ギレイの旅
脱ぎ散らかす
そこは白たちの泊まる宿の部屋。
今、白のベッドの周りにはいくつもの衣類が落ちていた。
ベッドの上で白は、困ったように表情を強張らせ、白い肌をわずかに上気させて座っていた。
その正面には、楽しげに口元に弧を描き、黒い瞳に好奇心を輝かせ、震える白を少し上の高さから見つめる人物。
黒い髪を邪魔そうに一度かき上げ、膝立ちになってベッドの上に乗り上げていた。
白の腕を掴む手は、荒れた様子もなく、極め細やかな白い肌をしていて、その人が身分のいい者であることが伺える。
今現在、浮浪児のように身元のない白が、下手に傷を付けてはいけないと思わせた。
何より、この人物は、弱り切った白の身を助けてくれた恩人の、大切な友人だった。
「ねえ、白。そんなに怖がらなくていいよ。」
ね、と優しく言い添えて、余裕の笑みを口に浮かべたまま、黒い瞳は小さな一歩分、白に近寄った。
「待って。」
高い声でそれだけを言い、顔の赤色をより鮮やかにして、白はこの事態にどう対応したらいいのか戸惑い、小さく首を振った。
金色の髪が軽やかに揺れ、鮮やかな青い瞳は困惑を浮かべ、それでも美しい宝石のような光を称え相手を見つめ返す。
本来、白を守るはずの守護精霊シャーロットは、その状況を眺め、白の横で青い瞳を瞬かせ、珍しく小さな首を傾げていた。
「白なら絶対、似合うから。ね。」
赤い唇からまた、楽しげな声を囁いて、長い黒髪を白いシーツの上に流し、利香は一歩分、白に近寄った。
「リ、リカチャン。」
「リカでいいよ。」
硬い声で白が呼びかければ、にんまりと笑い利香は答える。
「リカ、……落ち着いて。」
こういう状況で、何と言っていいのか分からず、白はじりじりと自分が後ろに下がった。
美しい少女は、微笑みながらも、一歩も逃がさんとばかりににじり寄ってくる。
ひらひらと布地の揺れるミニスカートを持って。
同じ室内にいて椅子に座る拓に、白を助けようとする様子はなく、一ページもめくられない新聞を持ったまま、利香の行動を横目に見て、おかしそうに口元だけで笑っている。
二人の兄妹の行動に、白は本気で困っていた。
その時、ガチャリと扉が開いた。
入ってきたのは、白の求めた救助者たち、儀礼と獅子だった。
部屋に入った二人の目に留まったのは、投げ散らかされたように床に落ちた、いくつもの衣服。
ベッドの上では困ったように震える白が、顔を赤く染め、救いを求めるように戻ってきた二人を見る。
白の前には、ミニスカートを持った利香の姿。
買ってきた白の服のサイズを確かめるために、全てを試させた後、利香が自分の服を持ち出したのだった。
それを確認した途端に、儀礼の目には涙が浮かんだ。
「利香ちゃん、やめてあげて。」
儀礼は、白から離すように、利香の服を優しく掴んで引っ張った。
「でもね、儀礼君。絶対、似合うと思うの。」
間違ったことなどしていないと主張するように、大きな黒い瞳を輝かせて利香は言う。
「やめてあげて! 白、男の子だから。」
それが、自分の身に降りかかったことであるかのように泣き出す寸前の顔をして、儀礼は利香の手からスカートを奪う。
利香は不満げに口をとがらせた。
危機が去ったことに安堵して、白はほっと息を吐いた。
白にとっては、スカートをはくことに関しては、少女とバレる心配を除けばそこまでの抵抗はなかった。
見た目がそっくりの儀礼が少年だと納得してからは、この人達にバレる心配もないのではないか、と白には思えた。
ただ、あの短さは無理だった。
「絶対、似合うのに。」
可愛らしい顔を拗ねたものにさせ、利香はまだそんなことを言う。
「ダメ。でも、白に服、買って来てくれたんだね。ありがとう、利香ちゃん。」
