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ギレイの旅

千夜ニイ

守護する精霊

「今はもう、僕に構わないでっ!」
叫ぶような儀礼の声が宿の廊下に響いた。
先程ちょっと出てくる、と儀礼が部屋を出てから数時間が経過していた。
用事を終えて、戻ってきたのだろう。
「あの、でもこれ、お店の方からなので、一応、置いておきますね。」
困ったような女性の声が廊下から聞こえてくる。
「いらないって言ってるのに!」
叫んで、怒っているように聞こえる言葉だが、儀礼の声は泣いているようにしか聞こえない。


 部屋へと入ってきた儀礼の目は泣きはらしたように真っ赤だった。
この数時間で一体何があったのかと疑うものだ。
「今の、ヤンの声だよな。どうした?」
扉の外を見て、誰もいないことを確認し、獅子が儀礼に問いかける。
「なんでもないよ。僕のことなんかほっといてよ。」
そう言って、儀礼は利香のベッドへと飛び込んだ。
利香の寝ていたベッドではあるが、その前は儀礼に割り当てられていたベッドである。


 あまりに傷ついた様子の儀礼に、獅子と利香は顔を見合わせ、しばらく放っておくことに決めた。
誰だって、一人になりたい時はある。
獅子と利香は儀礼を一人にするために、先に部屋を出て行く。
拓も、白を促し部屋を出ようとしていた。
しかし、そこで白は扉の前に置かれていた紙袋に気づき、それを儀礼のもとへと運んでいく。
「あの、ギレイ君。これ、荷物みたいだけど、いいの? 外に置いてあったの。」
ドアの外にあった紙袋を持ち、戸惑うように、白は儀礼に問いかける。


 儀礼は顔だけを白に向けた。その目にはまた涙が滲んでいる。
「僕の目の届かない所に処分してっ」
震える声で儀礼は白に言った。
怒鳴ったというよりは、頼んだというような情けない声だった。


「処分ってこれ、何?」
重くはない紙袋の中味を白は首をかしげて覗き込む。
そしてすぐに、くしゃっと白は紙袋の蓋を閉めた。
「あのっ、あのっ、ギレイ君、これ、なんで……。」
どうしようと、言うように白は儀礼にもう一度指示を扇ぐ。
その顔はなぜか全面赤く染まっている。


「知らないっ! お店の人が押し付けてきたんだ。僕はいらないから、見たくもないから、白、どっかにやっちゃって。」


 そう言って、儀礼は枕に顔をうずめてしまった。
泣いているのか、眠ろうとしているのか、判断は付かないが、外と自分を切り離したいと思っているのは白にも分かった。
今は、そっとしてあげたほうがいい。
白は静かに儀礼の側を離れる。


そして、手に持った紙袋に悩む。
中味はおそらくというか、確実に女性物の下着。
ほとんどが上下セットで、サイズはいろいろと混ざっていそうだったが、調整が効くようなタイプの物ばかり。
白はまたそっとその袋の口を開けて中を覗く。
女装用胸パット、男装用コルセットなどと書かれているタグが目に付いた。
(何でこんなものまで……。)
普通の衣料品店では見たこともない物。
全てに値札がついているのを見れば、新しい物だということは分かる。
それがなぜ、儀礼の元に届いたのか、白には謎だった。
本人は泣くほどに嫌がっている。


(目の届かない所に処分。)
そう、思って白は自分用に与えられたバッグを見る。
男の子の振りをしている白が手に入れにくい物。そして、どうしても必要になる物。
買ってもらうわけにもいかず、自分で買おうにも白は現在お金を持っていなかった。
それが、目の前にある。
捨てるのならば、もらってもいいだろうか、と白は考える。
儀礼の目に付かないよう、自分用のバッグの奥に、白はその紙袋を押し込んだ。
そして、儀礼を気遣うように、そっと部屋を出て行く。


 しんとした部屋の中、枕に顔を沈めたまま、くすりと儀礼が笑った気がした。


 その様子を、白の守護精霊シャーロットは見ていた。
それは儀礼が『白が少女であることを知っている』と言ったようであり、それを『知らない振りで通す』と決めたようでもあった。
精霊シャーロットは何度となく似たような状況で、白を逃がしてきた。
保護する振りをして危害を加えようとする者、優しい振りをして売り払おうとする者。
敵だけでなく、多くの者が今まで、白の身を危険に晒してきた。
守護精霊であるシャーロットは、そういう危険な者からも白を守ってきた。
守るために、主に害を与える者には容赦なく攻撃を加える。それが主を守る精霊の役割。
人には見えない青い体で、精霊シャーロットは、ギレイ・マドイという少年を見定めようとしていた。


 まさか白の行動に、儀礼が『うわ、可愛い。』などと思いながら、巣穴にどんぐりを溜め込むリスを想像していたなどとは、永きを生きる精霊シャーロットにも考え及ばないことだろう。






 白が部屋を出れば、扉の外には拓が待機していた。その顔は優しく微笑んでいる。
「遊戯室ってのがあるらしいんだ。利香達は多分そこに行ってると思う。一緒に行かないか?」
「うん。行ってみる。」
白が微笑みを返せば、するりと二人の間に利香のヘリ型護衛機、エイが割り込む。
《お前、こいつをいじめるなよ。》
護衛機の上、拓を見て、にやりと不敵に笑う小さな精霊、英。
全身を黒に近い焦げ茶の服で覆われた、大地の精霊の面立ちは、やんちゃそうな表情を含め、どことなく獅子に似ていた。


