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ギレイの旅

千夜ニイ

ノウエルたちとの戦闘

 食事の支度が整ったリビングに、ノウエルたちが走りこんできた。
「あ、お前誰だ?!」
「知らない奴だぞっ。」
シュリの服を着た儀礼を指差して、ノウエルとケルガが言う。
まるで敵を発見したとでも言う態度で。
全面フードまで被った状態では、確かに誰だかもわからないだろう。


「お姉さんをどこにやった!」
なぜかケルガが怒りながら儀礼に突進してくる。
「お姉さんって……。お前もか。」
儀礼は頭を抱える。


 全速力と言っていい速度で一番にケルガが突っ込んできた。
「ちょっと待って……。」
儀礼の言葉など聞く様子もなく、6戦目に突入したようだった。
はぁ、と浅く溜息を吐き、儀礼は疲れた体に鞭打ってケルガの突撃をかわす。
ついでに軽く足を出してひっかけ、ケルガの走る勢いを利用してソファーの上までその軽い体を飛ばす。
ボスリと着地の柔らかい音がした。


「よし! 一人目♪」
くすりと、儀礼は顔を見せないまま笑う。さすがに、全敗するわけにはいかない。
ノウエルたちが顔色を変えた。
次いでナイルが走り寄ってきた。すぐに体の大きいノウエルが追いつく。
ノウエルの攻撃はなかなか様になっていた。すでにバクラムやシュリたちに鍛えられているのだろう。


 そのノウエルの攻撃をかわしながら、儀礼はまず6歳のナイルを抱え上げ、空いているソファーへ狙いを定めて放り投げた。
ボスッ、とケルガよりは重い音でナイルがソファーに沈む。
「二人目っ。」
ノウエルの重い一撃をかわし、儀礼はまたくすりと笑ってみる。
次は自分の番だと分かったのか、7歳のココが顔を青くした。


 ココを庇うようにノウエルが連続して儀礼に襲い掛かる。
大きな体を活かした一撃一撃が重い連撃。
しかし、速度がない。
ノウエルの頭の上に手を着き、儀礼は身軽に前転した。
ココの目の前に着地すれば、意外にもココは慣れた様子で構える。
前と後ろに挟まれ、儀礼は二人からの攻撃を避けることになった。


「あれ、なんでこんなことになったんだっけ? 僕疲れてるんだけど。」
二人の攻撃を右に左に下にと避けながら、儀礼は首を捻る。
傾けた首の横をノウエルの足が掠めた。
当たれば痛そうな威力がある。
すぐに後頭部側から、ココの足が蹴り出されていた。
この兄弟は、連携の練習までしているのだろうか。


 儀礼は勢いをつけることもなく後ろへと宙返りをすると、ココの後ろへと立った。
白衣のない今の状態は本当に軽々と体が動く。
「はい、三人目。」
ココの体を抱え上げ、にやりと笑いながら儀礼は、またソファーの空いているスペースへと投げ込む。
「ワーッ!」
悲鳴のような声を上げ、ドサッとココは着地した。


「……自力で着地できるよね?」
その楽しげな声は、ノウエルの耳元で、した。
次の瞬間には、ノウエルは空中にいた。
9歳にしては大きな体。体重だけなら儀礼よりもあるだろう。
そのノウエルが、天井の間近にまで浮き上がり、ゆっくりと床へと着地する。


 ドスン。
着地したノウエルがおそらく、誰よりも一番驚いていただろう。
着地音が軽いことではない。
飛ばされている間の浮遊感だ。
本当に空を飛んでいるかのように、短い一瞬の間だったが、確かに体が軽くなったのを感じたはずだ。
ただ投げられたのではない。着地まで補助されるような体を助ける力。
儀礼の送り込んだ闘気の力が、ノウエルにはわかっていないようだった。


「ヤッタ! 4勝!」
嬉しそうに儀礼は両手を上げた。
「子供に勝って嬉しいのか?」
呆れたようにアーデスが苦笑を浮かべている。
「勝ちは勝ち。」
くすくすと儀礼は笑う。


