ギレイの旅

千夜ニイ

道端の占い師

 管理局から宿に戻る道、歩きながら儀礼は迷っていた。


 手紙として直接届いた管理局からの依頼。
『蜃気楼と共にいる白を、無事にドルエド国内へ連れて来ること。』
依頼主は不明。
この依頼を受けるか否か。


 受けるにしても、断るにしても、儀礼は白を連れてドルエドへ向かう。それは変わらない。
そしてどちらにしても、命の危険は付きまとうだろう。
より危険が増えるのか、考えるにしても、比べるにしても知りえる情報が少な過ぎた。


 白と出会ってから数日が経過し、白は走り回れる程にまで回復していた。
獅子も完全に回復し、儀礼たちはトーエルを出発した。
元々追われる身の儀礼たち。
一つ所に長く居るのは良策でなく、留まっていた町には少しずつ不審な者が現れていた。
進むなら急がなければならない。追う者に探知されない程の速さで。


 半ばボーッとしながら歩いていた儀礼は、たまたま目についた占いの露店の前で止まった。
道端に木製の机を置いただけの簡素な店だ。
暗い夜道の中で、机の上の大きな水晶球が薄っすらと光を放った気がした。
いかにもな感じの占い師は、黒いフードを目深まぶかく被っており、表情は見えない。
暗い夜道に台を出して座り、怪しさたっぷりだが、黒いローブの下の体は、若い女のようだった。


 そんな姿も気に留めないまま、儀礼は言った。
「占ってもらえますか?」
机の上の水晶に目をやり、儀礼は置かれていた小さなイスに座る。


「何を占うんです?」
若い女の声が問う。
「……次の依頼を受けた時と、受けなかった時の国の情勢を。」
冗談まじりのような笑顔で儀礼は言った。


 珍しい、と占い師は思った。
成功するかしないかを、聞くのが普通だった。自分にとって、損か得か。
(国とは……。)
「ふふっ。」
女は小さく笑っていた。
目の前の人物にとって、占いの結果はどうでもいいのかもしれない、ただ後押しが欲しいだけ。
そう感じられて、女は儀礼を見定めるように凝視した。


 15、6歳であろう少年。
顔にはまだ幼さが残っており、背も高い方ではなかった。
全体的に見て、女性のように細い線。
愛らしいと言うべき整った顔立ち。闇夜にも、月光の様に透ける、金の髪。
夜だと言うのに外されないままのサングラスの奥には、アルバド人にはめずらしい茶色の瞳。
(綺麗な人。)
占い師、ネネはそう思った。
今までに出会った、数え切れない程の人物と思い比べてなお、浮かんだ言葉だった。


 ネネは水晶に手をかざし、全神経を集中させる。
そして、一分程のちに出た結果は、ネネ自身驚くべきものだった。


「率直に告げます。依頼を受ければ何も変わりません。しかし、受けなければ――この国は滅びます。」
ネネは儀礼の目を見て、真剣な顔で語っていた。
儀礼は、笑った。
満足したような、すっきりとした顔で。
「ありがとう。心が決まったよ。」
そう言って、儀礼はイスを立ち、机にお金を置く。


「あ、待って!」
去ろうとする儀礼を、ネネは思わず止めていた。
「あ、……もう一つ。その仕事を受ければ、いずれあなたは――。」
ネネの口調は自分でも気付かぬうちに、焦りを含んだものになっていた。
それはあまりにも悪い予感。占い師には、この年若い者の負っていい運命さだめではないと思えた。


 しかしその口を、儀礼は人差し指で制する。
「それは、あなたの仕事を超えてるんじゃないですか?」
首を傾げるようにして、儀礼はにっこりと微笑んでいた。


(あなたは、気付いているの?)
瞳を見開くように、ネネはその少年を見つめる。
惹きつけられる様に、なぜだか、その少年の顔から目が離せなかった。
「国を救いに行ってきますよ。」
ネネの口から指をはずし、楽しそうに儀礼はそう言った。
まるで自分が本当に、物語の中の英雄ヒーローででもあるかのように、いたずらな笑みを浮かべて。


 ネネは、この少年に興味がわいてきた。
「私はネネ。困ったことがあったらいつでも頼って。」
目深く被っていた黒いフードをはずし、ネネは真っ直ぐに儀礼を見た。
露わになる、ネネの素顔。その正体――。


