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ギレイの旅

千夜ニイ

来客

 扉の外にいたのは、宿の受付に立つ女性だった。
「あ、あの。早朝に失礼いたします。」
僅かに開いた扉の隙間から、女性は困ったように獅子を伺う。
「実はですね、今朝も含めて三日続けて宿の外に複数の人が倒れていまして、町の警備の方が事情をお聞きしたいと訪ねてきたんです。昨日の朝は、こちらのお客様に発見していただいたと報告しましたので、確認をしたいとおっしゃられて。」
戸惑うように女性は言うが、その声は緊張からかわずかに震えているようだった。


「人が倒れてた? 俺は知らないな。」
そう言いながら、獅子はその女性の後ろに並ぶ男たちに警戒する。
おそらくはその警備の兵たちなのだろうが、そのさらに後方から様子を伺っている男たちはもっと荒い気配を放っている。
獅子から見て、ザコなのは間違いないのだが。


「あの、金髪の薄茶色の眼鏡をかけた綺麗な方です。」
女性が言えば、扉は大きく開かれる。
「朝早くから申し訳ないのだが、町の安全に関わることなので、協力を願いたい。その客がここにいるのは事実か?」
背の高い、鎧をまとった男が女性に代わり、獅子の正面に立った。
太い腕、引き締まった体、腰には存在感のある太い剣が下げられている。


「金髪に茶色の眼鏡って、儀礼のことか? 今シャワーに入ってるけど、まさかあいつが何かやったとでも疑ってるのか?」
目を細め、睨むようにして獅子は男を見る。
男は高い身長をいかし、威圧するように獅子を見下ろす。
「いや、そういうわけではない。だが、隠しているとしたら得策ではないぞ。倒れていた連中が、力試しのためか何かで、いきなり襲われたと言うのでな。黒い髪、黒い瞳のシエン人に。」


 ギロリと男の目は迫力を増して獅子をねめつける。
犯人を見つけたと言わんばかりに。
「……。」
ゆっくりと、獅子は室内にいる拓を振り返った。
来てすぐの戦闘の気配、一昨日の夜中、昨日の深夜、計3回、獅子の中には、拓の不明な行動記録がある。
「俺は知らねぇよ。ずっと一緒にいただろ。利香に何かできるわけもないし。人違いだ。」
当然のように言って、拓は、利香と白を部屋の奥へと追いやり、扉の側に歩み寄る。


「間違いない、そいつらだ。『黒獅子』が俺らを襲ったんだ。」
後方に隠れていたらしい男たちが、ここぞとばかりに押し寄せ、獅子と拓を指差した。
「おいっ、俺は知らないって言ってるだろ!」
少し苛立ったように獅子は怒鳴り返す。勝手な言い分で犯人にされてはかなわない。
それも、こんな腕試しにもならないような連中相手に、辻斬り疑惑だ。
こんな連中では、光の剣の力が試せるなど、獅子にはとても思えなかった。


「悪いが、少し本部まで来て話を聞かせてもらえないだろうか。もちろん、犯人でないとわかればすぐに帰す。協力しないと言うのであれば、少々手荒なことになるが、それはこちらも気がすすまない。」
とても、気がすすまないとは思えない態度で、背の高い警備兵が剣の柄に手を乗せる。
明らかに、実力行使を望んでいた。
その後ろに立つ警備兵は5人だが、さらに後ろにいる盗賊のような出で立ちの男は10人以上だった。
ぞろぞろと立つ男たちのせいで、廊下はひどく狭そうだった。


「面倒だな。知らないって言ってんだろ。こんな朝早くから来やがって。」
気だるそうに言いながらも、拓の体はすでに、戦いのために構えていた。
「いいのかよ、こいつらと戦って。警備兵なんだろ?」
困ったように獅子は剣を抜く。光の剣がそのまばゆい刃を見せた。


「おおっ。本当に、光の剣か。では、お前が『黒獅子』なんだな。」
背の高い警備兵は、頷くように獅子の剣に目を留めた。
「ああ。そうだよ。」
答えながらも、突然の男の態度の変貌に、獅子は納得できず、眉をしかめる。


