ギレイの旅
届けられた手紙
トーエルの町を出て、車でひた走り、かなりの距離をかせいだ儀礼は、ある程度の大きさの町で、宿をとった。
そして、パソコンを開いた儀礼は、トーエルの警備隊長、モデストからのメッセージに気付いた。
『蜃気楼宛の手紙が入れ違いで町に届いた』と。
モデストの名前を聞いておいて良かった、と儀礼は思った。
どんな人物からでも、『蜃気楼』宛てにメッセージを送れば、管理局には届く。
しかし、そのほとんどがそこで自動ではじかれるようになっていた。
そうでなければ、儀礼のアドレスには毎秒とんでもない量のメッセージが届く。
なので儀礼は、メッセージを受け取れるように、知り合った者の名前はすぐに登録するようにしていた。
儀礼が『Sランク』になった途端に、知らない人からのメッセージが増大、というか、小さな管理局のデータ容量を軽く超えるような膨大な量のメッセージが、毎分届くという、理解不能な事態になり、アナザーがとりあえずの処置として対応した。
そうしなければ、どこどこの研究室や都市からの「是非うちに来てください」というものや、「自分の論文を見てください」、「講演に来てください」、というようなもの、開いたらウィルス爆発、又は開かなくても一定時間経過後に勝手に資料公開、という危険な物まで、底知れず届き続ける。
儀礼の元にちゃんとメッセージが届くためには、「ドルエド国、シエン村、マドイ・レイイチの息子、ギレイ」という風に、かなり長い身分を記さないといけない。
『蜃気楼』宛てのメッセージは、儀礼が名前を登録しておくか、内容が重大であると管理局から認められて送られるものか、明確な身分証明 ―― それこそ、一国の王やSランクの認定を持つ者 ―― などからのものしか儀礼の目には入らないようになっている。
そうしなければならなかったのだ。
だから、どこかの村の子ども達からの「ありがとう」やら「大好きです」やら、「大きくなったらしんきろうのようになりたいです」という、心温まるメッセージまで全て、残念ながら、儀礼の目には入らない。
このあたりが、儀礼が他の上位研究者たちと違う部分でもあるのだろう。
普通の、大勢の助手や部下を持つ研究員ならば、これらの対応を、多数いる専属の秘書に任せている。
まず、Sランクの研究員というものが、いくつもの研究施設と、複数の組織を総括する立場にある者なのだ。
儀礼は『Sランクの研究者』が、そういう存在であることは知っている。
ただし、自分が それ だという認識はなかった。
その手紙を、モデストはわざわざ届けてくれた。
管理局の転移陣の間で儀礼はそれを受け取る。
移転魔法を使う者がすぐに手配できなかったと、モデストは苦笑していたが、フェードのあの大きさの町で、移転魔法を使える者がいないはずがなかった。
朝の警備兵たちの態度を思い出し、なんとなく儀礼は理解した。
人がいなかったのではなく、多すぎて選び出せなかったのではないか、と。
その光景を思い浮かべ儀礼の顔は自然と引きつる。
それに気付き、モデストは肯定するように苦笑いを浮かべた。
「あの……ありがとうございます。お手数おかけしてすみません。それで、町は大丈夫ですか?」
小さな白い封筒の手紙を受け取り、儀礼は不安そうにモデストを見上げた。
昨日は、儀礼が眠っている間に、警備兵たちが手を出す間もなく、獅子が何人かを叩きのめしたらしい。
「心配ない。すでに『蜃気楼』がトーエルを離れたと言う情報は知れ渡ったようだ。昼からは不審な者の影も形もなかった。」
笑うようにモデストは言う。
しかし、儀礼の表情は曇る。
「昼まではあったって、ことですね。すみません。」
手紙を懐にしまい、儀礼は深く頭を下げる。そして、痛そうに顔を歪めてモデストの片腕を見た。
その腕は、ここに来てから不自然に動いていなかった。
「右腕……大丈夫ですか? 治療はしてあるみたいですが。」
動いていないので、よくはわからないが、ざっと見たところでは骨のゆがみも、血の臭いも感じられない。
しかし、治療をしてすっかり治っていたとしても、酷い怪我をした後には自分でも気付かないうちに庇おうとする動きを見せたりする。
モデストは自分の右腕を見て、引きつるような笑みを見せた。
その笑みも意識せずに出たもののようだった。
