ギレイの旅

千夜ニイ

身代わりの術

「じゃぁ、支度したら僕行って来るね。あ、白。もしよかったらこれ、着てみない?」
備え付けの棚から白衣を一枚取り出して、儀礼は白に渡した。
その顔は、わくわくといった具合に輝いている。
確実に、なにかのいたずらを考えている、いたずらっ子の顔になっていた。
誰かが来る、と儀礼は言っている。
よく似た容姿の儀礼と白。


 白にも、儀礼の考えることがすぐにわかった。
誰が来るのかはわからないが、確かにそれは面白そうな気がして、白は儀礼の提案に乗った。
少し大きめな白衣を羽織る。


「これかけて、これはめて。」
にこにこと笑いながら、儀礼は予備らしい色付きの眼鏡と、黒い手袋を白に渡した。
白は言われた通りに、眼鏡と手袋を付ける。
備え付けられた大きな鏡の前に立った二人。
多少の背の違いはあるが、本当にそっくりだった。
白の瞳の色も、色の付いた眼鏡のために、はっきりとは分からなくなっている。


 儀礼は顔の前で指を組む。本の中で、忍者がよくやるポーズだ。
金色の髪に、色付きの眼鏡。指の出る黒い手袋に大きめな白衣。顔立ちまでもがそっくりで。
まったく同じ姿の人間が二人、隣り同士に並んでいる。
まるで、分身の様に。


 白は儀礼を真似て、忍者のポーズをとってみた。
それに気付き、儀礼はにやりと笑って術を唱える。
「忍法、身代わりの術。」
「身代わりっ?!」
儀礼の唱えた術の名に、白は思わず叫んだ。
あはは、と楽しそうに儀礼は笑う。
本当に、そこにいたのは、ただのいたずら好きな少年のようだった。


 儀礼は大きめな白い紙に何かを書いた。
そしてそれを、儀礼は研究室の壁の高い位置に貼り付けた。
どこからでもよく見えるような目立つ場所に、横断幕の様にでかでかと。
書かれた文字は――


 『僕は何もしゃべりません』。


 目を瞬かせながら、しばらくじっと、白はその字を見ていた。
「じゃぁ、白。好きにしてていいから。パソコンいじってもいいし、置いてある本読んでもいいし、棚にある薬品なら好きなの使って実験もできるよ。」
まだ楽しそうにくすくすと笑いながら、儀礼は白に言った。
扉の取ってに手を掛けて、儀礼はいよいよ本当に出かけるつもりらしい。
見送る白は、白衣に手袋、色眼鏡といつも以上に、儀礼にそっくりの姿だ。


「えと、うん。本読んでようかな。最近暇がなかったから、全然読んでないし。管理局内じゃ、訓練も禁止だよね。」
買ってもらったばかりの剣に手を添えて、一応白は儀礼に聞いてみる。
基本的に白はじっとしているよりも、少し動いているくらいの方が得意だった。
「うん。ごめんね。明日は獅子とギルドに仕事しに行っていいから。今日はまだ安静に。」
にっこりと微笑む儀礼の顔は、白よりも、精霊のシャーロットによく似ていると白は思った。
白には真似のできない本当に綺麗な笑顔だった。


 儀礼が出かけて行って、30分がたった頃だろうか。
突然、シャーロットが白に警戒を促した。
白は読んでいた本を閉じて剣に手を掛ける。
結界を張ってあるはずの研究室の床に、白い移転魔法の陣が出現した。
きらきらと白い光を放って現れたのは、背の高い金髪の男だった。
一見研究者のようにも見える整った顔立ちだが、隙のない立ち姿。
腰には装飾の美しい、長い剣が下げられている。一目で、古代の遺産と分かる代物だった。
探るように動いた緑色の瞳の、油断のない鋭い眼つきに、白は一瞬身のすくむ思いがした。


 シャーロットが警戒して、白の周囲に結界を張ろうとしたその時、男は壁に貼ってある儀礼の書いた文字に目を留めた。
「……なんです、これ?」
笑う、一歩手前というような顔をして、男は再び白に目線を下ろした。
その目にはもう、鋭い気配は残されていなかった。
白は紙にかかれている通りに無言を貫く。
声を出せば、さすがに瞬時にばれてしまうだろう。


「ああ。これが約束のマップです。まさかコレで本当にAランクの冒険者と戦うとは思いませんでしたよ。言ってみるものですね。」
男はくすくすと薄い笑みを浮かべる。
しかし、その瞳は笑ってはいなかった。油断のない様子で白のことを探っている。
気を抜かず、白はその差し出されたマップという物を受け取る。
これが白の敵、ユートラスの極秘情報。


 そっと見てみたけれど、やはりただの遺跡の地図で、残念ながら白にはそこから何かを探り出すことはできそうになかった。
白はそのマップを、儀礼がよくやるように白衣の内側のポケットへと入れてみる。
「それで。これ、本当に何なんです?」
今度は真剣な顔でその男は壁の文字を見た。
 『僕は何もしゃべりません』
当然、白は黙ったままだった。話すにしても、何を言ったらいいのかも分からない。
なんだか騙しているようなので、人違いだと、言った方がいいのだろうか?
白は首を傾げた。


「言うつもりはないと。」
男の目が細められた。その瞬間に白は何か、恐ろしく重たい空気を感じた。
肌の凍りついていく錯覚を覚える、刺す様な強い威圧感。
どうしたらいいのか分からず、焦った白は思わず、壁の文字とその男の人とを交互に見比べた。
すると男は突然空気を緩め、笑い出した。
「本当に、何を始めたのか。くくくっ、飽きない人ですね。」
困ったように立つ白の背後に、『僕は何もしゃべりません』と言う文字を見て、また、アーデスは笑い出す。
「ギレイ様、それ、どの位なさるおつもりです?」
にやにやと笑いながらアーデスは言う。


(様? ギレイ様って言ったよ、この人。)
一見、騎士のようにも見えるただ者ではない風情の男が、儀礼に上級の敬称を付けて呼ぶ。
しかし、
(この人格好いいけど、なんかちょっと怖そう?)
白は観察するようにじっとアーデスを見上げた。


 目の合った男は、綺麗な顔立ちにあった顔でふわりと笑う。
しかし、告げられた言葉はその顔に似合わない、嫌な予感のするものだった。
「覚悟しておいたほうがいいぞ。こんなからかいがいあるイベント、あいつらが逃すはずがないからな。」
くくくと、また楽しそうに口元を押さえ、控えめな笑い声を残して、その男は白い光とともに消え去った。

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