 一目見れば、すぐにわかる。
冬の夜の最中さなかに、咲き誇る花のように流れ出た、香り漂う鮮やかな桃色の長い髪。
血の色ほどもきつくはなく、けれど人を強く惹きつける、魅惑的な桃色の瞳。
赤い唇に浮く、人の心を手繰ることに慣れたような妖しい笑みと、分厚いローブで覆っていても隠し切れない、色香立つ肉体からだ
それが、『対価を払えば真実を与える』と言ってはばからない、的中率の高さを誇る占い師、『花巫女はなみこ』の容姿。


 儀礼は驚いたように一瞬目を開いたが、すぐに元通りの笑顔に戻って、言葉を返す。
「僕の名前はギレイ・マドイ。お会いできて光栄です、『花の巫女』。綺麗な情報屋さん。」
今度、驚いたのはネネの方だった。
腕のある情報屋だからこそ、聞き慣れたその名前。その特徴。


「……『蜃気楼しんきろう』。」
少しの思考の後、そう呟いた時には、儀礼の姿はネネの前から消えていた。
その名(蜃気楼)の通り、はるか遠くへ。
「ギレイ・マドイ……私の、捜し求めた人。」
茫然ぼうぜんと、その白い姿が視界から消えるのをネネは見送った。


 手元に残された、水晶の占い結果。ネネはそれを睨むようにして見た。
「私はあなたを、死なせない。」
ネネは、水晶の中に現れた黒い影を細い指でなぞり上げた。
「たとえ、神が定めても……。」
強く、赤い唇に弧を描く。
「あなたの持つ情報もの全てを奪うまでは。」
妖しい笑みをそのあでやかな顔に浮かべ、目立つ桃色の髪と瞳をフードで隠すと、『花巫女』は商売道具をしまい、どこかへと消えていった。


**************


 儀礼が、クガイから聞いた『花巫女』と呼ばれる占い師。
クガイ情報ではあるが、『花巫女』は殺人鬼ではない。
犯罪者で――ないかどうかまではわからないが、凶悪犯ではない。
必ず当たると言われる超一流の占い師。
そんな一流の占い師が、こんな道の一角で売れない易者のようなことをしているとは、誰も思わないだろう。
儀礼も、その姿を見せられるまで、まったく気付かなかった。
しかし、一流の占い師である『花巫女』は世界中の権力者に繋がりを持つ、儀礼がつてを持ちたがっていた、一流の情報屋でもあった。
信用できるかどうか、信用されるかどうかは、交渉の手腕しだいということになるだろう。


 世界中の権力者から頼られるような占い師には、腕が良ければ良いほど、普通なら聞けないトップ情報が流される。
そして、その情報がまた、占い師の占いを左右する決め手となる情報へと変わっていく。
つまり、占いを当てるためには、大量の情報が必要になるということだった。


 真実を告げると言う占い師は、儀礼に暗い相を見せた。
ユートラスに狙われる白をドルエドへ連れて行かなければ、フェード(この国)は滅びる。


 母と似た容姿、同じ能力、そしておそらく、遠くはない同じ血を引く者。
儀礼はもう、白を見放すつもりはない。
占い師の言った「いずれ」ではなく「すでに」、白は儀礼にとって命に替えても守りたいと、思える存在だった。
怯え、震えていた子どもの朗らかに笑う顔が、儀礼の脳裏に浮かぶ。信頼しきった瑠璃色の瞳。
儀礼は迷いを払い、怪しい依頼を受けて、白をドルエドへと送ることを決めた。


「まぁ、少しぐらいゆっくり行ってもいいよね。」
占い師は、急げとは言わなかった。
手紙の依頼にも「至急」とは記されていなかった。


「王都には行きたいし、白もまだ回復しきってないし。ユートラスから離れた、王都の先の西の方の国境からドルエドに入った方がきっと安全だよね。僕らが通ってきた国境はだめだしな。白は通れても僕らが捕まる。」
口元に指を当て楽しそうに笑いながら、一人で頷き、勝手な理由を付けて、儀礼は白との旅程を長引かせる。
「……僕、家族旅行って初めてだ。」
くすくすと儀礼は声を立てて、嬉しそうに笑っていた。

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