ギレイの旅
護衛の育成
護衛を増やすという意見を否定した儀礼に、アーデスは冷静に語りかける。
「だがギレイ。現状、人数が足りてないだろう。ヤンがあちこちに走り回ってるぞ。」
アーデスのその言葉に、儀礼は考え直す。
護衛が少ないということは、一人にかかる負担が多いということだ。
移転魔法・回復魔法、障壁、結界、遠視などほとんどの補助魔法を使えるヤンは、忙しそうに世界を飛び回っている。
本来、Sランク研究員ともなれば、複数の護衛と共に、回復魔法を使えるものが常にそばにいるものだ。
しかし、儀礼の周りに治癒魔法の使えるものは少ない。
忙しいヤンを呼び出して、怪我した獅子を治してもらっているのが現状だ。
そこへ、片づけが終わったのかラーシャが戻ってきた。
儀礼は両手をラーシャに向かって伸ばしてみた。
「じゃぁ、ラーシャをください。」
「おいっ、何でそうなるっ!」
言った瞬間にバクラムに殺気とともに怒鳴られた。
伸ばした儀礼の手の上には、なぜかケルガがよじ登る。重たいので転がして落とした。
ラーシャは何の話に巻き込まれているのか、分かっていないようだった。
綺麗な灰と茶の入り混じる瞳をゆっくりと瞬かせている。
「護衛にですよ。」
儀礼はバクラムに振り返って言う。
思わず、ラーシャを引き寄せてみたくはなったけど、そんな本気の殺気は送る必要ないと思う。
「お前のそばに置いたらラーシャには害にしかならん。」
渋面を作り、バクラムは言った。
儀礼は考えてみる。確かに、儀礼の護衛など危ない仕事だった。
バクラムのその仕事をシュリが心配して、儀礼はこの家に招かれたのだった。
儀礼は瞳を伏せて反省する。
「お前の所になどやったら、嫁にやるのと大差ないだろう!」
腹の底から出るような大きな声で、儀礼はなぜか怒られた。
(なんで……?)
バクラムの言葉の意味が理解できず、儀礼は大きく瞬いた。
護衛任務の危険の話ではなかったのだろうか。
――誰もが見惚れる整った顔立ち、人の心を知る人格者。
一般人と比べるなら、決して劣っているわけではない身体能力。
そして、その少年の持つ、管理局『ランクS』という知力、財力、権力、名声。
年齢ゆえの幼さが多く見られるが、それすらも人の心を和ませる愛嬌ととれる。
人としてだけでなく、十分に惹かれる要素を多大に持つというのに、本人にその自覚がないために、あまりに親しげに振舞う。――
バクラムが娘の将来を本気で心配していることに、やはり儀礼は気付いていない。
「ラーシャはまだ未熟だ。」
腕を組み、儀礼を見下ろすようにバクラムは言う。
当然だ、ラーシャは儀礼よりも2学年も下だった。
「育成をお願いします。」
背筋を伸ばし、真剣に、儀礼はバクラムを見返す。
「治療が必要な時には今でも手を貸してもらいたいですが、王都の学院卒業後に正式に護衛を請け負ってもらうってことでどうでしょうか。ねぇ、ラーシャ……力を貸してくれない?」
儀礼は伺うようにラーシャに向かって小首を傾げる。
王都の学校は基本3年制だ。卒業する頃には一人前の魔法使いに成長し、ラーシャは18歳。
きっと奥さんに似た美人に成長していることだろう。
「でも私、今の学校出たら冒険者として働くから――。」
「奨学金出るから、もっと魔法覚えて! それでさ、……僕に教えてくれない?」
きらきらと瞳を輝かせて儀礼はラーシャの手を取る。
ラーシャの使う、杖も魔法石も使わない不思議な魔法。儀礼は、それをもっと見てみたかった。
「……うん。」
どこか、呆然とした様子で頷き、ラーシャは儀礼の手を握りかえす。そして、
「私、きっとたくさん覚えてくるね。」
そう言って、なぜか儀礼の頭を撫でながら、ラーシャは嬉しそうに微笑んだ。
突然肩を掴まれ、儀礼は振り返る。
シュリが、何か言いたそうに、睨む様に儀礼を見ていた。
バクラムのように怒気と殺気はないが、まさか3年後のラーシャの姿を想像した儀礼の心を読んだのだろうか。
儀礼は黙って息を飲む。
「ラーシャを3年後にと言うくらいなら、シュリやカナルはどうだ。」
シュリが何かを言うより先に、バクラムが口を開いた。
「二人とも治癒魔法使えないじゃないですか。」
儀礼は答える。
すぐに怪我をしてくる黒髪黒目の仲間がいるから、治療魔法があると助かるのだ。
儀礼の治療で、手に負えない事が何度かあった。
「俺は、移転魔法なら使えるぞ。あと、簡単な攻撃魔法と障壁、結界と身体強化だな。」
儀礼の肩から手を外し、真剣な顔でシュリが言う。
「あー、ただ、移転魔法はまだ経験不足だけどな。」