「蜃気楼が千里眼を持つと言う噂は本物のようだな。どこにも傷跡などないはずだが……。」
そう言って、モデストは苦笑する。
「その、手紙を持ってきた奴がな、不審な男だったんで問い詰めようとしたらひどく暴れたんだ。多少傷を負ったが、たいした事はない。うちには治療の得意な魔法使いがいるからな。」
ははは、と朗らかに笑って、モデストはその右腕を肩から軽く回すように動かして、儀礼の頭の上に置いた。
「……あの。」
撫でられる、と言う表現より、それは肘置きに近い。
そして儀礼は知っている。その距離は、要警戒体制で警護する時の、守備範囲内。
「その手紙は直接、運ばれて来た。運び人は……手違いで、しばらく動けなくなってしまったんでな。封は確かに管理局の正式なものだ。届けないわけにはいかない。」
周囲を警戒するように、モデストは儀礼には目を合わせずに説明をした。
治療の得意な魔法使いがいる部隊で、運び人がどのようになったのかは、聞かない方がいいだろう、と儀礼は一人、納得する。
「トーエルに届いたんですね。この『蜃気楼』宛ての手紙が。」
「ああ。管理局に届くようになっていた。蜃気楼がトーエルにいるってのは、ある程度の者には知れていたようだしな。」
モデストは大きく頷く。
「本当に、ご迷惑をおかけしました。」
儀礼が謝れば、モデストは、フッと気を緩めたように笑い、乗せていた腕を儀礼の頭から下ろした。
「気にするな。皆、『Sランク』の者を守る仕事など、一生に一度の名誉だなんだと喜んでいたぞ。」
笑いを堪えきれないというように、口元に手を当ててモデストは言った。
「消えましたね、気配。」
扉の方を見て、瞳を瞬いて儀礼は言う。
モデストの笑みが消えた。
「わかるのか。」
驚いたようにモデストは言う。
「あれだけ扉に張り付いていれば多分、ほとんどの人がわかると思うんですが。」
困ったように儀礼はモデストを見上げる。なんとなく、知っている気配だった気がした。
「もしかして、警備隊の方だったんですか?」
「音の、漏れない結界を張らせていた。後は周囲に不審な者がいないか確認もな。手紙の配達人からの指示だ。それがこの手紙を代わりに届ける条件だった。手紙の存在を誰にも知られないように、と。」
声を潜め、真剣な顔でモデストは言った。
「結界なら、部屋の中で張っててもよかったんじゃないですか?」
儀礼は首を傾げる。建物の中とはいえ、管理局の廊下は換気のために風が吹き抜け、とても寒い。
管理局内が常に換気しているのは、間違って危険な薬品が流出してもこもらないようにするため。
たまにあるらしい。そういう事故。起こした人間は誰もが必ず、事故だと言い張る。
※話が逸れた。
「昨日や今朝と同じ様な状況になりそうだったからな。それでいいならいいんだが……。」
「申し訳ありません。遠慮させてください。ごめんなさい。」
モデストの言葉に、昨日の転移陣の間を出た時のことを思い出し、儀礼は全力で断った。
あれは本当に寒気のする光景だった。
「とにかく。そいつはただの手紙じゃない。気を付けろ。」
再び真剣な顔で真っ直ぐに儀礼を見下ろすと、モデストはトーエルの町へと帰っていった。
言われなくても、十分に分かっていた。
管理局から儀礼に届く手紙が、普通の手紙であるはずがなかった。
そして、パソコンを開いた儀礼は、トーエルの警備隊長、モデストからのメッセージに気付いた。
『蜃気楼宛の手紙が入れ違いで町に届いた』と。
モデストの名前を聞いておいて良かった、と儀礼は思った。
どんな人物からでも、『蜃気楼』宛てにメッセージを送れば、管理局には届く。
しかし、そのほとんどがそこで自動ではじかれるようになっていた。
そうでなければ、儀礼のアドレスには毎秒とんでもない量のメッセージが届く。
なので儀礼は、メッセージを受け取れるように、知り合った者の名前はすぐに登録するようにしていた。
儀礼が『Sランク』になった途端に、知らない人からのメッセージが増大、というか、小さな管理局のデータ容量を軽く超えるような膨大な量のメッセージが、毎分届くという、理解不能な事態になり、アナザーがとりあえずの処置として対応した。
