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ギレイの旅

千夜ニイ

白のギルド問答

「ねぇ、これ本当に合ってるの?」
耳に心地よい、透き通った声が言う。
宝石のように美しい青色の瞳を、ギルドの受付に立つ男に真っ直ぐに向けて、12、3歳らしい少年がパーティライセンスを差し出す。
輝く金色の髪に、名画の中の天使が抜け出てきたかと思える程、綺麗な顔をした少年。


「ああ。合ってるよ。」
何度目となるかも分からない答えを男は返す。
最初に問われた時に、しっかりと確認をした。
この幼さの抜けない天使の顔を持つ少年のライセンスは、取得したばかりで『D』。
『認証』の文字が表示された時に男は右の方をつねってみたが、確かな痛みがあっただけだった。
目の前の『D』の文字も、天使のような少年も消えることはなかった。


「私、まだDランクなんだけど。」
と、少年は心地よい声を出し、今度は自分の冒険者ライセンスとパーティライセンスを並べて男に見せる。
最近特に活躍振りが噂される『光の剣』の守護者、Bランクの『黒獅子』と、この少年を含んだ三人で組んだパーティのランクが『A』。
メンバーの中に、一人もAランクの者がいないのに、パーティランクが『A』。
それも、最初の問いかけの時に、男は左の頬で試したが、結果は右側の頬と同じだった。
「ちゃんと確認した。間違ってないよ。」
男は答える。


 少年はまた、首を傾げて深い青色の瞳で、そのパーティライセンスを見る。
逆さにしても、裏返しても、そのパーティライセンスは『A』だ。
「シシもまだBランクなんだって。」
少し離れた場所にいた黒髪の少年の袖を引き、わざわざライセンスを借りてきて、少年はまた受付を覗く。
くすくすと、奥の酒場から忍び笑いが漏れる。
しかしそれは、決して場を悪くするものではない。
「ふふっ、またやってる。」「可愛い!」「本物の天使っ。」「動きが、子猿みたい。」
「サルじゃないよ、あの顔は。リスとか、子犬とか。小動物!」「連れて帰りたいっ。」
若い女性たちの、声のない会話を口の動きだけで読み取って、受付けの男は苦笑する。
子供が嫌いではない男は、おおむねその意見には賛成だったが、その女性にだけは言っておきたい。
連れて帰るのは、犯罪だ。


「間違いなく、正式なライセンスだ。」
男はそう言ってギルドに来るには、まだ少し幼い少年に頷いてみせる。
少年は、じっと手元の3枚のライセンスを見つめる。
「でも、ギレイ君もDランクなんだって。」
顔を上げると、少年はすぐにそう言った。


 パーティの三人目のメンバーの名が、「ギレイ」。
パーティ申請された時に確認したが、ギレイ・マドイの冒険者ランクはD。
記録を見る限り、ギルドでの仕事はあまりしていないようだった。


 『黒獅子』と共にいる『ギレイ・マドイ』。
少し考えれば思い浮かぶ。
そいつは、管理局の『Sランク(王)』だ。
その人物の正体を知ってしまえば、消し去られたかのように綺麗な記録ページは、男から見ればかえって、怪し過ぎると言えた。


 『光の剣』に『蜃気楼しんきろう』。世界クラスの名が二つ。
それは、『A』にだって認定される。
むしろ、なぜ今まで「B」のままだったのかが不思議だった。
Dランクの冒険者、ギレイ・マドイの消された記録。あやしすぎる。


 問いかけるように真っ直ぐに男を見上げて、小さな少年はまだ、答えを待っている。
「ギルドで組むパーティは、個々では足りない部分を補い合って、より難しい仕事をこなすための仕組みだ。そのパーティの『Aランク』は、君に足りないものを残りの二人が持っていたと言う事じゃないかな。そして、その二人に足りない物を、君が持っていた。バランスの取れたパーティだよ。」
男の言葉に、少年は理解できないとでも言うように、瞬きをくり返し、またパーティライセンスを見る。
光に透かしてみても、そのライセンスは『A』だ。


 個別のランクが低くとも、各方面に特化した能力を持つのが、才を放つ者の特徴だ。
ただ、紙面だけでバランスが取れていても、本当にその力を発揮できるかは、パーティの内面にかかってくる。
仲間割れや、足の引っ張り合いをするようでは、そのパーティには期待できない。
仕事を完遂させた実績が少なければ、本当にランクに合った能力で働けるかなどわからない。


「重要なのは、ランクが『A』だったということよりも、君が、君の使える力をもって、他の二人を助けられるか、と言うことだよ。」
「でも、私よりシシのが強いよ。」
小首をかしげて少年は問いかける。
ギルド内部の極秘資料に『魔法特化』と記された少年が、『戦闘特化・力特化』と認められた『黒獅子』に敵わないと、困ったように眉を下げる。
それに勝てたら、君は間違いなく一人でAランクだ、と男は心の中で苦笑する。


 壁を背にし、腕を組み、酒場の奥の方のがらの悪い冒険者たちへと、睨みを利かせている黒髪の少年。
「『黒獅子』は確かドルエドの生まれだったな。ドルエドは魔法文化のひどくおくれた国だ。魔法に関する知識も防備も、ほとんどないと聞いてるよ。」
青い瞳の少年は、少し驚いたようにその瞳を大きくさせた。
「魔法から身を守れなくて、どうやって生活するの?」
生活いきていくと、少年は本気で言ったようだった。


 ドルエドの人間は、それで皆生きているのだが、精霊に守護される国アルバドリスクの少年には、理解できないことなのだろう。
「弱い威力の魔法なら、「闘気」と言う魔法の代わりになるもので身を守ることができる。しかし、これは魔力の層を体の外に作り出す魔法の身体強化とは違い、表皮や肉体自体を強化するものだ。『黒獅子』程の実力者なら、それを体の外へと放出することで、攻撃にも防御にも活かすことができる。」
男の言葉に、少年は大きな瞳をくりくりと揺らして首を傾げた。
自然界のエネルギーである「魔力」に慣れた少年には、生命エネルギーに近い「闘気」を理解するのは少し難しいのかもしれない。


 魔力には生まれ付きある程度の容量があり、成長と共に少しずつその容量は増える。
魔力は使ってしまっても、休むことによって自然に回復する。
それは、体内で作られているという説と、外界より吸収しているという説がある。
 一方、闘気は生まれた時には扱うことができない。
心身を鍛えることによりそれを認識し、修行により蓄えられる容量が上がり、食事などからエネルギーとして吸収している、と考えられる。
魔力には必ず属性というものが付き、闘気には属性はなく純粋なエネルギーに近いと言われている。


「闘気は魔剣へと送り込めば魔力へと変わる。『光の剣』ならば、主を守るのに十分な力を持っているだろう。」
男がそう言えば、少年はようやく理解したように、こくこくと頷いた。金色の髪がさらさらと揺れる。
黒獅子の背中にある『光の剣』は多くの者の憧れの対象だ。
30年前に封印される前の、剣と最後の主の活躍を知る年長の者はもちろん、その伝承を聞き続けた子供達から大人まで、聖剣とも神剣とも呼ばれるその剣は確実に焦がれるものだった。
伝説の聖剣に選ばれた主と、人類の最高峰と言われる『蜃気楼』が隣同士に立つ。
男は、そこに何か不思議な縁を感じる気がした。

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