 三頭身程しかない小さな英だが、護衛機の上に風をあびて立つ姿はなかなかに勇ましい。
英の背中に精霊の翼はないが、代わりのように長い帯が風にはためいている。
見た目こそ、幼い子供の姿だが、その性格の方はもう少し大人びているように感じる。
「英君、私は大丈夫だよ。」
白が英に笑いかければ、英は余裕の笑みを返す。


《儀礼に、頼まれてるからな。》
ひらりと、英は護衛機から白の肩に降り立った。
その行動に白は驚く。英は護衛機に付く精霊だと思っていたが、移動は案外自由にできるらしい。
そんな白の表情に気付いたのか、英は笑いながら答える。


《俺の本体で近付いたら、お前を傷付けちまうだろ。離れてもちゃんと動かせるから、安心しろ。》
手の平をかざし、護衛機を上下に動かしてみせる英。
その顔は優しく微笑んでいる。やはり、見た目通りの3歳程には見えない。
精霊は長生きだと聞く。そして、その見た目は魔力の強さに影響される、と。
だとすれば英は、長く生きてはいるが、魔力の少ない精霊なのかもしれない、と白は思う。
少ないと言っても、本当に魔力の低い精霊は姿を保つことすら難しいらしいので、姿を持っている時点で小さくとも、高位の精霊ということになる。


《あの子、寝ちゃったわ。》
空中に、人には見えない小さな青い陣を作り出して、白の守護精霊が姿を現した。
あの子、とは儀礼のことだろう。


 精霊シャーロットは儀礼の不審な行動を眺め、それでも儀礼が敵ではないという判断を下してきた。
いや。
判断すると言いつつ、本当はただ、傷ついた様子のその少年を一人にできなかっただけかもしれない、とシャーロットは悩む。
守るべき主がいながら、その少年を一人にできないと、そう感じてしまった自分に驚いていた。
しかし、別の精霊の気配を感じて、シャーロットは安心して白の元に戻れた。
つまりそれは、1対1を望む『守護契約の主』に対する思いとは別のものと言うことだった。


 出会いの時。
弱り果てた主を抱えたシャーロットは、すれ違う一瞬にその少年から、主である白と『同種の魔力』を感じた。
シャーロットと同じ、誇り高き『水の守護精霊』の主たる気配。
同じ精霊の王の系統に生まれた者は、助け合うのが定め。
それだけでシャーロットが、味方だと、全存在をかけて信頼してしまった少年。


 けれど実際は違った。
シャーロットは儀礼の守護精霊を見ていない。
儀礼の周りにいるのは複数の自由な精霊で、精霊魔法の契約すら交わしていなかった。
そして、1対1の守護の契約を交わしているシャーロットでさえ、惹かれるような、守りたいと思わされる何かが、その少年にはあった。


《難儀な子ね。》
青い精霊、シャーロットは言葉とは裏腹に、微笑むように優しく言った。
《儀礼のことか? ちょっと、頭が回り過ぎるんだ。360度くらい。》
白の肩の上で、苦笑するように英が答えた。
「それ、もどってるよ。」
くすりと白は笑う。


《そうか。でも、そんなに間違ってないぞ。あいつの場合、一回り大きくなって戻ってんだ。》
小さな指の先で空中にくるりと、の の字を書いて、英は自慢げに笑った。
《俺だって、ずっとあいつのこと見てたけど、今までは力が弱くて。姿を持てたのはやっと最近だ。それも、儀礼の助けがあってだけどな。でも、これでやっと俺はあいつの力になれる。》
嬉しそうに、英が微笑む。それは、その幼い姿によく似合った無邪気な笑顔。
思わず、白もつられて微笑む。


「やっぱ精霊か?」
隣りを黙って歩いていた拓が、そんな白を見て、微笑むように聞いた。
「あ、ごめんなさい。話しこんじゃって。」
慌てて白は謝る。
つい、彼女たちの姿が他の人には見えないことを忘れ、白は話しこんでしまう。
精霊たちの話も姿も、白にはいつも魅力的だった。


「いいさ。でも、気が向いたら俺にも話してくれないか? 精霊のことでも、白のことでも。白に見える世界を、俺も知りたい。」
渇望するように、拓は白の瞳を見つめる。
その二人の間に、また護衛機が割り込む。


「ちっ、やっぱり儀礼の奴、俺に恨みでもあるんだろ。どっかで見て操ってんじゃないのか?」
きょろきょろと拓は周囲を見回す。
「ギレイ君、寝ちゃったって。」
白が答えれば、一瞬拓は驚いたように白を見たが、すぐににやりと笑う。
「いたずらしてやるか?」
「え、やめようよ。だめ。」
白が本気で止めれば、冗談だ、と拓は楽しそうに笑う。


 まさか白の言葉が、拓ではなく、その後ろで銃を構える護衛機エイに向けたものだとは、拓は思ってもいないだろう。

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