そうですよね、とヤンは白に向かって首を傾げる。


「ヤン、お前それ、からかわれてる。」《あなたそれ、意味が違うと思うわ。》
ポンと、ヤンは、ワルツとトーラに両側から肩を叩かれている。
白はその光景に思わず小さく笑ってしまった。
「ほらな。」
そうだろと、言わんばかりに白はワルツに目線を送られた。
白は、そんなつもりではなかったので慌てて首を横に振る。


《でも、ヤンさんはそのままでいいと思うよ、ってギレイが言ってたのは本当よ。》
ヤンの肩に腰掛けて、囁くようにトーラは言う。
《十分凄い魔法使いだから。焦ることなんてないんだって。その若さで魔女の力を手に入れたこと、誇りなさいって。》
ふわりと飛び上がって、トーラは今度はワルツの胸当てへと飛び乗る。
そこを見てしまってもいいのか、白には分からない。
にたりと、トーラがいたずら顔で笑った気がした。
今、からかわれているのは、白のようだった。


《……そうね。本来『魔女』って言うのは、何百年も生きた魔法使いに使われる言葉だと聞いたことがあるわ。》
考え込むようにシャーロットが言った。
《精霊も自然界も理解し、操るような存在。間違えれば恐怖でもあり、共に在れば助け合える存在。》
シャーロットはヤンを見て、白を見る。
《そう言う存在が、必要なんだと思う。だから、自然とともに在りながら、別の存在として生きる私達精霊は、人と契約を結ぶのかもしれないわね。》
何かを悟ったように言うシャーロットだが、残念ながら、その言葉は難しくて、白には理解し切れなかった。

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