そう言って、シュリはわずかに苦笑する。
「移転先の様子が分かりにくいから、飛び込んでいくのがちょっと心配なんだよ。安全に試せる場所って少ないし。」
少し照れたような困ったような顔でシュリは頭をかく。
移転先が魔物の群だったり、トラップだらけの誰かの研究室だったり、腕が未熟なうちは、それを考えてしまうと魔法が勝手に引きずられ、移転先が変わってしまうようなことがあるらしい。
「それなら、僕の所来れば? 今はほとんどフェードだから距離あるし、練習にはいいだろ。管理局で研究室にいる時なら安全だよ。外だとちょっと、戦闘の可能性があるから来ないほうがいいかも。」
儀礼達はよく、いろんなものに追われる事になるので、管理局に留まっている時が一番安全だろう。
「シュリ、戦闘中だったら、遠慮なく飛び込め。ギレイ、お前はいい加減、自分が護衛対象だと自覚しろ。」
睨むようにアーデスが儀礼を見る。
小さいとはいえ刃があるので、ナイフで指し示すのはやめてもらいたい。
移転が不慣れだというシュリに、親切に、儀礼が危険を避けられるよう提案したと言うのに、アーデスはなぜ、最近こんなにもうるさいのだろうか。
やはり、ユートラス相手に勝手に動こうとしたのが、アーデスにもばれているのだろうか。
すでに監視が発動されているのかもしれない、と儀礼は気を引き締めることにする。
「ギレイ、戦闘ってどんなだ?」
同年代の戦闘に興味が湧いたのか、シュリが人懐こそうな瞳に輝きを宿して聞いてくる。
「どんなって、いろいろだけど……。朝のは野盗っぽいのが因縁つけてきただけだし、魔法使いのお姉さんは人違いだったし、変な人に絡まれるのが多いのかなぁ。魔物とかじゃないから、危険はあんまり無いよ。あ、あとは女の人に間違われたり?」
嫌味っぽく笑って、儀礼はシュリを見る。
「それは、悪かったけど、戦いに持ってったのはお前だろ。」
慌てたように不満げにシュリは謝る。
「それに間違えたのはホントに俺が悪いのか」、とシュリが小さく呟いた言葉は儀礼には聞こえなかったらしい。
歩いてきたミーとネルイに夢中になっている。あこー、と言われてミーを素直に抱き上げ、膝によじ登って座るネルイにされるがままになっていた。
この瞬間、ミーとネルイの勝利が確定した。
***************
ノーグ家での儀礼の戦績
儀礼の勝利:
ノウエル、ココ、ナイル、ケルガ。
儀礼の敗北:
シュリ、カナル、ラーシャ、メルー、タシー、ネルイ、ミー、チーシャ。そして自分。
結果:4勝 9敗。 激辛料理:マイルドにして引き分け。
アーデスの『被害者』発言については儀礼には理解不能。
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「だがギレイ。現状、人数が足りてないだろう。ヤンがあちこちに走り回ってるぞ。」
アーデスのその言葉に、儀礼は考え直す。
護衛が少ないということは、一人にかかる負担が多いということだ。
移転魔法・回復魔法、障壁、結界、遠視などほとんどの補助魔法を使えるヤンは、忙しそうに世界を飛び回っている。
本来、Sランク研究員ともなれば、複数の護衛と共に、回復魔法を使えるものが常にそばにいるものだ。
しかし、儀礼の周りに治癒魔法の使えるものは少ない。
忙しいヤンを呼び出して、怪我した獅子を治してもらっているのが現状だ。
そこへ、片づけが終わったのかラーシャが戻ってきた。
儀礼は両手をラーシャに向かって伸ばしてみた。
「じゃぁ、ラーシャをください。」
「おいっ、何でそうなるっ!」
言った瞬間にバクラムに殺気とともに怒鳴られた。
伸ばした儀礼の手の上には、なぜかケルガがよじ登る。重たいので転がして落とした。
ラーシャは何の話に巻き込まれているのか、分かっていないようだった。
綺麗な灰と茶の入り混じる瞳をゆっくりと瞬かせている。
「護衛にですよ。」
儀礼はバクラムに振り返って言う。
思わず、ラーシャを引き寄せてみたくはなったけど、そんな本気の殺気は送る必要ないと思う。
「お前のそばに置いたらラーシャには害にしかならん。」
渋面を作り、バクラムは言った。
儀礼は考えてみる。確かに、儀礼の護衛など危ない仕事だった。
バクラムのその仕事をシュリが心配して、儀礼はこの家に招かれたのだった。
儀礼は瞳を伏せて反省する。
「お前の所になどやったら、嫁にやるのと大差ないだろう!」
腹の底から出るような大きな声で、儀礼はなぜか怒られた。
(なんで……?)
