ギレイの旅

千夜ニイ

ワルツのお礼

「よーし、待たせたな。次が最後の予定だ。」
会計を済ませて戻ってきたワルツに、儀礼は紙袋を一つ渡される。
ヤンの持っていた袋はバクラムが受け取った。
「こんなにたくさん買ってるのに、どうしてまだその鎧なの?」
買い物を始めた時のままの姿の二人を見て、儀礼は苦笑する。
せっかくなのだから、買った服に着替えればいいのに、と儀礼は思う。
「寒いだろ。あたしの防寒はこの鎧なんだよ。」
当たり前の様に、ワルツは言った。


 むき出しの腕、風に晒される長い脚、胸当ては下着のラインをギリギリで隠し、その上を大きく開けている。
腰を覆う鎧パーツの下には短パンを穿いているらしいが、それを見ることはまずなく、ミニスカート丈の鎧からは、しなやかな筋肉のついた太ももが覗いている。
見ている方が寒いのに、と儀礼は不満げに口を尖らせる。
真冬に、それで目の前を歩かれてみろ、と……目の保養ではある、と儀礼は思い直す。
巨大なハンマーを軽々と扱うワルツの全身の筋肉は、驚くほどにしなやかで、歩くたびに動くそのキメ細やかな肌からは、その下にある羨ましい程にバランスの取れた骨格が伺える。
思わず、標本にして取っておきたいほどの美しさだ。


「お前今、アーデスみたいなこと考えなかったか?」
寒そうに腕を擦りながら、ワルツが儀礼を振り返った。
寒くないと言ったその格好で。
「しないよ?」
にっこりと儀礼は微笑みで返す。
ゆっくりと儀礼は深呼吸で息を整えた。大丈夫。まだ、黒いもやは現れていない。


 ワルツとヤンが最後に訪れた店。
バクラムはその店には入らず、広い道を挟んで、外に置かれたベンチで荷物の番をしている。
退屈そうに脚を組み、ひじかけに肘を置き、頬杖をついて遠くの景色でも眺めているようだった。
そんなバクラムを、儀礼は店の中から小さな窓ガラス越しに、羨ましげに見ている。
「何で僕、中なんですか。」
泣きたい思いで儀礼は聞く。
「見張りが必要いるだろ。」
当たり前の様に、試着室の中からワルツが答える。
「だって、ヤンさんとワルツと二人いるのに。」
儀礼の声は鼻にかかるような、湿っぽいものになってきた。


「お前、ヤンを一人で置いておけるか?」
試着室の中から聞こえたワルツの声に、
「わ、私は大丈夫ですけど。」
隣りの試着室に入っているヤンが答えた。
「……一人にはできないけど。それだってさ、もっと人選あるでしょ!?」
儀礼の目にはついに涙が浮いてきた。
涙で滲んだ儀礼の目の前には、乳白色のボディに彩り鮮やかな女性用下着ランジェリーを付けたマネキンの数々。
色とりどりの、美しい布が並ぶ光景に、人形と分かっていてすら、儀礼は目のやり場に困る。


「男だったら喜べ。」
堂々と試着室のカーテンを開き、下着姿でワルツが言った。
「喜べないから言ってんだよ。なんなんだよこの格好っ……!」
慌ててくるりとワルツに背を向けて、怒ったように言う儀礼の声は、残念ながらすでに完全な涙声となっていた。
儀礼が着ているのは、買ったばかりのヤンの服。サイズがピッタリだった。
近付いてきた店員に向け、サイズがどうとかワルツが言うので、儀礼は耳をふさいで聞かないことにする。
パタパタと店員が店の奥へと走っていった。


「さすがに男が入ってきたら、他の客が引くだろ。営業妨害だ。」
当たり前のことを、当たり前の様に言うワルツ。
「だから僕、入れないんです、この店。見つかったら叩き出されます。下手すれば通報ですっ!」
震える声で、儀礼は問題を提起する。
その、涙に濡れる大きな瞳、噛み締められ赤く湿った小さな唇、熱っぽく羞恥しゅうちに染まる赤い顔。


「大丈夫だ、絶対ばれない。」
にやりと笑い、ワルツは儀礼の背後に立ち、後ろから少女にしか見えないその顔に触れる。
もちろん、下着姿で。
(何やってんだこの人はっ!!)
絶対に、儀礼のことを男だと思っていない、と儀礼は歯がゆい思いで奥歯を噛み締める。


「あの、どうでしょうか?」
カーテンの開く細く高い音に、思わず儀礼は首を動かしてしまった。
視線が合い、恥ずかしそうにヤンが瞳を伏せた。
「っっ、見せちゃダメだからっ!!」
再びくるりと背を向けて、真っ赤な顔で儀礼は訴える。一体これは何の罰ゲームなのか、と。


 店員が眉を動かし、首を傾げるようにして儀礼を見た。
今のヤンの言葉は、女性の店員に向けられたものだったのだ。
それに思い至り、儀礼は恥ずかしさの余り、顔を押さえてうずくまる。
「もう、帰してくださいっ!」
ぽろぽろと涙が零れ落ちていく。今の儀礼には、それを止める手段が分からない。


「どうしました? 大丈夫ですか?」
店員が、心配そうに儀礼の顔を覗き込む。
「構わないで下さい。だめな人間なんですっ。」
思考が混乱をきたし、儀礼はすでに自分が何を言っているのかも理解できなくなってきた。
早々に、ここを離脱しなければと思う。
がばりと上げた儀礼の顔を見て、店員が一瞬、動きを止める。


 ばれた、と儀礼は思った。
これで、儀礼は女性専用店への侵入という犯罪歴を持つことになる、と。
しかし、その店員はたちまち顔を真っ赤に染め上げた。
「あ、あの、あの。店のイメージモデルになっていただけませんか? 今度店で出すオリジナルの商品イメージにピッタリなんです!! 女性らしい中に少女があって、それでいて天使のような中性的な美しさを表すって言うもうあなたにぴったりのイメージで!!」
悲鳴に近い、叫ぶような声でその店員は言った。
儀礼の手を掴んで。


「やりませんっ!!」
声の限りに儀礼は叫んだ。
「そんなこと言わずに、どうか考えてください。今からあなたを元にデザインを組み直してもいいです! あなたが必要なんです、そのイメージ、その顔、その体!」
「胸なんてありませんっ!」
すでに話が、儀礼の理解の及ばないことになってきている。
その場から逃げ出したい一心で、儀礼は可能な限りの否定を叫ぶ。
「サイズはどうにでもなります! 補正用の下着も、体型カバーも御手の物です! お任せくださいっ!」
その店員の後ろには、複数の店員が並び、バケツリレーの様にして何かの品物が儀礼の前に並べられていく。


「僕は男ですっ!!」
立ち上がり、ついに、儀礼は自分から違反行為を晒した。
目を見開く店員たち。
ワルツとヤンには悪いが、儀礼はここで店を退出することにする。
通報されて連れて行かれるなら、店の中からより、せめて外に出ていたい、と儀礼は扉へと向かう。
その前に、儀礼は複数の店員に両手や服を掴まれ確保された。
年貢の納め時と、儀礼は溜息とともに明るい人生を諦める。


「だ、大丈夫ですっ!!」
「絶対、誰にも分かりません! 私たちの目に分からなかったなんてありえないですもの。」
「是非こちらの商品をお召しになってみてくださいっ!」
「私たちは貴方の味方ですわっ!」
「任せてください、私たちはプロですっ!!」
なぜか儀礼は、店員たちに肯定されている。何か、深い勘違いをされて。

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