ギレイの旅

千夜ニイ

買い物

 ワルツの後ろには、建物の壁に寄りかかるようにしてバクラムがしゃがんでいた。
大きな体には、たくさんの布が巻かれている。包帯ではない。
シーツの様に大きな布を、何枚も重ねて体に巻いたような格好をしている。
「珍しいか? 俺の国の服だ。グラハラアは暑く、日差しの強い国でな。肌を焼かない為には、こういう風通しがあって、全身を覆うような服が丁度いいんだ。」
じっと見てしまっていた儀礼に、立ち上がって、バクラムはその服を見せてくれた。
「今は、寒さに負けて重ね着し過ぎてるんだがな。」
ガハハ、とバクラムは豪快に笑う。


 そして、儀礼の後方に光が溢れ、ヤンが姿を現した。
「お待たせしました。」
三人を見回し、照れたようにヤンが微笑む。
「今来たところです。」
ヤンを振り返り、常套句という言葉を儀礼は使ってみる。
「お前は送られてきたんだろう。」
ガハハハ、とまたバクラムが可笑しそうに笑った。


「ギレイ、お前、あたしに普通の服着て行けって言ったよな。その、妹のとこにさ。」
言い難い事ででもあるかのように、ワルツは目線を逸らして、頭をかいている。
「はい。言いましたね。」
極北のアーデスの研究所で、儀礼の白衣を作り直した時のことだ。
「その、暮れと新年には顔を出そうと思ってな。そのための服を買いたいんだ。お前が言い出したんだから、付き合え。」
ワルツの言葉は命令口調ではあったが、その声は優しく、顔は気恥ずかしさにか、赤くなっていた。


 長年、溝のようなものができてしまっていたらしいワルツと妹。
普通の格好で妹に会いに行くのは、そんなに気恥ずかしいものだろうか、と赤い色合いを増やしていくワルツの顔を儀礼は微笑ましく眺める。
「喜んでお供しましょう。」
くすくすと笑い、儀礼はワルツとヤンの手を取る。
「で、どこに行くとかは決まってるんですか? 僕、正直服とかはあんまり興味なくて、詳しく知りませんよ?」
「このあたりはどの店も店員の質がいいらしい。分からなければ、聞けばいいだろ。」
軽い調子でワルツが答える。
「お前はいつも白衣だからなぁ。」
後ろからついてくるバクラムが、苦笑するように儀礼に言う。


「下はちゃんと着替えてますよ。これは僕にとってはコートとか、鎧みたいな物です。」
白衣を示し、儀礼は説明する。
「なんだよ。それじゃ、あたしと変わらないじゃないか。お前もそんな格好で挨拶に回るのか?」
調子を取り戻したように、ワルツがにやにやと笑って儀礼を見る。
「白衣は研究者に取っての正装です。」
明らかに、間違った常識を儀礼は主張する。
「なら、鎧は冒険者の正装だろ。あたしは間違ってないってことじゃないか。」
ケラケラと楽しそうにワルツは笑う。


 ――それから、数時間後。
「あの、甘く見てました。」
隣りでおとなしく立って待っているバクラムを見上げて、儀礼は助けを求めるように声をかける。
「だろうな。お前があんまり簡単に請け負うから、慣れているのかと思ったら、知らなかっただけか。」
くっく、とバクラムはかみ殺したような笑いをする。
儀礼は今、4つの紙袋を抱えている。それも、大きくてギュウギュウ詰めの物を。
バクラムは、さらに4つ、儀礼よりも多く持っている。
その荷物のいくつかは、ワルツとヤンから子供たちへの贈り物みやげらしい。
「女の買い物に男が付き合うといったら、荷物持ちだ。」
はっはっは、とバクラムは元気そうに笑う。


「よく、平気ですよね。なんか、尊敬します。」
たくさんの荷物を持ち、静かに構えるバクラムに、儀礼は不思議な安心感を覚えた。
儀礼だって、荷物を持つだけならいい、待っているだけでも別にいい。
暇な時間なら、穴兎に呼びかけたり、本を買ってきて読んでもいいのだ。
けれど、そうではない時間。
基本的には待ち時間で、しかし、服を選ぶ女性陣の呼びかけにはすぐに応えなくてはならず、離れた所で待とうとすると、どこに行くんだと咎められる。
これは一体、何なのだろうか。
儀礼には理解不能な女性の買い物という行事に、ひどい疲労感が襲ってくる。
そして一番の問題は、フードを目深く被り顔を隠していないと、店員が瞳を輝かせて巻尺や、ひらひらとした布を持って近付いてくるというころにある。


「俺は慣れたと言うべきか。娘たちの買い物も長いんだが、上の娘なんかはだいぶ成長してきてな。目を離すと知らない男が話し掛けていたりする。目の届く範囲に居なければ何が起こるか。」
眉間にしわを寄せてバクラムは言う。
父親は何かと大変らしい。
「物騒な世の中ですもんね。お嬢さんは武の道には出さないんですか?」
バクラムには子供が多いと聞いている。
「みな一応訓練はさせているがな。娘たちはまだ護身程度だな。」
「そうなんですか。バクラムさんのお子さんて、何歳ですか?」
落ち掛けた荷物を持ち直し、儀礼はまた問いかける。
「一番上は16だ。その下が15。上二人は男でな、この間冒険者ランクがAになった。」
穏やかな笑みでバクラムが言う。その目に浮かぶ輝きが、自慢の息子なのだと語っている。
「僕と、同じ位じゃないですか。バクラムさん、そんな年に見えないのに。びっくりだ。」
儀礼は、荷物を持ち続けるのを諦めて、床に置いた。
「そうだな。その下は娘で14、12、10。その後は男が4人続いて、9歳、7歳、6歳、4歳だ。」
バクラムは子供の年齢紹介を続けた。
「え? っと、本当にたくさんいるんですね。」


 たくさんいるとは聞いていた。しかし、それほど多いとは思っておらず、儀礼は驚きに瞬く。
「ああ。その下に娘が3人で、2歳、1歳、と生まれたばかりのが2ヶ月だ。」
儀礼は無言でバクラムの言った子供の数を数える。
「……、12人。お子さんいるんですか。すごいですね。育てるの、大変ですよね。」
獅子倉の道場のようだ、と儀礼は思った。獅子の家にいるのは、重気の拾ってきた孤児ばかりだが。
「いつの間にかなぁ。しかし、子供ってぇのはかわいいもんだ。」
大きな体のごつい男が、暖かい太陽の様に笑む。大切な者を慈しむ気持ちがにじみ出ているようだった。
「いいですね。」
きっと、バクラムの家の子供は幸せだろう、と儀礼はつられて微笑んだ。

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