「こいつらが言うには『黒獅子』の偽者が、町中を荒らし回っているということなんだ。本物ならば関係ないだろう。」
戦う気を治めて男は後ろにいた警備兵たちに帰る旨を促す。
どうやら、この男が一番えらい立場のようだった。


「待てっ、こいつらが俺達をひどい目に合わせたのは事実だ。本物の黒獅子だったから、何も咎めないって言うのか? それで町の警備隊か! よそ者の好きにさせる気かよっ。」
言いながら、背後にいた10人以上の男たちがそれぞれに武器を構えていた。
「使えねぇなぁ! それ位の役にたてよ。」
盗賊風の男の一人が言って、いきなり、警備兵の一人に襲い掛かった。
警備兵はひらりと避けたが、交わした先に別の一人が立ち回り、その警備兵の頭を強打した。


 次々に動き出した盗賊に、警備兵たちは抗戦する。
人数的には盗賊側に倍以上の人数がいたが、実力は警備兵の方が上のようだった。
狭い場所で起こった荒れた模様の乱戦は、すぐに収まると思われた。
拓と、獅子が当たり前の様に、紛れて参戦している。


 しかし――。
キャーァッ!!!
女性の、絹を裂くような悲鳴が響き渡る。
盗賊達の目的は戦闘で警備兵を倒すことではなかった。
それは起こすしかなかっただけで、やりたかったことではない。
彼らがやりたかったことは、自分たちに屈辱を与えた者たちへの復讐と、この宿の評判を落とすことにあった。


「くそっ、その人を放せ。」
歯を噛み締め、獅子は踏み込もうとするが、盗賊の刃はすでに女性の首に食い込んでいた。
腰に提げた手入れのされていない湾曲刀とは違い、研ぎ澄まされた手中に収まる小型ナイフの鋭い刃。
女性の首に、血が玉となって浮き上がり、筋となって流れ出る。
動けば切り裂くと、その男の手の中で愉快げに鋭いナイフが待ち構えている。


「なんか女の人の悲鳴が聞こえたけど、拓ちゃん何やってんの?」
濡れた髪を、頭に被せたタオルで拭きながら、金髪の少年からはのんきなセリフが放たれる。
ズボンは穿いているが、足は裸足、上半身は裸で、両手を空けるために腰にシャツを巻きつけている。
下を向く少年には、室内の様子がよく見えていないのだろうと、思われた。
「な・ん・で、俺になるんだよっ。」
憎々しげに頬を歪めて拓が答える。


 少年の左腕では、銀色の腕輪が冴え、飾られた白い石は光って見えるほどに、輝いていた。
来客者の誰も、少年が出てくる時に扉の音がしなかったことに、気付いていなかった。
朝月あさづき……さん?」
歩く儀礼の姿に目を留め、白は思わず呟いた。
一歩二歩と進む儀礼の体に重なる、背の高い、白い美しい精霊の影。
透けるように淡く、幻のごとく清澄せいちょうで、厳かに付き従い、静かに揺れ動く。
その姿は見えないはずなのに、それでも時が止まっているように感じているのは、白だけではなかったようだ。
騒がしかった廊下も、部屋の中も、しんと静まり返っていた。


 その静けさにさえ、誰も気付いていないようだった。
全員の目が呆然と、儀礼の纏う白く強大な気配を追っていた。
 そこにいるのは、大きなタオルを被った、半裸の少年なのだが。
気付いてみると、白はなんだかちょっと間の抜けた気分だった。
白の声に、タオルの下から、ちらりと儀礼が視線を向けた。
「あ、本当だ。朝月。」
その後方の窓に目を留めて、にっこりと、儀礼は微笑んだ。
窓の外、青空に浮かぶ、美しい白い月。
そして、儀礼の左手の腕輪が輝きを増す。歓喜したように輝く白い光に――。


「そっか。白、お手柄。」
にやりと、儀礼の口は笑った。
そして、止まっていたかのような時が動き出す。

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