そうしなければ、どこどこの研究室や都市からの「是非うちに来てください」というものや、「自分の論文を見てください」、「講演に来てください」、というようなもの、開いたらウィルス爆発、又は開かなくても一定時間経過後に勝手に資料公開、という危険な物まで、底知れず届き続ける。
儀礼の元にちゃんとメッセージが届くためには、「ドルエド国、シエン村、マドイ・レイイチの息子、ギレイ」という風に、かなり長い身分を記さないといけない。
『蜃気楼』宛てのメッセージは、儀礼が名前を登録しておくか、内容が重大であると管理局から認められて送られるものか、明確な身分証明 ―― それこそ、一国の王やSランクの認定を持つ者 ―― などからのものしか儀礼の目には入らないようになっている。
そうしなければならなかったのだ。
だから、どこかの村の子ども達からの「ありがとう」やら「大好きです」やら、「大きくなったらしんきろうのようになりたいです」という、心温まるメッセージまで全て、残念ながら、儀礼の目には入らない。
このあたりが、儀礼が他の上位研究者たちと違う部分でもあるのだろう。
普通の、大勢の助手や部下を持つ研究員ならば、これらの対応を、多数いる専属の秘書に任せている。
まず、Sランクの研究員というものが、いくつもの研究施設と、複数の組織を総括する立場にある者なのだ。
儀礼は『Sランクの研究者』が、そういう存在であることは知っている。
ただし、自分が それ だという認識はなかった。
その手紙を、モデストはわざわざ届けてくれた。
管理局の転移陣の間で儀礼はそれを受け取る。
移転魔法を使う者がすぐに手配できなかったと、モデストは苦笑していたが、フェードのあの大きさの町で、移転魔法を使える者がいないはずがなかった。
朝の警備兵たちの態度を思い出し、なんとなく儀礼は理解した。
人がいなかったのではなく、多すぎて選び出せなかったのではないか、と。
その光景を思い浮かべ儀礼の顔は自然と引きつる。
それに気付き、モデストは肯定するように苦笑いを浮かべた。
「あの……ありがとうございます。お手数おかけしてすみません。それで、町は大丈夫ですか?」
小さな白い封筒の手紙を受け取り、儀礼は不安そうにモデストを見上げた。
昨日は、儀礼が眠っている間に、警備兵たちが手を出す間もなく、獅子が何人かを叩きのめしたらしい。
「心配ない。すでに『蜃気楼』がトーエルを離れたと言う情報は知れ渡ったようだ。昼からは不審な者の影も形もなかった。」
笑うようにモデストは言う。
しかし、儀礼の表情は曇る。
「昼まではあったって、ことですね。すみません。」
手紙を懐にしまい、儀礼は深く頭を下げる。そして、痛そうに顔を歪めてモデストの片腕を見た。
その腕は、ここに来てから不自然に動いていなかった。
「右腕……大丈夫ですか? 治療はしてあるみたいですが。」
動いていないので、よくはわからないが、ざっと見たところでは骨のゆがみも、血の臭いも感じられない。
しかし、治療をしてすっかり治っていたとしても、酷い怪我をした後には自分でも気付かないうちに庇おうとする動きを見せたりする。
モデストは自分の右腕を見て、引きつるような笑みを見せた。
その笑みも意識せずに出たもののようだった。
「蜃気楼が千里眼を持つと言う噂は本物のようだな。どこにも傷跡などないはずだが……。」
そう言って、モデストは苦笑する。
「その、手紙を持ってきた奴がな、不審な男だったんで問い詰めようとしたらひどく暴れたんだ。多少傷を負ったが、たいした事はない。うちには治療の得意な魔法使いがいるからな。」
ははは、と朗らかに笑って、モデストはその右腕を肩から軽く回すように動かして、儀礼の頭の上に置いた。
「……あの。」
撫でられる、と言う表現より、それは肘置きに近い。
そして儀礼は知っている。その距離は、要警戒体制で警護する時の、守備範囲内。
「その手紙は直接、運ばれて来た。運び人は……手違いで、しばらく動けなくなってしまったんでな。封は確かに管理局の正式なものだ。届けないわけにはいかない。」
周囲を警戒するように、モデストは儀礼には目を合わせずに説明をした。
治療の得意な魔法使いがいる部隊で、運び人がどのようになったのかは、聞かない方がいいだろう、と儀礼は一人、納得する。
「トーエルに届いたんですね。この『蜃気楼』宛ての手紙が。」
