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ギレイの旅

千夜ニイ

警護

 儀礼は扉の外にいるのが敵ではないことを説明し、なんとかシュリたち三人を言い含め、送り返すことに成功した。
バクラムの家にいた時間は、短い時間だったけれどもとても楽しくて、儀礼にとっては貴重な時間だった。


 転移陣の間から一歩出れば、さらに肌を刺す寒さ。
廊下を吹き抜ける冷たい風もさることながら――人を人とも思わないような警備兵達の態度。


「一人で帰れますので……。」
儀礼はほぼ硬直した状態でなんとか声を絞り出した。
「そのようなことは重々に承知しております。どうぞ、わたくしどもにご慈悲を。」
廊下に沿って道を作るように、二列になってずらりと並んだ警備兵達。
一番前にいるのは、今朝儀礼が会った警備隊長だ。


「どうかこの町にいる間だけでも、直接の警護のお許しを。」


 盛観に並んだ兵士達が、動作の音を揃えて、いっせいに頭を下げる。
寒さとは別で、鳥肌の立つ光景だった。


「みなさん、お仕事は……。」
頬を引きつらせ、忙しそうだった警備兵たちの仕事を考える。
「Sランクを冠する御方に出会える確率はわずか。一生に一度あるかないかと言われております。その好機に恵まれたことに我らトーエルの警備兵一同深く感激いたしております。」
「その尊貴なる御身をお守りいたしますことが、我らの生涯一度の誉れとなりましょう。どうか、おゆるしを。」
別の者が深く地に頭が着きそうなほどに下げる。
その兵士も着ている服装から身分はいいはずだった。
この、状況が儀礼には理解できない。


「あの、僕には正式に護衛がいますから。町の警備をお願いします。僕のせいで町の人に迷惑をかけるわけにはいきませんので。」
儀礼が断りの言葉を言いかければ、分かっていると言いたげに警備隊長はうなずく。


「今現在、護衛の一人が負傷し、休養中とのこと。名高い『黒獅子』の替わりになるなどというおこがましいことは思っておりません。
しかし今日、あなたが留守をした数時間の間にも町の近辺で不審な者を多数捕えております。どうか、この町にいる間だけでも、我らの力の及ぶ範囲に留まりください。」


 警備隊長の言葉に、儀礼は即座に穴兎に確認を取る。
儀礼がこの町にいることは確実に漏れているらしかった。
大々的に広まっている訳ではないが、目敏い情報屋から一部の特殊な者達へとその情報は流れていた。
すなわち、特に力を持った極一部の組織が動き出していたのだ。
儀礼はモニターの文字を数度確認する。


 護衛をと言い出すだけあり、この警備兵達の実力も確かなものであるらしかった。
捕らえたという不審者は皆、どこかしらの組織と繋がっていた。
敵が宿の周辺をうろつくまでに近付けば獅子達が気づかないはずがない。
しかし、彼らは町の外でその不審者たちを捕らえていた。
より早く、安全に。
儀礼が町に居なかった数時間、世話になったのは確からしかった。


そして、儀礼がこの町にいるだけで、警備兵たちには迷惑をかけている。
白と獅子の回復を待って、少し長く居すぎたようだった。
この前の町でも『蜃気楼』の名を出してしまっている。
儀礼を探す包囲網の目が狭まっていてもおかしくはなかった。


 仕方ないと、儀礼はこの町に居る間だけ、この警備隊の腕を信じ、世話になることを了承した。
そして、儀礼自身が捕虜ででもあるかのように、周囲を警備兵たちに取り囲まれて宿までの道を送られる。
儀礼は、早急にこの町から出ることを考えたのだった。
明日の朝一番にでも。


 宿に着けば、野盗達の倒れていたその庭で、獅子が光の剣を振るっていた。
体の回復を確かめるように、力強く大振りに、時に素早く剣を返して、刃が陽の光を白くまばゆく反射する。
気持ちいいほどに迷いのない太刀。
荒々しくも爽快な、全ての邪念を切り裂くように真っ直ぐな、くうを裂く音。
訓練であるそれが、すでに完成された演武のようで、思わず見入っていたのは、儀礼だけではなかった。
共に来た兵士たちが、その腕前を真剣に凝視している。


