ギレイの旅
幻覚の効果
対価を払えば真実を与える占い師、『花巫女』。
(対価しか払ってないぞ。真実はどこだよ。くそっ。会いたくないのに、口止めしなきゃいけないのか。)
室内に残った花のように甘い香りに、儀礼は思わず、鮮やかな桃色の髪と瞳が思い浮かび、心の中で悪態をついた。
ネネの纏う甘い香りは、人の思考を奪い、考えを鈍くし、情報を誘導して奪うためのものらしかった。
普段からそんな物を使っているとはやはり、情報屋は恐ろしい、と儀礼はうまく働かない頭で考える。
その薬品に、ネネは耐性を持っているということだ。
ネネが儀礼のポケットから奪って使用した、儀礼の幻覚薬に対しても、口に含んだのにネネには効果が現れていなかった。
ネネは気付いていないようだったが、儀礼の薬は飲み込まなくても効果が出る。
だから儀礼は薬を霧状にして相手に吹きかける。
幻覚薬に関しては、ネネの使うようにコロン状にして自分に吹き付けても効果がある。
儀礼の幻覚薬に耐性を持っているとするなら、ネネの使う誘導薬と儀礼の幻覚薬は、効果から考えても、成分が似ているのかもしれなかった。
視覚に影響するあたり、儀礼の使う物の方が強力ではあるが、と言い訳のように考えて、そんなことで張り合っても仕方がないと、儀礼は大きな溜息を吐く。
摂取量や、摂取方法に差があったとは言え、儀礼は確かに幻覚に落ちた。
自分の使う薬に耐性を持つ。そんな当たり前のことが、儀礼にはできていない。
今回の件でそのことも、『花巫女』と言う情報屋には、ばれてしまったことになる。
世界中につてを持つ一流の情報屋に、一瓶の薬と共に、儀礼は重要な情報を持っていかれてしまったのだ。
「ギレイ君、ただいま。」
「おう、戻った。」
ぼうっとした様子で、白と獅子が儀礼のいる部屋へと入ってきた。
儀礼はたった今、ベッドに倒れこんだところだったのだが……。
その入れ違いとも言える時間の差から、二人がネネとすれ違ったであろう事が分かった。
美しい女性に意識を惹かれたように、思考を奪われた状態の二人を見れば、ネネを近づけるのが危険だと、薬で考えが回らない今の儀礼にでも理解できた。
「おかえり。」
額を押さえ、眉間にしわを寄せたまま、儀礼はベッドの上から二人に答える。
「どうしたの? 具合悪い? 大丈夫?」
一人の獅子が、儀礼の顔を覗き込む。黒い髪と、黒い瞳で。
「なんだ、どした?」
もう一人の獅子が、扉近くで上着掛けにマントをひっかけている。
儀礼は眉間にしわを寄せたまま、幾度か瞬きを繰り返す。
やはり、儀礼の視界の中、獅子が二人いた。
おそらくは、片方が白で一人は本物の獅子なのだろうが、たった今ここから出て行った占い師が混ざっていないとも言い切れない状況に儀礼はさらに目を細める。
それで分別できるなら、どれだけ楽か。
はぁ、とため息を着くと、儀礼は頭を振る。
『大丈夫、ちょっと頭痛がするだけ。』
儀礼はアルバドリスクの言葉で、そう言った。
『宿の人に言って、薬もらってこようか?』
目の前の獅子が首をかしげると同時に、姿を変える。
金髪に、深い青の瞳。
「おい、俺に分かる言葉で話せっ。」
いらだたしそうに文句を言うのは本物の獅子。
「ギレイ君、頭が痛いんだって。薬もらってくる?」
獅子に説明し、振り返ると白はもう一度儀礼に聞き直す。
「叩けば直るか?」
にやりと、笑いながら獅子が拳を握る。
「君は、僕を何だと思ってるんだよ。」
苦笑を浮かべ、いつも通りの獅子に儀礼は安堵する。頭痛は儀礼の仮病の常套手段だ。
「だめっ!」
白が両手を広げて獅子と、ベッドに倒れる儀礼の間に立ちはだかる。
「ギレイ君、ほんとに具合悪そうだから、そっとしてあげて。」
優しい声と、優しい言葉。儀礼の目の前で金色の髪が揺れる。
儀礼は、幻覚を抑えるのを諦めた。すると頭痛はいくらか楽になる。
「白、少しの間でいいから、ここに、いてくれない?」
儀礼はぽんぽんと枕元を叩く。
にっこりと笑って、白はベッドの横に椅子を持ってきた。
儀礼がだるそうに横になっていれば、白は儀礼の手を握った。
ぼうっと、その姿を見る儀礼を不審に思ったのか、白は儀礼の額に触れる。
「大丈夫? 熱はないの?」
心配そうに白は言う。
「平気。妖しい女の人に、変な薬飲まされただけ。」
儀礼はへらへらと笑う。その「変な薬」は儀礼が自分で作った物だ。
情けないとは思うが仕方がない。
薬の影響で頭はぼうっとするし、視界はふわふわとしている。
獅子と白が、恐ろしい形相で扉の外を睨んだ。
しかし、儀礼とは反対側なので、その表情が儀礼に見えることはなかった。
「あと10分くらいで効き目切れるから。その間だけ。」
そう言って儀礼はさらに白の手を握る手に力を込める。
温かくて柔らかい、儀礼よりも小さな手。
儀礼の瞳の中、白の姿が、以前見たクリームの持っていた写真の少女、金の長い髪に、綺麗なドレスを着た可愛らしい少女の姿に映っているのは、もう少しの間我慢してほしい。
シエンで育った儀礼は、初めて見る綺麗な金色の長い髪が、小さな風に揺れるのを、うっとりと眺めていた。
虚空を眺めてぼうっとする儀礼を、白と獅子は本気で心配したのだった。
