ギレイの旅

千夜ニイ

被害者

「なぁ、ギレイ。アーデスのしゃべり方、すっげー不気味だよな。なんだよ、あれ。ぇー。」
顔を引きつらせ、シュリが声をひそめて儀礼に言った。
やはり、あのしゃべり方は普通ではないらしい。
「アーデスはいつも怖いよ。」
頷くように、儀礼も小声でシュリに答える。


「どういう意味です?」
二人の背後で、にっこりとアーデスが微笑んだ。
ブリザードの前の、静かな雪原のような笑顔で。
いつそこに立ったのかも、儀礼には分からなかった。
少し離れた所にいたのに、しっかりと聞こえていたらしい。
いや、もしかしたら口の動きを読んだのかもしれない。


「なんで、俺の後ろに隠れるんだよっ。」
シュリの服にしがみつくようにしてその背に隠れた儀礼に、シュリが焦ったように文句を言った。
世界最強クラスのアーデス相手に、盾にされては敵わない、と。
シュリの背中には冷や汗が伝っていた。


「だって、シュリ、自分より下の子、っておけないだろ。損だね、お兄チャン♪」
シュリの背後で顔を上げ、儀礼はにやりと楽しそうに笑った。
短い時間でも分かったシュリの行動。
弟たちだけにでなく、儀礼にまでフォローしてくれたシュリ。それを自然に行うのだ。
11人の兄はやはり普通ではない。そこかしこに兄としての性質が染み込んでいるようだった。


「なるほど、そういうことですか。でしたら……シュリ、カナルよりも体が小さいこと気にしてましたよね。」
アーデスが、シュリの背後に隠れる儀礼を見て、企みのある深い笑みを浮かべた。


「そんなの、こいつ見たらどうでもよくなったよ。」
シュリの背後に収まってしまうような、同じ歳のカナルとは比べようもない大きさの、少年。
その言葉に、目に見えて儀礼が頭を下げて落ち込んだ。


 くすりと、アーデスは笑う。
「儀礼様、是非『見て』差し上げたらどうです?」
にっこりと、悪意ある笑みでアーデスは提案する。


「僕、死にたくないですが。」
頬を僅かに引きつらせ、儀礼はアーデスを見る。
「抑えますから。」
アーデスは光に満ちた爽やかな笑顔で、シュリの体を羽交い絞めにする。
「抑え……られるの?」
不安そうに儀礼はアーデスを見上げる。本気で相手を殺そうとするAランクの冒険者を。
シュリの実力は戦った儀礼が知っている。


「さすがに、そこまで侮られると私も怒りを感じますが……。」
ぴくりと、アーデスのこめかみに青筋が浮く。
儀礼にアーデスを侮ったつもりはない。この場合、危険が儀礼に来るから確認しただけだ。
瞬間的に移転魔法など使われたら、防ぎようがないのではないかと思ったのだ。


「お前ら、何するつもりだよ。死ぬとか抑えるとか物騒なこと言ってんじゃねぇ! アーデス、離せ!」
じたばたとシュリが暴れだした。
こうして被害者が出来上がるのか、と儀礼はなんとなく納得した。


「シュリ、僕に殺す気ないから。まったく。」
一応、先に断っておく。儀礼にはシュリを敵に回すつもりなど微塵もない。
「何言ってんのかわかんねぇよ! とにかく先にアーデスを……っ!!」


 言葉を切り、突然シュリが、濃い黒炎を全身に噴き上がらせ、瞬間的に儀礼に向かって飛び出そうとしたのを、アーデスが取り押さえた。
ガンッ、と音をさせ、二人の足元で床板にひびが入る。
歯を噛み締め、のどの奥で唸るような声を上げ、シュリが儀礼を睨み付ける。
「てめぇ、何が殺す気、ないだ。ふざけんなっ……。」
目の力だけで人を殺せるかのような、殺意と憎しみに満ちた脅威の眼光が儀礼に襲い掛かる。
そこに、人懐こいシュリの瞳の輝きはかけらもなかった。


 全身で、儀礼を殺そうと細かく震えるシュリの体に力が入っているのが分かった。
シュリを抑えるアーデスの体からも、汗が流れ出していた。
アーデスからも余裕を奪うシュリの本気。
ビリビリと儀礼の体を刺すシュリの強い殺気。
儀礼は正気を保つために、ごくりとツバを飲み込む。
襲い掛かる殺気に耐え、儀礼は『被害者』は、自分かシュリかと考え、苦い笑いを浮かべた。


「……心配いらないよ。シュリ、すぐに大きくなる。小さい頃にあんまり食べれない時期でもあった? そのせいで成長が少し遅れてるだけ。……くそぅ、羨ましいっ。」
最後に、本物の殺気をシュリにぶつけ、儀礼はくるりと背を向ける。
シュリからの殺気はもうなかった。
敵意がないことを、隙だらけの背中で納得してもらえたらしい。
天井に向かい儀礼はふぅ、と大きく息を吐いた。


「あー、疲れた。本気で殺されるかと思った。」
儀礼は体の緊張をほぐすように、大きく腕を回す。
「それ、俺の台詞だ、ギレイっ! 今のなんだよ!!」
戸惑い、呆けていた状態から離脱したらしいシュリが、儀礼に怒鳴りかかる。
襟首をつかまれ、儀礼は首をかしげるようにきょとん、とシュリを見上げる。
「何って。よく見てみた、だけなんだけど。」
大きな瞳で瞬きを繰り返しながら、真っ直ぐにシュリを見つめる邪気のない顔。


「凶悪、だろ。」
シュリの耳元にポツリと呟き、アーデスは影のある濃い笑みを浮かべた。
「被害者が私だけなのは納得いかないですからねぇ。」
くすくすと笑って、アーデスは二人に背を向けた。


 シュリに襟首をつかまれたまま、その上機嫌なアーデスの背中を眺め、儀礼は思った。
『被害者』って、一体……。

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