「ただいま、獅子。うん。調子戻ったみたいだね、よかった。」
一通り、体を動かすことに満足したのか、儀礼の周囲にわんさかといる兵士が気になったのか、獅子はしばらくすると、剣を治めて儀礼のそばへと歩いてきた。
「おう。完全回復だ。」
にやりと獅子は笑う。


「それで? そいつらは、なんだ。警備兵だよな。お前、またなんかやったのか?」
眉をひそめて、獅子が言う。
「してない。送ってくれたの。」
儀礼は首を横に振る。


「で、では。我々は宿の周辺の警護に身を置きますので、ごゆっくりお過ごしください。外出の際はどうぞお声かけください。」
そう言って、警備兵の中でも身分の良さそうな男が腰を折り、深々と頭を下げた。副隊長だと名乗っていた。
次いで、その副隊長は獅子に向かっても同じ様に頭を下げる。
「微力ながら、お手伝いさせていただきますこと、光栄に存じております。世に名高き『黒獅子』殿。」
後ろにいた兵士たちがまた、いっせいに深々と頭を下げる。
「……はっ?」
その光景に、獅子は苦い顔で頬を引きつらせた。


「こんな感じ。勝手に付いて来たの。」
諦めたように、儀礼は乾いた笑みを浮かべる。
腕の立つ警備隊長は直々に町の外の警戒に当たってくれているらしい。
捕まえた不審者の半数はその警備隊長が捕らえたと言っていた。何か、使命感に燃えているらしい。
儀礼は心境的に離れた場所から、生温い視線でその熱い警備兵たちを眺めていた。
しかし、小さく首を振って儀礼は思い直す。


「明日の朝には出発の予定ですので、短い期間になりますが、ご迷惑おかけします。よろしくお願いします。」
儀礼もまた警備兵たちに深く頭を下げた。
兵士たちが何か勘違いをし、勝手に感激しながら仕事についているのだとしても、儀礼が、彼らの仕事を増やし、邪魔をし、手を煩わせているのは事実だった。
儀礼は真っ直ぐに兵士たちを見る。
「ありがとうございます。でも、皆さんも十分気を付けてください。僕らは、自分で身を守る術を持ってます。もし、本当に何かあった際には、町を守ることを優先してください。」
真剣みを帯びた表情で訴える。
やってくる敵が様子を探る為の偵察だけでなく、本格的な刺客や腕の立つ諜報員になり、もしも兵士たちの中に傷付く者が出てきたとしたら、儀礼は本気で申し訳がない。


 噂に聞いた光を放つような金色の髪、朝に出会ったという兵士たちが天使と称する美しい顔立ち。
最高位の研究員であることを示すような、光の全てを跳ね返し他の色に染まった事のないような、純白な衣。
戦ったことなどないと思える、頼りない身体付き。
そして心配そうに、不安げに見上げる、宝石の様に透き通る茶色の瞳。
「お任せください! 我ら命を賭けてお守りいたしますっ!」
ビシリと額に右手を掲げ、副隊長以下その場にいた兵士たちは背筋を伸ばして答えていた。


 一国の王にすら勝ると言われるSランクという立場を、史上最年少で手にした『蜃気楼きせき』と呼ばれる人物。
その身を、ただの町の警備兵でしかない者たちが一時でもそばで守れるという栄誉。
本来なら、近付くだけ、話をするだけでも大量の手続きを必要とする身分なのだ。


「……わかってないよね、それ。」
もはや、笑う余裕もなく、儀礼の表情は引きつる。
「ご心配なく。どのような危険も近寄せるはおろか、町の中にも入れさせはいたしません。」
敬礼したまま、答える副隊長に、儀礼は重たい息を吐き、説得することを諦めた。
「すみません。疲れたので、休ませてもらいます。適当に気をゆるめて頑張ってください。」
目に涙を浮かせて、儀礼は獅子と共に、宿の中へと入っていった。
「精一杯頑張らせていただきますっ!」
大きな声を耳に受け取り、儀礼はまた溜息を吐く。


 儀礼は普通に話したつもりだった。彼らは儀礼の言葉を完璧に無視し、聞いていなかった。
「……なんで?」
「俺が知るか!」
理不尽に感じて、見上げるように問いかけた儀礼に、獅子は怒ったように答えを返した。
気を張った武人の気配が周囲に大量にあっては、落ち着いた心地がしない。
これでは拓の機嫌も悪そうだ、と部屋に向かう廊下を歩きながら、儀礼はまた大きく溜息を吐いた。

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