ギレイの旅

千夜ニイ

ヤンの迎え

 翌朝、儀礼が宿に戻ると、昨日出かけた時とは違う人たちが宿の前に転がっていた。
触ってみれば体温がだいぶ低下している。
雪までは降っていないが、この寒空に、2、3時間放置されていたらしい。
獅子ならば、ちゃんと管理局か警備兵に通報するだろう。
だとすれば、これをやったのは拓と言うことになる。
「相変わらずの暴君だな。」
苦笑しながら宿に入り、儀礼は受付の者に、外に不審者が倒れていることを伝える。
「えっ、またですか?」
と驚いていた、お姉さんの顔は可愛かった。
昨日の不審者はこのお姉さんが通報してくれたらしい。


 まだ早い時間だが、確実に獅子は起きているだろうと、儀礼は扉をノックする。
「留守だ。」
なぜ、気の合わない奴が、気の合う返事を返してくるのだろうか。
拓の声に、儀礼は苦笑する。
「開けないなら、破るけどいい?」
儀礼が笑うように言えば、慌てたような軽い足音が響く。
獅子でも、拓でもない。


 ガチャリ、と開いた扉の向こうには、儀礼よりも低い目線。深い青色の瞳。
元気そうな白の姿があった。
「ただいま。」
にっこりと儀礼が笑えば、嬉しそうに白が微笑み返す。
獅子と利香もすでに起きていた。
朝食の時間だったらしく、テーブルの上にパンやサラダが並んでいる。
「おかえり、でいいのかな。ギレイ君、お仕事終わったの?」
暖かい部屋の中に入れば、白が湯気の立つお茶を儀礼に運んでくれた。


「ありがとう、白! あったかい。仕事か。うん、終わった。全部無事完了。」
にやりと、儀礼は、拓に終了を告げる。
なぜ、そこで彼は忌々しげに舌打ちをするのだろうか。暴君の考えは分からないと、儀礼は首を傾げる。


「昨日より、元気そうでよかった。」
儀礼の顔を見て、朗らかに白が笑う。
「僕は元気だったよ、寝不足なくらいで。親切な人がベッド譲ってくれてさ。椅子で寝てたのに、朝起きたらベッドにいてびっくりしたよ。普段なら動かされたら気付くのに、あの人気配ないからかな。いや、どっか殴られて気絶させられたか? 前例あるから、否定できないな。」
首をかしげるように言って、儀礼は自分の体を確認するが、殴られたように痛む部位はない。
単純に徹夜と、気を張っていたせいで思ったよりも疲れてたのだろう、と儀礼は考える。
それが、白い精霊の腕輪に魔力を使い過ぎたための眠りだとは、儀礼は微塵も気付いていない。


 儀礼が起きた時には、研究室にヒガの姿はなかった。
発信機を起動させ、場所を確認してみれば、マップの青い光は町の中を動いていた。
昨日の遅れを取り戻す為に、ヒガは早めに仕事に出たようだった。
真面目なものだ、と儀礼は人外の速さで動き回る、青い点滅を見て笑った。
薄茶色の点滅も、いつの間にかその町の中に存在していた。


「また縛られるとやだから早めに帰って来た。」


儀礼の帰りを望まないらしい人物に、早朝帰宅の理由を報告した。


「お前は、何をやってきた。」


呆れたように拓が額を押さえる。


ユートラスの動きを封じる為に何をやってきたのか、儀礼は自分の行動を思い返す。


「金髪のお姉さん釣ってきた。」


「……お前は一度、自分のセリフと行動をかえりみろ!!」


なぜか儀礼は拓に拳骨ゲンコツと共に怒鳴られる。
世の中、正直に生きるのは難しい、と儀礼は深い溜息を吐く。


「大丈夫?」
心配そうに白が、頭を抑え涙する儀礼を見上げていた。
「大丈夫。」
儀礼は笑ってその頭を撫でた。儀礼によく似た金髪の子供。
「何か僕、本当にお兄さんになったみたい。」
くすくすと嬉しそうに儀礼が笑えば、一瞬、戸惑ったように白が室内を見回す。
なぜか、利香と獅子までもが挙動不審になっている。
「あ、あのっ、おめでとう。」
「ん? 僕、何かした?」
白の言う言葉の意味が分からず、儀礼は瞬く。ユートラスとの一件は話していないはずだ、と。