スカートを利香の荷物に戻しながら、床に落ちた衣類の山の意味に気付き、儀礼は嬉しそうに微笑んだ。
その眩しいほどに明るい笑顔は、どこからか光が差しているような錯覚すら感じられた。
人の目を奪い、心をほころばせる様な、あたたかい笑み。
「……っ、儀礼君が着る?」
利香は赤い顔で、手元にあったワンピースを儀礼に向けて広げて見せた。
白の周りに並べられていたそれらはもちろん、利香の服だ。
「僕、男だから!」
奥歯を噛み合わせた様な声で言って、儀礼は疲れたように椅子に腰掛けた。
「利香ちゃんまで。ったく、どいつもこいつも! どうなってんだよ。」
儀礼は、目に涙を浮かせ、美しい容姿に似合わない荒い言葉を吐いた。
「どいつもこいつも、どうしたって?」
ニヤニヤと拓が笑う。その言葉の裏を汲み取って。
儀礼は悔しそうに奥歯を噛み締めた。
「……変なんだよ、外の奴ら。僕の話聞かないし、勝手に守るとか言うし。正直あれだけされると迷惑だ。」
「外?」
拓が、今気付いたという風に眉を寄せる。
「了が外に行ったから、気にもしてなかったな。何かあったのか?」
「……居場所、特定されかけてる。明日の朝には発つつもりだ。」
表情を真剣なものに変え、儀礼は拓を見る。
「なら、俺達も帰り時だな。利香、明日の朝には帰るぞ。その荷物まとめろよ。」
散らばった衣類を見て、笑うように拓は利香に言う。
利香は、獅子を見て、寂しそうに微笑んだ。
「また、来ますね。」
「ああ。気をつけてな。」
元気のなくなった利香の頭を獅子は撫でる。
見つめ合う二人を ―― 無視して、儀礼は白を手招きした。
「白はドルエドに行くんだよね。で、移転魔法も転移陣もダメだって言ったよね。」
儀礼の言葉に白は頷く。
「うん。昔、兄が転移陣の移動で妨害にあって、……危うく帰れなくなるところだったって。その、私達には守護精霊がいて、魔力の分かる人にはすごく目立つの。」
迷いながら、この人物たちを信じて、白は自分を守護する精霊がいることと、危険な状況を告げた。
「守護精霊って?」
瞳を瞬いて、儀礼が首を傾げる。
「え?」
たくさんの精霊を連れている儀礼に、それを、聞かれるとは白は思ってもいなかった。
《知らないのよ。ギレイは私たちのこと全然気付かないって、言ったでしょ。》
白のポケットからトーラが姿を現した。
その宝石を預かりっぱなしだったことを思い出し白は、慌てて儀礼に返す。貴重で高価な物だ。
「えっと、守護精霊は主になった人だけを守るって約束してくれた精霊のことで、私を守ってくれる精霊なんだ。」
説明を聞くと、儀礼は嬉しそうに微笑んだ。
「白を守ってくれてるんだ。」
その微笑みを受け、青い精霊シャーロットが驚いたように自分の姿を見回す。
きらきらと放出されるシャーロットの青い輝きが増していた。
《私……今、この子から魔力、もらったわ。》
シャーロットは呆然と呟く。
契約した主以外から、こんなにも簡単に魔力を分け与えられることなど、ありえない、と。
シャーロットに届いた、儀礼からの感謝の心。それが、シャーロットに力を与えていた。
「トーラも、ありがとう。」
白から受け取った紫の宝石に、儀礼は当然の様に口付ける。
《お帰り、ギレイ。どういたしまして。》
トーラは嬉しそうに笑う。
白は知らない、儀礼が白を守ることをトーラに頼んでいたことを。
「そうだ、獅子。いたよ、強い奴。」
トーラを見て思い出したように、儀礼はにやりと笑って獅子を見る。
「強い奴?」
興味深そうに獅子が儀礼に向き直った。
「同じ位の歳でさ二人、Aランク。それも、これから成長してくる。」
口の端を上げ、瞳の奥に楽しげな光を宿し、儀礼は獅子を見る。
「きっと、そのうち会うことになるよ。楽しみだ。」