バクラムの言葉の意味が理解できず、儀礼は大きく瞬いた。
護衛任務の危険の話ではなかったのだろうか。
――誰もが見惚れる整った顔立ち、人の心を知る人格者。
一般人と比べるなら、決して劣っているわけではない身体能力。
そして、その少年の持つ、管理局『ランクS』という知力、財力、権力、名声。
年齢ゆえの幼さが多く見られるが、それすらも人の心を和ませる愛嬌ととれる。
人としてだけでなく、十分に惹かれる要素を多大に持つというのに、本人にその自覚がないために、あまりに親しげに振舞う。――
バクラムが娘の将来を本気で心配していることに、やはり儀礼は気付いていない。
「ラーシャはまだ未熟だ。」
腕を組み、儀礼を見下ろすようにバクラムは言う。
当然だ、ラーシャは儀礼よりも2学年も下だった。
「育成をお願いします。」
背筋を伸ばし、真剣に、儀礼はバクラムを見返す。
「治療が必要な時には今でも手を貸してもらいたいですが、王都の学院卒業後に正式に護衛を請け負ってもらうってことでどうでしょうか。ねぇ、ラーシャ……力を貸してくれない?」
儀礼は伺うようにラーシャに向かって小首を傾げる。
王都の学校は基本3年制だ。卒業する頃には一人前の魔法使いに成長し、ラーシャは18歳。
きっと奥さんに似た美人に成長していることだろう。
「でも私、今の学校出たら冒険者として働くから――。」
「奨学金出るから、もっと魔法覚えて! それでさ、……僕に教えてくれない?」
きらきらと瞳を輝かせて儀礼はラーシャの手を取る。
ラーシャの使う、杖も魔法石も使わない不思議な魔法。儀礼は、それをもっと見てみたかった。
「……うん。」
どこか、呆然とした様子で頷き、ラーシャは儀礼の手を握りかえす。そして、
「私、きっとたくさん覚えてくるね。」
そう言って、なぜか儀礼の頭を撫でながら、ラーシャは嬉しそうに微笑んだ。
突然肩を掴まれ、儀礼は振り返る。
シュリが、何か言いたそうに、睨む様に儀礼を見ていた。
バクラムのように怒気と殺気はないが、まさか3年後のラーシャの姿を想像した儀礼の心を読んだのだろうか。
儀礼は黙って息を飲む。
「ラーシャを3年後にと言うくらいなら、シュリやカナルはどうだ。」
シュリが何かを言うより先に、バクラムが口を開いた。
「二人とも治癒魔法使えないじゃないですか。」
儀礼は答える。
すぐに怪我をしてくる黒髪黒目の仲間がいるから、治療魔法があると助かるのだ。
儀礼の治療で、手に負えない事が何度かあった。
「俺は、移転魔法なら使えるぞ。あと、簡単な攻撃魔法と障壁、結界と身体強化だな。」
儀礼の肩から手を外し、真剣な顔でシュリが言う。
「あー、ただ、移転魔法はまだ経験不足だけどな。」
そう言って、シュリはわずかに苦笑する。
「移転先の様子が分かりにくいから、飛び込んでいくのがちょっと心配なんだよ。安全に試せる場所って少ないし。」
少し照れたような困ったような顔でシュリは頭をかく。
移転先が魔物の群だったり、トラップだらけの誰かの研究室だったり、腕が未熟なうちは、それを考えてしまうと魔法が勝手に引きずられ、移転先が変わってしまうようなことがあるらしい。
「それなら、僕の所来れば? 今はほとんどフェードだから距離あるし、練習にはいいだろ。管理局で研究室にいる時なら安全だよ。外だとちょっと、戦闘の可能性があるから来ないほうがいいかも。」
儀礼達はよく、いろんなものに追われる事になるので、管理局に留まっている時が一番安全だろう。
「シュリ、戦闘中だったら、遠慮なく飛び込め。ギレイ、お前はいい加減、自分が護衛対象だと自覚しろ。」
睨むようにアーデスが儀礼を見る。
小さいとはいえ刃があるので、ナイフで指し示すのはやめてもらいたい。
移転が不慣れだというシュリに、親切に、儀礼が危険を避けられるよう提案したと言うのに、アーデスはなぜ、最近こんなにもうるさいのだろうか。
やはり、ユートラス相手に勝手に動こうとしたのが、アーデスにもばれているのだろうか。
すでに監視が発動されているのかもしれない、と儀礼は気を引き締めることにする。
「ギレイ、戦闘ってどんなだ?」
同年代の戦闘に興味が湧いたのか、シュリが人懐こそうな瞳に輝きを宿して聞いてくる。
「どんなって、いろいろだけど……。朝のは野盗っぽいのが因縁つけてきただけだし、魔法使いのお姉さんは人違いだったし、変な人に絡まれるのが多いのかなぁ。魔物とかじゃないから、危険はあんまり無いよ。あ、あとは女の人に間違われたり?」
嫌味っぽく笑って、儀礼はシュリを見る。
「それは、悪かったけど、戦いに持ってったのはお前だろ。」
慌てたように不満げにシュリは謝る。
「それに間違えたのはホントに俺が悪いのか」、とシュリが小さく呟いた言葉は儀礼には聞こえなかったらしい。
歩いてきたミーとネルイに夢中になっている。あこー、と言われてミーを素直に抱き上げ、膝によじ登って座るネルイにされるがままになっていた。
この瞬間、ミーとネルイの勝利が確定した。
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ノウエル、ココ、ナイル、ケルガ。
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