「ああ。管理局に届くようになっていた。蜃気楼がトーエルにいるってのは、ある程度の者には知れていたようだしな。」
モデストは大きく頷く。
「本当に、ご迷惑をおかけしました。」
儀礼が謝れば、モデストは、フッと気を緩めたように笑い、乗せていた腕を儀礼の頭から下ろした。
「気にするな。皆、『Sランク』の者を守る仕事など、一生に一度の名誉だなんだと喜んでいたぞ。」
笑いを堪えきれないというように、口元に手を当ててモデストは言った。
「消えましたね、気配。」
扉の方を見て、瞳を瞬いて儀礼は言う。
モデストの笑みが消えた。
「わかるのか。」
驚いたようにモデストは言う。
「あれだけ扉に張り付いていれば多分、ほとんどの人がわかると思うんですが。」
困ったように儀礼はモデストを見上げる。なんとなく、知っている気配だった気がした。
「もしかして、警備隊の方だったんですか?」
「音の、漏れない結界を張らせていた。後は周囲に不審な者がいないか確認もな。手紙の配達人からの指示だ。それがこの手紙を代わりに届ける条件だった。手紙の存在を誰にも知られないように、と。」
声を潜め、真剣な顔でモデストは言った。
「結界なら、部屋の中で張っててもよかったんじゃないですか?」
儀礼は首を傾げる。建物の中とはいえ、管理局の廊下は換気のために風が吹き抜け、とても寒い。
管理局内が常に換気しているのは、間違って危険な薬品が流出してもこもらないようにするため。
たまにあるらしい。そういう事故。起こした人間は誰もが必ず、事故だと言い張る。
※話が逸れた。
「昨日や今朝と同じ様な状況になりそうだったからな。それでいいならいいんだが……。」
「申し訳ありません。遠慮させてください。ごめんなさい。」
モデストの言葉に、昨日の転移陣の間を出た時のことを思い出し、儀礼は全力で断った。
あれは本当に寒気のする光景だった。
「とにかく。そいつはただの手紙じゃない。気を付けろ。」
再び真剣な顔で真っ直ぐに儀礼を見下ろすと、モデストはトーエルの町へと帰っていった。
言われなくても、十分に分かっていた。
管理局から儀礼に届く手紙が、普通の手紙であるはずがなかった。
「ギレイの旅」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
-
2.1万
-
7万
-
-
6,573
-
2.9万
-
-
165
-
59
-
-
61
-
22
-
-
1.2万
-
4.7万
-
-
5,013
-
1万
-
-
5,074
-
2.5万
-
-
9,627
-
1.6万
-
-
8,092
-
5.5万
-
-
2,414
-
6,662
-
-
3,135
-
3,383
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
3,521
-
5,226
-
-
9,294
-
2.3万
-
-
6,119
-
2.6万
-
-
1,285
-
1,419
-
-
2,845
-
4,948
-
-
6,617
-
6,954
-
-
3万
-
4.9万
-
-
6,028
-
2.9万
-
-
316
-
800
-
-
65
-
152
-
-
6,161
-
3.1万
-
-
1,857
-
1,560
-
-
3,630
-
9,417
-
-
105
-
364
-
-
11
-
4
-
-
2,605
-
7,282
-
-
2,931
-
4,405
-
-
9,139
-
2.3万
-
-
4,871
-
1.7万
-
-
600
-
220
-
-
2,388
-
9,359
-
-
1,259
-
8,383
-
-
562
-
1,070
-
-
74
-
147
-
-
2,787
-
1万
「ファンタジー」の人気作品
-
-
3万
-
4.9万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
1.2万
-
4.7万
-
-
1万
-
2.3万
-
-
9,627
-
1.6万
-
-
9,533
-
1.1万
-
-
9,294
-
2.3万
-
-
9,139
-
2.3万
コメント