ギレイの旅

千夜ニイ

危険な旅

「え?」
車が走り出した途端に、白の顔色は青くなる。
「え?」
みるみる青さを増し、白の顔からは今にも倒れそうなほど血の気が失せていた。
「ええ!?」
ついに白は、叫ぶような大声を出していた。


「どうした、白。大丈夫か?」
何かあったか? とでも言いたげに、後部座席を振り返って獅子が聞く。
「はっ、はや、速すぎてっ!」
舌を噛みそうなほど体を緊張させて、上ずった声で白は答えた。


超高速で過ぎ去っていく外の景色に、白は恐怖を覚えていた。
白は馬車に乗ったことはある。馬を飛ばしたこともあった。
けれど、それらをはるかに超える速さで走る『車』という乗り物。


さらに、白の座る後ろの席をちらりとも見ずに運転し続ける、儀礼の後ろ姿。
フロントガラスに映るのは、まるで、一瞬でも余所見をすれば、たちまち事故を起こすとでも言いたげな、儀礼の真剣な表情。
そして、儀礼の足が踏みっ放しの、アクセルと呼ぶらしい、走行に勢いを与えるためのスイッチらしきもの。
シャーロットが何も言わずに、白の周りに青い障壁を張った。


 儀礼はトーエルの町と警備兵たちの安全を確保するためにできる限り距離を取るつもりでいた。
なので今、儀礼の車は最高速度を出し続けている。
周囲がぶつかるような物もない広い土地でよかったと、白は祈るような気持ちで思い続けていた。


《安心して。》
ふわりと暖かい風が、青い障壁をすり抜けて白の周りへと流れ込んできた。
後部座席の空いたスペースにチョコンと座った小さな姿。
淡い緑色をした風の精霊、愛華がそこにいた。
《私が、守るから。ここは私の本体。私の力の及ぶ範囲。だから、安心して。》
にっこりと、愛らしい顔で優しく微笑むと、愛華の姿は温かい風と共に、周囲の空気に溶けていった。
しかしもう、白に恐怖はなかった。
暖かく優しい愛華の気配を、この車全体から、白は確かに感じ取っていた。
そのまま車は、1時間ほどを猛スピードで走り続けた。


「ごめん、白。びっくりした? ちょっとでも早くあの町、離れようと思っててさ。僕がいる間、すごい迷惑かけちゃったから。」
運転席から白を振り返った儀礼は、困ったようにわずかに眉を歪ませてはいたが、その顔は確かに笑っていた。


 その穏やかな笑みにつられて白も微笑みそうになったが、ふと気付いて再び顔を青ざめる。
「ギ、ギレイ君!? 前、見てっ?!」
前方を指差し、素っ頓狂な声を上げる白に、儀礼は目を大きく開き、それから優しく笑った。
「ああ。はは、大丈夫だよ。自動運転オートに切り替えたから。」
ふわりと笑う儀礼の顔は、とても嬉しそうなものだった。
「頼むね、愛華。」
優しい響きの声で言えば、儀礼はそっとハンドルを撫でる。


《ふふ。ありがとう、儀礼。任せてね。》
嬉しそうに華やいだ、愛華の可愛らしい春風の気配。
今、愛華の体に儀礼の魔力が注がれたのだと、白にはもう考えなくてもわかった。
ブゥンと一瞬だけ速度を上げた車は、いくつかの町で休憩を取りながら、夕暮れが近付くまでずっと、安定した走りを続けた。


 暖かく、穏やかな車の中で、三人は世間話のような、取り留めのない話を楽しんだ。


「――で、獅子が光の剣抜いちゃったから、『剣の眠る町』が今じゃ剣の『目覚めの町』だよ。」
くすくすと儀礼は笑う。
「なんか、そこで剣を買うと才能に目覚めるとか、ご利益がある、みたいな感じで、有名になっちゃったらしい。」
シートの隙間から白を振り返り、儀礼は楽しそうに話し続ける。
「歴史的な名物持って来ちゃって、どうしようって思ってたんだけど、別の観光名所になったみたいで、ホント安心したよ。」
よく考えたら極悪ごくあくだよね、『こいつ』と儀礼は笑いながら獅子を指差す。
無言の拳が儀礼の頭に着地した。