(対価しか払ってないぞ。真実はどこだよ。くそっ。会いたくないのに、口止めしなきゃいけないのか。)
室内に残った花のように甘い香りに、儀礼は思わず、鮮やかな桃色の髪と瞳が思い浮かび、心の中で悪態をついた。
ネネの纏う甘い香りは、人の思考を奪い、考えを鈍くし、情報を誘導して奪うためのものらしかった。
普段からそんな物を使っているとはやはり、情報屋は恐ろしい、と儀礼はうまく働かない頭で考える。
その薬品に、ネネは耐性を持っているということだ。
ネネが儀礼のポケットから奪って使用した、儀礼の幻覚薬に対しても、口に含んだのにネネには効果が現れていなかった。
ネネは気付いていないようだったが、儀礼の薬は飲み込まなくても効果が出る。
だから儀礼は薬を霧状にして相手に吹きかける。
幻覚薬に関しては、ネネの使うようにコロン状にして自分に吹き付けても効果がある。
儀礼の幻覚薬に耐性を持っているとするなら、ネネの使う誘導薬と儀礼の幻覚薬は、効果から考えても、成分が似ているのかもしれなかった。
視覚に影響するあたり、儀礼の使う物の方が強力ではあるが、と言い訳のように考えて、そんなことで張り合っても仕方がないと、儀礼は大きな溜息を吐く。
摂取量や、摂取方法に差があったとは言え、儀礼は確かに幻覚に落ちた。
自分の使う薬に耐性を持つ。そんな当たり前のことが、儀礼にはできていない。
今回の件でそのことも、『花巫女』と言う情報屋には、ばれてしまったことになる。
世界中につてを持つ一流の情報屋に、一瓶の薬と共に、儀礼は重要な情報を持っていかれてしまったのだ。
「ギレイ君、ただいま。」
「おう、戻った。」
ぼうっとした様子で、白と獅子が儀礼のいる部屋へと入ってきた。
儀礼はたった今、ベッドに倒れこんだところだったのだが……。
その入れ違いとも言える時間の差から、二人がネネとすれ違ったであろう事が分かった。
美しい女性に意識を惹かれたように、思考を奪われた状態の二人を見れば、ネネを近づけるのが危険だと、薬で考えが回らない今の儀礼にでも理解できた。
「おかえり。」
額を押さえ、眉間にしわを寄せたまま、儀礼はベッドの上から二人に答える。
「どうしたの? 具合悪い? 大丈夫?」
一人の獅子が、儀礼の顔を覗き込む。黒い髪と、黒い瞳で。
「なんだ、どした?」
もう一人の獅子が、扉近くで上着掛けにマントをひっかけている。
儀礼は眉間にしわを寄せたまま、幾度か瞬きを繰り返す。
やはり、儀礼の視界の中、獅子が二人いた。
おそらくは、片方が白で一人は本物の獅子なのだろうが、たった今ここから出て行った占い師が混ざっていないとも言い切れない状況に儀礼はさらに目を細める。
それで分別できるなら、どれだけ楽か。
はぁ、とため息を着くと、儀礼は頭を振る。
『大丈夫、ちょっと頭痛がするだけ。』
儀礼はアルバドリスクの言葉で、そう言った。
『宿の人に言って、薬もらってこようか?』
目の前の獅子が首をかしげると同時に、姿を変える。
金髪に、深い青の瞳。
「おい、俺に分かる言葉で話せっ。」
いらだたしそうに文句を言うのは本物の獅子。
「ギレイ君、頭が痛いんだって。薬もらってくる?」
獅子に説明し、振り返ると白はもう一度儀礼に聞き直す。
「叩けば直るか?」
にやりと、笑いながら獅子が拳を握る。
「君は、僕を何だと思ってるんだよ。」
苦笑を浮かべ、いつも通りの獅子に儀礼は安堵する。頭痛は儀礼の仮病の常套手段だ。
「だめっ!」
白が両手を広げて獅子と、ベッドに倒れる儀礼の間に立ちはだかる。
「ギレイ君、ほんとに具合悪そうだから、そっとしてあげて。」
優しい声と、優しい言葉。儀礼の目の前で金色の髪が揺れる。
儀礼は、幻覚を抑えるのを諦めた。すると頭痛はいくらか楽になる。
「白、少しの間でいいから、ここに、いてくれない?」
儀礼はぽんぽんと枕元を叩く。
にっこりと笑って、白はベッドの横に椅子を持ってきた。
儀礼がだるそうに横になっていれば、白は儀礼の手を握った。
ぼうっと、その姿を見る儀礼を不審に思ったのか、白は儀礼の額に触れる。
「大丈夫? 熱はないの?」
心配そうに白は言う。
「平気。妖しい女の人に、変な薬飲まされただけ。」
儀礼はへらへらと笑う。その「変な薬」は儀礼が自分で作った物だ。
情けないとは思うが仕方がない。
薬の影響で頭はぼうっとするし、視界はふわふわとしている。
獅子と白が、恐ろしい形相で扉の外を睨んだ。
しかし、儀礼とは反対側なので、その表情が儀礼に見えることはなかった。
「あと10分くらいで効き目切れるから。その間だけ。」
そう言って儀礼はさらに白の手を握る手に力を込める。
温かくて柔らかい、儀礼よりも小さな手。
儀礼の瞳の中、白の姿が、以前見たクリームの持っていた写真の少女、金の長い髪に、綺麗なドレスを着た可愛らしい少女の姿に映っているのは、もう少しの間我慢してほしい。
シエンで育った儀礼は、初めて見る綺麗な金色の長い髪が、小さな風に揺れるのを、うっとりと眺めていた。
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