ギレイの旅

千夜ニイ

武器屋

 武器屋に着き、獅子と儀礼がいくつかの短剣を白の前に並べ、見比べ、白の体に見合った物を選んだ。
そこそこに装飾までされていて、安い物でないことが分かる。
鞘から抜いてみれば、さらに白は驚く。
その刃は美しく輝いていて、高い技術で鍛えられた物だと思われた。
つまり、その短剣は古代の品だった。


「ギレイ君!? これ、古代のっ――すごく高いんじゃない?!」
白が店内の珍しさに、獅子に説明されながら色々な武器を見ている間に、儀礼はすでに、この短剣を買い上げていた。
「光の剣と打ち合うならそれ位ないとダメだと思うんだ。それでも多分、毎日手入れしないといけないだろうな。」
考え込むように、儀礼は拳を口元に当てる。
「『光の剣』って、なんで? シシと?」
意味が分からず剣を持ったまま白は獅子を見上げる。
白にとって武器とは、命を奪うために襲ってくる敵と戦うために持つ物である。


「儀礼、お前、自分の代わりに白と修行しろとか言うつもりだろ。お前が強くならなきゃ意味ないんだぞ!」
白と目が合えば、何かを理解したように目を細め、獅子が儀礼の襟首を掴んだ。
「え、いや、うん。僕もやるよ。でも、ほらっ、白も強くなりたいよね。」
焦ったように儀礼は白を見る。
「『黒獅子』と『光の剣』で修行、したいよね。」
『あほ』というか『鬼』だよね、とは儀礼は言わない。思っていても言わない。
世界最高レベルの武器を持った、世界最強クラスに近付きつつある武人との戦闘訓練。
あくまで文人を語る儀礼に、何を求めるのだ、この友人は。
儀礼は背中に冷や汗を流す。訓練で死の危険を覚えたくはない。


 しかし、儀礼の言葉に白の瞳は輝いた。
伝説の剣と、その守護者に稽古をつけてもらえる。武人として、光栄に思わないはずがなかった。
「うんっ!」
白は大きく頷いた。
「獅子、新しい弟子です。よろしく。」
にっこりと笑って儀礼は白を指し示す。
そして、獅子の手を白衣から払い落とすと、儀礼は締まりかけていた首をさすった。
その腕では、銀色の腕輪の石が白く光を放っていた。


 ふわりと音もなく近付き、朝月は、白の持つ短剣に手をかざした。
薄っすらと、剣の色が変わった気がした。
少し白っぽく、輝くように。
《少しだけ、強化を施した。安心しろ、加減はした。この程度ならば周囲への影響はない。》
くすりと、朝月はつややかな唇に意味深な笑みを浮かべる。
《ギレイに願われては、仕方ない。ただし、手放さない方がいい。お前以外を守るにはこの光は向かない。――我が眷属の名を与えられた者よ。》
白に向き合い、あでやかに笑うと、朝月は淡く白い光となって空気へと溶けていった。


「大丈夫、しろ? そんなに気に入ったの、その短剣。」
真っ赤な顔で剣を抱きしめ、白はしばらく朝月の消えた虚空を見つめていた。
口元だけだと言うのに、何度見ても、真っ白な精霊朝月の笑みは、見惚れるほどに美しいものだった。
「白? そっち、何もないよ?」
白が見つめる武器屋の壁を見て、儀礼は不思議そうに首を傾げた。
店中の壁に貼り付けるようにして武器が飾られているが、その時計のついた壁にだけは何の武器も置かれていない。


「……もしかして、気付いたの?」
ぼそりと小さな声で儀礼は白の耳に囁いた。
「あそこに隠し金庫があるって。」
眉を寄せて言う儀礼の言葉に、たちまち白は顔色を青くした。
「え? ち、違うっ、ギレイ君?!」
金庫!? と、思わず白は高い声を上げてしまった。
「なんだ、良かった。アレ、狙ってるとかだったらどうしようかと思ったよ。さすがにあそこにある、訳ありの武器はお勧めできないから。」
にっこりと爽やかに笑う儀礼の言葉に、武器屋の店主が顔を真っ青にしたのを、白は見てしまった。


 研究者の女性を赤くさせ、武器屋の店主を青くさせる、この少年は一体何者なのだろう、と白は困惑する思いで儀礼を見つめた。


《ギレイの、すぐに口に出しちゃうところ、私、大好き!》
儀礼のポケットから飛び出し、ケラケラとトーラが笑った。
宝石に宿る精霊トーラは、儀礼のその癖のおかげで名を与えられたのだ。
《でも、もし『血にまみれた武器』に関わりたくなければ、知らん顔してなさい。》
ドラゴンの翼を広げて飛び上がり、トーラは白の肩に乗る。
武器屋の店主からは異様な殺気が放たれていた。


 獅子が剣の柄に手をかけた。
しかし、儀礼はその手を留めさせ、真剣な顔で店主に向き直る。
「隠し場所を変えるか、そろそろ手放した方がいいですよ。五つ先の町の情報屋にまで流れていました。」
そこまで言うと儀礼は、小さく苦笑した。
「腕のいい武器屋を聞いたら、裏の情報まで買わされてしまいまして。」
今朝、泊まっていた宿の主に聞いた情報通りに、この店に並べられた武器は全て、質がよく手入れが行き届いていた。
古代の品の管理はとても大変だというのに。ここまで質のいい店はそうそうない。
儀礼は、表情を和らげて続けた。
「古代遺産をこれだけしっかりと管理できる店は少ないと思います。あなたのような人がいて、よかった。これからも、頑張ってください。」
店主を真っ直ぐに見たまま、儀礼は誰もが目を奪われるような、邪気のない綺麗な笑みを浮かべた。


 気付けば、店主の殺気は消えていた。
呆けたように瞳を見開き、無邪気に笑う儀礼の顔を見つめていた。
その店の隠し金庫から、危険ないわれを持つ武器が消えたのは、それからすぐのことだった。

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