ギレイの旅

千夜ニイ

人間兵器

 コンコンと扉が鳴り、儀礼が返事をすれば、受付の女性の声がした。
「今、マドイ博士宛に綺麗な花が届いて。警備の方も何の異常もないようだから、ファンの方からだろうって。持ってきてよかったかしら?」
一瞬、考えるように顎に手を当て、儀礼はその扉を開いた。
「可愛いでしょう。よく管理局を利用する花屋さんが注文を受けたって、届けに来たんです。若い女性からですってよ。ふふふ。」
可愛らしくラッピングされた小さな花束を持ち、ふくよかな女性が朗らかに笑いながら立っていた。
「……綺麗な花ですね。はい。ありがとうございます。」
その花に目を留め、にっこりと儀礼は笑った。
花を受け取れば、女性はすぐに部屋を去る。それが、管理局でのマナーだった。


 小さな花束にはメッセージカードのような物も、手紙も添えられてはいなかった。
一度調べるために開かれたであろう包み紙にも、結ばれたリボンにも何の仕掛けもないようだ。
「スイートピーとクリスマスローズだね。」
冬を彩る淡いピンク色の花と真っ白な花。ほのかに甘い香りが漂った。
「白、花の名前、わかるんだ。花言葉とか分かる?」
「それはよく見る花だから。スイートピーの花言葉は「門出」とか「優しい思い出」だったかな? クリスマスローズは「慰め」とか「私を忘れないで」って意味があった気がする。」


「門出、思い出、忘れないで、か。なら意味は関係ないか。」
儀礼は考えるように小首を傾げた。そして、ふと気付いたように慌てだす。
「そうだ、行かなきゃ。でもどうしよう、マップが来る。あー、向こうにいる時にアーデス来たらまずいよな。鉢合わせ。やっぱ女の人だし、身の安全を……。」
ぶつぶつと儀礼は何かを一人で考え込んでいる。


 そして、焦るようにパソコンを操作し、それから突然、白に向き直った。
「白、ごめん。僕、少し出かけなきゃならない用事ができたんだ。遅くはならないから、ここで留守番しててくれる? 結界張ってあるから安全だと思う。来るはずの人に管理局に届けてって、お願いしたからここに来る予定なんだけど、今みたいに誰か来ても、扉からは入れないで。」
儀礼は、人が来る予定だと言うのに、扉からは誰も入れないでと言う。
どういうことだろうか。
白は首を傾げる。
儀礼の周りにはよくわからないことが多い。


「そうだ、白。頼む、トーラ預かってて。」
儀礼は紫色の宝石をポケットから取り出して白に差し出す。
「これから行く所、手癖の悪い人がいて……。心配なんだ。これだけは盗られたくないから。」
不安そうな表情を浮かべて、儀礼は懇願するように白にトーラと名付けられた宝石を差し出した。
精霊の宿る魔法石。確かに、世界でも珍しい貴重な物だろう。
欲しがる人はいくらでもいる。


 儀礼の手の上、宝石に腰掛けたトーラは、儀礼に置いていかれるというのに、白を見て嬉しそうに微笑んだ。
なんとなく、「保母さん」と言う言葉が頭に浮いて、白はその宝石に手を伸ばした。
《だめよ、白。持って行かせて。》
その白の手の前に、青い精霊シャーロットが両手を広げて立ち塞がった。
《あーあ、ギレイ。ばれちゃってるわ。》
儀礼を見上げ、くすくすと楽しそうにトーラは笑う。
「え?」
トーラにつられて思わず、白も儀礼の顔を見た。
目が合い、不思議そうに儀礼が小さく首を傾げた。


《その子、トーラにあなたを守らせるつもりよ。》
白の顔の横に飛び上がり、警戒するようにシャーロットは儀礼を見た。
1対1の守護精霊の契約が、シャーロットに警戒を働かせたらしい。
(ギレイ君の言ってる言葉は……嘘? なの?)
先程も、迷う様子もなく嘘を付いた儀礼。その言葉を、信用できなくなりそうだ。


《私が、盗まれる可能性があるのは本当よ。昨日、大事な薬を一瓶持っていかれたもの。それが流れる場所によっては、儀礼の命に関わるのよね。》
宝石から飛び上がり、トーラは儀礼の肩に乗り、心配そうに見上げている。
その姿に、嘘は感じられなかった。
(預かったら、だめ?)
お願いするように、白はシャーロットに問いかける。


《……そんな、危険な人物のいる所に行くのに。この子はあなたを守るために、トーラを置いて行こうとする。――あなたには私がいるのに。》
困ったような表情でシャーロットは白に訴える。
儀礼のもとに辿り着くまで、守護精霊のシャーロットが白を守りきれなかったのは事実だった。
けれど、管理局の強固な結界に守られた部屋で、何者かに襲われる危険性は低い。
ここなら、シャーロット一人でも十分に、白を守ることが出来る。


 そんな安全な場所を提供された上、強力な結界と障壁を張れる精霊までもを、儀礼は白のそばに置いていこうとする。
白には守護精霊シャーロットがいるのに。
己の存在をかけて、白を守ると約束してくれた精霊が。
「ギレイ君。トーラは身を守るものでしょう。預けたらだめだよ。盗まれないように、服に縫い付けるとか方法はあるから。」
白は儀礼の手を取り、しっかりと宝石を握らせた。
「ギレイ君に、何かあったら、私、心配だよ。」


 儀礼はそんな白を見て驚いたように瞳を開いた後、くすりと笑った。
「おんなじだね。さっきの僕と同じこと言った。」
くすくすと嬉しそうに笑う儀礼は、今までよりもずっと幼く見えた。
「なんか、くすぐったい。でも、嬉しいや。心配、そんなにしなくていいよ、白。僕のが『お兄さん』だから。」
『お兄さん』に力を込めて言い、くすくすとまた、幼い笑顔で儀礼は笑う。
シャーロットとも、白とも違う、いたずらの好きそうな少年の無邪気な笑顔。


「白、強いから。白に持っててもらうのが一番安全だと思ったんだけどな。僕には朝月もいるし。」
そう言って、儀礼は左手の腕輪の石に触れる。透明な魔石が白く輝いた。
「銃もあるし。」
懐から銀色の改造銃を取り出し、弾倉を確認して、儀礼はまた服の中にしまった。
「爆弾もあるし、ナイフもあるし、麻酔薬と痺れ薬は噴霧器セット済みだし、ライターでもランプでもあれば火炎放射できるし、愛華呼べばミサイルも飛ばせるし……。」
次々と、白衣の中から何かを出してはしまい、出してはしまい、儀礼は説明するように白に見せた。


《人間兵器よ。一部の人にはそう、呼ばれてるわ。本人は気付いてないけど。》
にたりと笑ってトーラが言う。精霊らしからぬ、いたずらな笑み。
《人間兵器……。》
シャーロットは儀礼を見つめ、それが理解できない言葉である様に、ポツリと呟いた。
(本当に、あんまり心配いらないみたいだね。どこに何しに行くんだろう……。)
心の中でシャーロットに呼びかけて、白は素直に儀礼からトーラを受け取った。
まるで戦争にでも行くような出で立ち。そんな装備をまさか、今までずっと――。
『攻撃は最大の防御である』そんな言葉が白の頭に浮かんできた。

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