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ギレイの旅

千夜ニイ

見送り

 翌朝一番に、拓と利香を見送った。
「白、ドルエドに来たらシエンにも遊びに来いよ。いい所だからさ。」
笑いながら拓が言う。
「……うん。」
曖昧な返事をして、白は言葉を濁らせた。
これから、どうなるのか、白には分からない。はっきりとした約束をすることはできない気がした。
「山には魔獣も出るが、ちゃんと俺が守るから。それに、儀礼が言ったように、珍しいシエン人がそれこそいっぱいいるぜ。」
二人で別れの挨拶をしている利香と獅子をちらりと見てから、拓は言う。
シエンの里には500人余りのシエン人が暮らしている。


「これだけいれば、世界の割合から見れば多いんだよ。」
苦笑混じりに儀礼は言った。
「三人のどこが多いんだよ。」
睨むように儀礼を見て拓は言う。
世界では珍しくとも、シエンには当たり前のように住んでいるのだ。
「拓ちゃんは――――だよね。」
固まったような笑顔で呟いた儀礼の声は、音にはならず口の中に消えたようだった。


 拓はすぐに白に向き直った。
「多分、白がドルエドに着く前にまた、会いに来るけどな。」
真剣な瞳で真っ直ぐに見つめられ、白が戸惑えば、「利香が」と笑うように拓は付け足した。
拓の言う意味が分からず、白が問いかけるように儀礼に視線を向ければ、その顔から表情が消えていた。
「ギレイ君……?」
怪訝に感じて白が呼びかければ、それが幻ででもあったかのように儀礼はにっこりと微笑んだ。
シャーロットによく似た美しく優しい笑み。
「利香ちゃんは、いつも獅子を追って来るんだ。きっと、ドルエドに付くまでに何回か会うことになるよ。」
くすくすと楽しげに、儀礼は言う。


 護衛機エイが心配そうに儀礼の周りをぐるりと飛ぶ。
「英、利香ちゃんたちを頼むね。」
その英を抱きかかえるように捉えて、儀礼は言う。
儀礼の魔力が見えない光のように英の中に流れ込んでいくのが白には分かった。
《ああ。守るよ。任せろ、儀礼。》
力強く言う英はしかし、心配そうに儀礼の顔を見る。
そして、儀礼の頭の上へと飛び移ると、小さな手でその頭を撫でた。
幼い子供の姿の英が、大きな儀礼を子供を見るような目で見て、撫でている。
どちらが大人かわからず、なんとも可愛らしかった。


 しかし、英は確かに儀礼の心を感じ取っていた。
 ――シエン人は三人。 黒い髪黒い瞳。 拓と利香と獅子。――
(拓ちゃんは、いじわるでない時が一番残酷だよね。)
それでも、儀礼が願うのは、利香『たち』の無事。
(拓ちゃんは、いじわるでない時がないんだけどね。)
くすりと儀礼は笑う。


《それで、お前の気が済むならいいんだけどな。たまに俺、あいつには本気で攻撃してもいい気がするぞ。》
英はゆっくりと銃口を拓の方へと向ける。
「英も気をつけてね。」
また、分け与えられた魔力に英は、幼い顔で苦笑する。
それが、利香を襲う賊や魔物や魔獣にかかる言葉だと英にはわかっているが。
しかし、このタイミングで。
拓に攻撃すれば倍返しだ。英の本体である護衛機は壊されかねない。
《……儀礼、お前もな。気をつけろよ。》
英はランプをちかちかと光らせ了解の意思を伝える。
もう少し複雑な会話ができるようになりたいと思う英だった。


 そして、「また来るな。」「また来ますね。」
と、それぞれ白と獅子に言い残し、拓と利香は帰っていった。




 儀礼と獅子と白の三人は朝食の後に宿を出た。
しかし、この宿を出るにはちょっとした問題があった。
宿の前に、ずらりと警備兵が並び、道を作るようにして立っていたのだ。
儀礼は必死に頭を下げて「やめてください」とか「普通にしてください」と警備兵たちを説得することになった。


 最終的にはなんとか警備隊長を言いくるめ、彼らを解散させることに成功した。
「僕がこの町を出たという情報をすでに流しました。こんなに大勢で集まられては、目立ってしまいます。せめて精鋭二人くらいでお願いします。」
瞳を潤ませ見上げるようにして、儀礼は警備隊長に直々に訴えたのだ。
ああいうのを多分「泣き落とし」と言うのだろうと白は思った。
ただし、儀礼にそれを考えて行った様子はなかった。
あれはきっと素なのだろうと、それもまた白は悟った。


 残った精鋭、――警備隊長と副隊長に別れを告げる時の真剣な儀礼の表情。
二人を真っ直ぐに見据えた儀礼の顔に幼さは見受けられなかった。
「ありがとうございました。今回は、本当にお世話になりました。それと、とても申し訳ないのですが、二、三日の間はまた不審な者が町に近寄るかもしれません。十分に気を付けてください。」
深い思慮を感じるその声、その言葉で、白にも分かったように、警備隊長達も理解したのだろう。
二人はしばし複雑な表情をしていた。
司令官二人を残したのはその危険を伝えるため。
大勢の者を去らせたのは、本来の警備隊の仕事、町を守らせるため。
儀礼の浮かべた涙は、自分のためではなく、この町を心配したものだったのだ。


「……蜃気楼しんきろう、出会えたことを光栄に思う。」
戸惑うような表情を消し去り、感慨を込めた声で警備隊長は儀礼に手を差し出した。
ごつごつとした武器を持つための手を、頭を撫でるためではなく、儀礼の正面へ握手のために。
その顔には穏やかな笑みが浮いていた。
幼子を見るものでも、人を超えた存在を見るものでもなく、儀礼個人を認める瞳。
「僕も、会えて嬉しかったです。隊長さん。すみません、まだ名前も聞いてませんでしたね。お伺いしてもいいですか?」
差し出された手を握り返し、儀礼は嬉しそうに微笑んだ。
「モデストだ。モデスト・ホルヴァートだ。」
警備隊長は名乗る。
「モデストさん。いろいろお世話になりました。これからも頑張ってください。」
儀礼はもう一度深く頭を下げ、警備隊長と副隊長に見送られ、獅子と白と共にその宿を発った。

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