 時折気を揉みながらも、気付けば白も笑っていた。
迷惑をかけてはいけない、危険に巻き込んではいけない、そう思っていた白なのだが……。
「――だから、ヒガさんは絶対、世界の十指に入るって。完全な状態の『蒼刃剣』持った今は前の比じゃないよ。次戦うつもりなら、まず防御範囲広げなきゃ。なんだよ、あの町の壊滅状態。『光の剣』だろ、もっと有効活用しろよ。」
茶色い眼鏡の奥で楽しそうに瞳を輝かせ、儀礼は獅子に向かって指を揺らす。
「有効活用ってなんだよ。あー、でもそうだな。あの時も攻撃防ぐって感覚はなくて、防御するってよりは、とにかく倒さなきゃいけない相手だったからな。」
獅子は思い出すように言って、頭をかいた。


「それでねぇ、守るには意識するのは自分じゃなくて『舞台』なんだってさ。」
口の両端を楽しそうに大きく曲げて儀礼は言う。
「舞台? なんだそりゃ?」
意味が分からないと、獅子は片方の眉をしかめる。


「僕も、聞いたばっかりなんだけどね。守る時には戦いの場を意識して、自分の攻撃範囲とか、移動範囲とかって空間に区切りを見つけると、離れた所でも守れるんだって。」
「……よく、わかんねえが。攻撃範囲が守備範囲ってのはいいな。」
獅子がにやりと笑った。


「うん。闘気の身体強化が攻撃にも防御にも有効なのと同じだよ。『光の剣』の放つ魔力は獅子の攻撃できる所までは届くんだ。いけると思わない?」
にやりと儀礼は獅子に笑う。世界屈指の人物に、笑って挑もうなどと言う少年たち。


 獅子が納得した表情を見せれば、儀礼も満足したように頷いた。
それから、ちらと足元を睨み、儀礼は眉を潜ませ、悪態をつくように小さな声で呟いた。
「でもさ、『慣れたら意識しないでできる』とか、あんな広い家、丸々囲う結界とか簡単にやりやがって。くそぅ。1年差か。……絶対できるようになってやる。」
聞こえてしまった呟きに、儀礼が怒っているのかと白が運転席を覗けば、しかし、儀礼の口元は楽しげに緩んでいた。


「そんで、儀礼。俺のことばっかで、お前の方はどうなんだよ。無茶ばっかしてるらしいじゃないか?」
自分のことに一区切りをつけ、今度は見透かしたような笑みを浮かべて獅子が言う。
「してないよ、無茶なんて。」
心外だと言わんばかりに、瞳を大きく瞬いて儀礼は言う。
「今までの悪行忘れたのか?」
獅子が頬を引きつらせている。


「僕が何したって言うんだよ。」
口を尖らせ、拗ねたように儀礼は言う。
「俺の体が実験体になってたってこと黙ってただろ、管理局の研究室壊しただろ、睡眠薬盛られた飯をペロッと食ってただろ……。」
獅子が指折り数えていくので、儀礼はその指を途中で止めさせようと抑える。
しかし、相当力を入れているらしい二人の指は微動だにせず固まり、最終的に獅子の意思のままに動いていった。
「なんか大勢に狙われてても黙ってるだろ。暗殺者にも殺人鬼にもちょろちょろ寄ってっちまうだろ……。」


 儀礼は諦めたように溜息を吐いて、後部座席の白に向き直った。
しろ~ぉ、獅子が言うようなの、悪行あくぎょうって言わないよね。」
瞳を涙で潤ませ、シートの背もたれにあごを預けるように置いて、儀礼は切なげに白を見つめて言う。
否定すれば、精霊にそっくりなその美しい顔を、涙に歪めると白の心に訴えて。
捨て置かれる子犬の様な弱々しい姿が、白の庇護欲を掻き立てる。
それは脅迫にも似た強制力で、断ることを許さない凶悪な、強請なきおとし


 白は思った。
この人たちは白が関わらずともすでに、十分危険な生き方をし、それに対応する力を持っているようだ、と。

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