儀礼は意味深に笑みを浮かべた。
今、白のベッドの周りにはいくつもの衣類が落ちていた。
ベッドの上で白は、困ったように表情を強張らせ、白い肌をわずかに上気させて座っていた。
その正面には、楽しげに口元に弧を描き、黒い瞳に好奇心を輝かせ、震える白を少し上の高さから見つめる人物。
黒い髪を邪魔そうに一度かき上げ、膝立ちになってベッドの上に乗り上げていた。
白の腕を掴む手は、荒れた様子もなく、極め細やかな白い肌をしていて、その人が身分のいい者であることが伺える。
今現在、浮浪児のように身元のない白が、下手に傷を付けてはいけないと思わせた。
何より、この人物は、弱り切った白の身を助けてくれた恩人の、大切な友人だった。
「ねえ、白。そんなに怖がらなくていいよ。」
ね、と優しく言い添えて、余裕の笑みを口に浮かべたまま、黒い瞳は小さな一歩分、白に近寄った。
「待って。」
高い声でそれだけを言い、顔の赤色をより鮮やかにして、白はこの事態にどう対応したらいいのか戸惑い、小さく首を振った。
金色の髪が軽やかに揺れ、鮮やかな青い瞳は困惑を浮かべ、それでも美しい宝石のような光を称え相手を見つめ返す。
本来、白を守るはずの守護精霊シャーロットは、その状況を眺め、白の横で青い瞳を瞬かせ、珍しく小さな首を傾げていた。
「白なら絶対、似合うから。ね。」
赤い唇からまた、楽しげな声を囁いて、長い黒髪を白いシーツの上に流し、利香は一歩分、白に近寄った。
「リ、リカチャン。」
「リカでいいよ。」
硬い声で白が呼びかければ、にんまりと笑い利香は答える。
「リカ、……落ち着いて。」
こういう状況で、何と言っていいのか分からず、白はじりじりと自分が後ろに下がった。
美しい少女は、微笑みながらも、一歩も逃がさんとばかりににじり寄ってくる。
ひらひらと布地の揺れるミニスカートを持って。
同じ室内にいて椅子に座る拓に、白を助けようとする様子はなく、一ページもめくられない新聞を持ったまま、利香の行動を横目に見て、おかしそうに口元だけで笑っている。
二人の兄妹の行動に、白は本気で困っていた。
その時、ガチャリと扉が開いた。
入ってきたのは、白の求めた救助者たち、儀礼と獅子だった。
部屋に入った二人の目に留まったのは、投げ散らかされたように床に落ちた、いくつもの衣服。
ベッドの上では困ったように震える白が、顔を赤く染め、救いを求めるように戻ってきた二人を見る。
白の前には、ミニスカートを持った利香の姿。
買ってきた白の服のサイズを確かめるために、全てを試させた後、利香が自分の服を持ち出したのだった。
それを確認した途端に、儀礼の目には涙が浮かんだ。
「利香ちゃん、やめてあげて。」
儀礼は、白から離すように、利香の服を優しく掴んで引っ張った。
「でもね、儀礼君。絶対、似合うと思うの。」
間違ったことなどしていないと主張するように、大きな黒い瞳を輝かせて利香は言う。
「やめてあげて! 白、男の子だから。」
それが、自分の身に降りかかったことであるかのように泣き出す寸前の顔をして、儀礼は利香の手からスカートを奪う。
利香は不満げに口をとがらせた。
危機が去ったことに安堵して、白はほっと息を吐いた。
白にとっては、スカートをはくことに関しては、少女とバレる心配を除けばそこまでの抵抗はなかった。
見た目がそっくりの儀礼が少年だと納得してからは、この人達にバレる心配もないのではないか、と白には思えた。
ただ、あの短さは無理だった。
「絶対、似合うのに。」
可愛らしい顔を拗ねたものにさせ、利香はまだそんなことを言う。
「ダメ。でも、白に服、買って来てくれたんだね。ありがとう、利香ちゃん。」
スカートを利香の荷物に戻しながら、床に落ちた衣類の山の意味に気付き、儀礼は嬉しそうに微笑んだ。
