ギレイの旅

千夜ニイ

管理局へ

 三日ほど続けて常識を超える速度で移動すれば、『蜃気楼』の居所情報はまたも交錯を始めた。
簡単に居場所を特定されることもなくなっただろう。
そう判断して、儀礼はその日は昼間のうちに宿を取った。
「僕、管理局に行かなくちゃならないんだ。獅子と白はどうする?」
「俺はギルドだな。仕事見てくる。すぐできるのがあれば受けてみようと思う。白は、どっちでもいいぞ。俺と来ても、儀礼といても。」
きょろきょろと二人を見比べて、白は考える。


「管理局来る? まだ、管理局のライセンスは取ってなかったよね。あると便利だから。」
「でも、管理局ライセンスは取るのが難しいって聞いたことが……。」
「結構簡単だよ。手続きは僕がするし。取っておこうか。」
戸惑う白に、にっこりと儀礼は笑う。
「じゃぁ、獅子。僕ら管理局にいるから。仕事終わったら宿に戻っててもいいよ。泊りとかになるなら、先に教えてね。」
「おう。じゃぁ白、行ってくるな。」
それだけ言って、待ちきれないかのように、獅子は剣とマントを手に持って、部屋を出て行った。


「あはは。しばらく動いてなかったから、エネルギー余ってるんだな、獅子。暴れてこないといいけど。」
閉じた扉を見て、儀礼は笑う。
「白も、明日からなら一緒に行って大丈夫だと思うよ。今日は、うん。巻き込まれるとちょっと心配。」
ははは、と乾いた笑いを漏らし、儀礼は壁を見つめている。
いったい、何があるというのだろうか。


 その後、白は儀礼と一緒に管理局へとやってきた。
管理局は、薄暗い冒険者ギルドとは違い、どこもたいてい綺麗にされている。
建物自体は古くとも、入ってすぐの受付や皆が使う待合室は、ほこりの被った所などなく、椅子やソファーのカバーなどが破れていても、補修されて可愛らしく飾り付けられていたりする。
「管理局はね、一般の人の出入りも多いし、専門職の人の出入りはもっと多いから、待ってる間とかに、気になる人が直してったりするんだってさ。すごいのはさ、水道管が破裂したのを、通りがかった人が直したとか、割れてた鏡がいつの間にか新しいのに変わってたとか、報酬貰わないでやっちゃう人がいるとこだよね。」
管理局に入り、きょろきょろと周囲を見回していた白に、くすくすと楽しそうに笑いながら儀礼が説明する。
「職人魂が刺激されるとか、そんな感じなのかな? まぁ、僕も勝手に掃除したり、借りた機械の調子が悪かったら自分で調整したりしちゃうけど。手っ取り早いんだよね、誰かに頼むより。材料費は管理局で持ってくれたりもするし。」
儀礼が受付に立って、手続きを始めた。
白は、いつか自分ですることもあるかもしれないと思いじっとその姿を見つめる。


 ちらちらと周囲の視線が集まりだした気がする。
気のせいではない。
待合室にいる一般の主婦層らしき女性達や、仕事できている研究者らしい姿の人たちが話の合間に、通行の合間に、こそりちらりと受付の方を見ている。
儀礼の白衣姿は、管理局内ではそれほど目立たない。
白衣の研究者はあちこちにいるのだ。
とはいえ、儀礼ほど背の低い研究者となると、管理局内とはいえ、女性ばかりに思えた。
本来、この年齢で優秀な者なら王都の学生になるからだろう。


 それを言うと、白も本来なら、学生の年齢である。
白は学校へは行ったことがなかったが、世間一般では、特にこのように大きな町なら、通っている方が普通のはずである。
まさか、さぼって管理局へ来ているとか思われているのだろうか、と白は居心地の悪さに気配を抑えて一番近くの椅子におとなしく座ってみる。
「白、名前はどうする? 白でもシャーロでもいいよ。」
微笑みを浮かせて、儀礼が白を振り返る。
せっかく治まりかけていた周囲の視線が、また、白へと注がれた気がした。
儀礼は気付いていないのか、慣れているのか、平然とした様子だ。


「名前は、シャーロッ、っシャーロで。」
名前、と聞かれて、白は一瞬戸惑う。
使い慣れた名が、今は事情があって使えない。
それにしても、しろでもいいとはどういうことだろう。
手続きが難しいといわれる管理局ライセンスは、偽名でも作れるのだろうか?


うじはどうする?」
また、軽い調子で儀礼は聞く。
「どうする」とはなんだろうか。まるで、なんでもいいよ、とでも言っているかのようだ。
難しいと言われる、管理局ライセンスとは――。
「じゃぁ、ランデ。」
アルバドリスクで一番多い氏を白は名乗った。
ランデはアルバドリスクの聖人の名だ。
アルバドリスクでは、10人いたら、1人か2人は「ランデ」を氏に持つ者がいる。


「シャーロ・ランデね。」
楽しそうに、口ずさみ、儀礼は書類にペンを走らせる。
気になって、やっぱり席を立ちそっとその書類を覗いてみた。
書類には、白の名はアルバドリスクの文字で書かれていた。
ほかは全てフェードの文字なので、少し不思議な感じがした。
署名的なものだろうか。だとしたら、白本人が書かなければいけないのではないか。
しかし、受付けの女性はそれですんなりと書類を受け取った。


 不思議そうに見ていた白に気付いたのか、儀礼が口元に手を当て小声で囁いた。
「管理局の身分証って、しっかりした身の保証になるでしょう。だから、戦争や魔物に襲われて家を失った難民とか、孤児とかに、保証人を立ててライセンスを作る仕組みがあるんだ。管理局のAランク以上で、所属(身の置き所)がはっきりしてれば、簡単に作ってもらえるんだよ。」
にっこりと笑った儀礼に、なるほどと白は頷く。
全てを失った人には、確かに必要なシステムだ。
身分証明がなければ働くこともままならない。
大人ならば、ギルドで稼ぐこともできるだろうが、子どもだとそうもいかない。
「それで、誘拐される子どもも減るんだよ。預かってくれる人も出てくるし、学校にも行けるし。」
別の書類を書きながら、ぽつりと儀礼が言った。
つまりそのために、こういうことをよくしているのだと、慣れた様子で書類を書く儀礼に、白は納得した。

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