「まだ負けてないっ!」


 ケルガの言葉に儀礼は慌ててフードを外す。
いつの間にか鉄アレイのような物を持ち、儀礼の体へと突撃しようとしてきたのだ。


「あ、さっきの人だ。」
「お姉さんだったの?」
「なんでそんな格好してるの?」
足に急ブレーキをかけたケルガやナイルたちが儀礼の顔を見て次々に口を開く。
「……シュリに借りたんだ。僕、お兄さんだから。」


その服装に効果があったのか、投げ飛ばした効果なのか、儀礼の言葉に四人は素直に「お兄ちゃん」と認めてくれた。
上の三人よりずっと優秀で助かった。
シュリたちの説得には随分と時間がかかった。
その時は危うく右手が勝手に銃を持ち出すところだった――。


 バクラムの一声で、子供たちはあっという間に席についた。
席にいないと本当にカナルか誰かに、食べられてしまうのかもしれない。


「『マスター』ロワルゼンですか?」
食事の席に着き、儀礼はバクラムに問い返す。
それが蒼刃剣を直すための鍵となる人物らしい。ただし、その人はずっと昔に亡くなっているらしいが。


「そうだ。ルジェク・ロワルゼンと言うのが俺の最初の師匠でな。弟子たちからは『最高位マスター』と呼ばれていた。まぁ、単純に師匠と言う意味もあるのだがな。」
言いながらバクラムは目の前に置かれた皿から、大きなスプーンでシチューのようなものを掬って口に運ぶ。
ラーシャたちの作ったそれは、とても発色のいい赤色をしていた。
それを平然と咀嚼してから、バクラムは次の言葉を続ける。


「そのマスター・ロワルゼンが大きな槌を振り回して戦う武人だった。そして同時に、自分の武器は自分で作るというのがロワルゼンのこだわりで、マスターは優秀な鍛冶師でもあった。作ったのは大槌ハンマーが多かったが、剣や斧なんかもいくらかは作っていたはずだ。」
バクラムの話を聞きながら、儀礼も自分の皿に手をつける。
せっかくラーシャ達に作ってもらった料理が、冷めてしまっては申し訳ない。


「ただ、俺が弟子入りした時にはマスターはすでにかなりの歳でな、すぐに二人の息子が俺の師匠に変わったんだ。」
難しい話でもするように、バクラムは眉間に深いしわを寄せた。
「兄の方が武術を、弟の方が鍛冶を中心に教えるロワルゼンの新方式だ。両方を極めれば、必ずマスターの道に辿り着けるはずだった。しかし、マスターが亡くなってしばらく経つと、兄弟はいさかいを始めた。弟子たちは、どちらを優先して学ぶべきかとな。当然、兄は武術を、弟は武器を主張し、いつしかロワルゼン流は分裂した。」
20年以上前の話だ、とバクラムは付け加える。
その手は止まることなく話の合間に赤いシチューを口に運んでいた。


 儀礼の手は止まっていた。別に儀礼は辛い物が苦手なわけではない。
テーブルの上に並べられた幾つもの皿がほとんど赤色で統一されていても、文句を言うつもりもない。
限度があるとは思うが、文化が違うので仕方がない。
わざわざ作ってもらった物を残すつもりは、微塵もない。
しかし、空っぽの胃には少々沁みるようだった。
時々水で口内を冷やし、胃薬は白衣の中だったと、置いてきたことに後悔する。
バクラムの話を聞いていないわけではない。


 『マスター』がいて、二人の息子は兄と弟に分裂した。
……違う。兄は戦い重視に、弟は武器重視に流派を分けた。


「俺は、と言うか多くの者は、強くなることを求めてマスターに師事したので、兄の方に身を置くことになった。弟の方は、少数の弟子と共にマスターの工房である、町外れのロワルゼンの家に残り、戦いの場を求める俺達は道場を人の多い町の中に移した。」
一口水を飲み、バクラムは背中にある大きな黒い槌を叩く。
「こいつは、その兄弟が道を分ける前に、弟師匠から貰った物だ。そんな昔から使っているというのに、この通り、壊れる気配もない。ずっと後から、兄の師匠に弟子入りしたワルツは何度か武器を変えている。今思えば、『マスター』を目指すのであれば、あの時俺達はどちらか一方を選ぶべきではなかったのかもしれない。」


 懐かしむような複雑な表情を浮かべて、バクラムは皿の中の赤いシチューを混ぜる。
スプーンの周りに赤赤しい粉が纏わり付いていた。

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