その眩しいほどに明るい笑顔は、どこからか光が差しているような錯覚すら感じられた。
人の目を奪い、心をほころばせる様な、あたたかい笑み。
「……っ、儀礼君が着る?」
利香は赤い顔で、手元にあったワンピースを儀礼に向けて広げて見せた。
白の周りに並べられていたそれらはもちろん、利香の服だ。
「僕、男だから!」
奥歯を噛み合わせた様な声で言って、儀礼は疲れたように椅子に腰掛けた。
「利香ちゃんまで。ったく、どいつもこいつも! どうなってんだよ。」
儀礼は、目に涙を浮かせ、美しい容姿に似合わない荒い言葉を吐いた。
「どいつもこいつも、どうしたって?」
ニヤニヤと拓が笑う。その言葉の裏を汲み取って。
儀礼は悔しそうに奥歯を噛み締めた。
「……変なんだよ、外の奴ら。僕の話聞かないし、勝手に守るとか言うし。正直あれだけされると迷惑だ。」
「外?」
拓が、今気付いたという風に眉を寄せる。
「了が外に行ったから、気にもしてなかったな。何かあったのか?」
「……居場所、特定されかけてる。明日の朝には発つつもりだ。」
表情を真剣なものに変え、儀礼は拓を見る。
「なら、俺達も帰り時だな。利香、明日の朝には帰るぞ。その荷物まとめろよ。」
散らばった衣類を見て、笑うように拓は利香に言う。
利香は、獅子を見て、寂しそうに微笑んだ。
「また、来ますね。」
「ああ。気をつけてな。」
元気のなくなった利香の頭を獅子は撫でる。
見つめ合う二人を ―― 無視して、儀礼は白を手招きした。
「白はドルエドに行くんだよね。で、移転魔法も転移陣もダメだって言ったよね。」
儀礼の言葉に白は頷く。
「うん。昔、兄が転移陣の移動で妨害にあって、……危うく帰れなくなるところだったって。その、私達には守護精霊がいて、魔力の分かる人にはすごく目立つの。」
迷いながら、この人物たちを信じて、白は自分を守護する精霊がいることと、危険な状況を告げた。
「守護精霊って?」
瞳を瞬いて、儀礼が首を傾げる。
「え?」
たくさんの精霊を連れている儀礼に、それを、聞かれるとは白は思ってもいなかった。
《知らないのよ。ギレイは私たちのこと全然気付かないって、言ったでしょ。》
白のポケットからトーラが姿を現した。
その宝石を預かりっぱなしだったことを思い出し白は、慌てて儀礼に返す。貴重で高価な物だ。
「えっと、守護精霊は主になった人だけを守るって約束してくれた精霊のことで、私を守ってくれる精霊なんだ。」
説明を聞くと、儀礼は嬉しそうに微笑んだ。
「白を守ってくれてるんだ。」
その微笑みを受け、青い精霊シャーロットが驚いたように自分の姿を見回す。
きらきらと放出されるシャーロットの青い輝きが増していた。
《私……今、この子から魔力、もらったわ。》
シャーロットは呆然と呟く。
契約した主以外から、こんなにも簡単に魔力を分け与えられることなど、ありえない、と。
シャーロットに届いた、儀礼からの感謝の心。それが、シャーロットに力を与えていた。
「トーラも、ありがとう。」
白から受け取った紫の宝石に、儀礼は当然の様に口付ける。
《お帰り、ギレイ。どういたしまして。》
トーラは嬉しそうに笑う。
白は知らない、儀礼が白を守ることをトーラに頼んでいたことを。
「そうだ、獅子。いたよ、強い奴。」
トーラを見て思い出したように、儀礼はにやりと笑って獅子を見る。
「強い奴?」
興味深そうに獅子が儀礼に向き直った。
「同じ位の歳でさ二人、Aランク。それも、これから成長してくる。」
口の端を上げ、瞳の奥に楽しげな光を宿し、儀礼は獅子を見る。
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