 拓が、背後から抱えるようにして、白の口をふさいだ。
「お疲れって言いたかったんだろ。ドルエドの言葉は似てるものが多いからな。」
拓がにやりと笑って、白の言葉をフォローした。
「白、まだ先だから。」とか何とか、利香が小声で白に説明している。
利香の言うそんな説明で、「お疲れ様」がわかるのだろうか、と儀礼は新米教師に苦笑する。


 その時、儀礼の腕輪が白く光った。
白く光り続ける。
「ごめん、僕またちょっと出てくる。」
ヤンかアーデスというその先触れに、儀礼は慌てて部屋を飛び出す。
ユートラスの件だとしたら、儀礼は今、白の前でその話はしたくなかった。
また、怯えさせてしまうことになるかもしれない。


 廊下に出た儀礼の前に、白い陣が浮き出た。
現れたのは、魔法使いのヤンだった。
「あの、ギレイさん。突然ですみません。なぜだかネットが不調でして、ギレイさんに出すメッセージがエラーになってしまって。今、修理に出したのですが、明日までかかると言われました。」
いきなり、目に涙を浮かべてヤンは述べた。
自分が悪いというように、ヤンは悲しそうに儀礼に頭を下げる。
「あ、えっと。すみません。ネットの不調は、僕のせいなので、ヤンさんは悪くないです。ごめんなさい。」
「そうなんですか? よかったです。私、また、何か連れてきちゃったのかと思って。安心しました。」
にっこりと、本当に嬉しそうにヤンは笑った。
明るい黄緑色の瞳が、涙に濡れて眩しいほどに輝いて見える。
その瞳に見惚れながら、儀礼の思考はようやく前述の言葉を捉える。
『――また、何か連れてきちゃったのかと――』。
今回の件には関係ない。一つ頷き、儀礼は、聞かなかったことにした。


「それでですね、ワルツさんが、ぜひ、ギレイさんにお礼をしたいとおっしゃっていて、時間が今日なら取れると言うので、ギレイさんどうでしょうか?」
ヤンが控えめに首を傾げる。
「本当は何日か前に、日にちの確認を送ったのですが、今日になってエラーが返ってきましてっ。」
再び目に涙を浮かべてヤンが声を詰まらせる。
エラーは通常、送った直後に返って来る。
「さすがヤンさん。」
にっこりと儀礼は微笑む。
もしかしたら、ヤンにもやはり、何かついているのかもしれない。
しかし、儀礼はそれを黙っておくことにした。触らぬ神に祟りなし、というではないか。


「お礼なんていいのに。って、前に言ったよね。世話になったの僕だし、返しきれてないくらいだよ。そうだ、ヤンさんもこの間、獅子を治してくれてありがとう。」
儀礼が言えば、ヤンは微笑む。
「お役に立てて光栄です。あの、ワルツさんは買い物に行きたいとおっしゃってて、だから、一緒に行きませんか?」
杖とともに小首を傾げるヤンの姿からは、親しみが溢れ、戸惑いや遠慮は感じられなかった。
お礼と言うのはあくまで名分で、二人は単に、儀礼を買い物に誘ってくれているらしい。
「うん。行きます。」
儀礼がそう答えれば、足元に白い陣が輝き出す。
「え?」
いってきますの挨拶も、出かける準備をする間もなく、儀礼はその宿の廊下から白い光の中へと飛ばされた。


 儀礼が目を開ければ、そこは2階建て、3階建てという大きな店の並ぶ町だった。
すぐ側にはワルツの姿。
いつも通りの、見ているだけで寒さを感じる、鎧だけにしか見えない服装。
「来たな、ギレイ。」
細い腰に片手を当て、オレンジ色の瞳で儀礼を捉え、赤い唇を大きく曲げてワルツはにやりと笑う。
そこにはなぜか、悪意のようなものが感じられた。
「あの、おはようございます。お招きいただきありがとうございます。」
なにか、逆らってはいけないような気配を感じ、儀礼は丁寧に頭を下げた。
儀礼は、ワルツを怒らせるようなことをしただろうか。

「ギレイの旅」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く