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ギレイの旅

千夜ニイ

敵を捕らえる

「しゃべっている暇はない。来るぞ。」
ヒガの声に、儀礼は正面に女性を見据える。
「攻撃する暇なんて与えませんよ。」
真剣な顔で言えば、儀礼は起動させた仕掛けを操りだす。
周囲に罠のように張り巡らせたワイヤーに電気を流せば、激しい火花と音を伴い、次々に地面から電気の柱のようなものが飛び出す。
 バチバチバチッ!
焦げるような臭いと共に、熱せられた砂から白い煙が大量に上がった。
電気の柱は、引き寄せられるように一気に女性の体へと集まった。


「サイボーグには、電撃っ!」
元気のいい儀礼の声が、白い煙の中から響き渡る。
にやりとした儀礼のいたずら顔が煙の隙間からチラリと覗いた。
しかし、その電気の柱でダメージを与えはしたが、障壁を張って凌いだらしく女性を戦闘不能にするほどの効果はなかったようだった。
「残念。今ので無事なんだ。」
隙を突いたつもりの攻撃だったが、たいした効果を得られなかった。
どうやら、体内に金属は使われていないらしい。
「サイボーグなのに……。」


 女性は煙で儀礼を見失い、走り回る二人の男に惑わされ、攻撃目標を定められないでいる。
真剣な顔で、儀礼はその女性を見た。
白い腕輪を通せば、儀礼には煙の幕は視界を覆う障害にはならない。
女性は狙いを絞るのを諦め、全面攻撃へと切り替えたようだった。
次々と地面から、針地獄を思わせる棘のような枝が生え出る。


 それをヒガが一閃の元に根こそぎ切り落とした。
蒼刃剣から繰り出された広範囲に及ぶ、蒼い光の波。
蒼い闘気が、晴れた日の湖面の様にきらきらと光を放って、焼けた砂の上を涼しい風と共に走っていった。
その勢いで地面からは砂が飛び散り、儀礼の仕掛けたワイヤーがむき出しになって現れる。
儀礼の描いた見せかけだけの魔法陣よりも、さらに複雑な形を描く白い金属の線。


 煙と砂が晴れれば、少し蔑むような冷たい表情で、儀礼は口を開く。
「悪いけど僕、生きて帰す気はないから。逃げようなんて思わないでね。」
静かな、けれど意思のこもった声で儀礼は女性に言う。
「何を言っているの。私があなたを殺しに来たのよ。」
歪んだ笑みと共に女性からは、儀礼に向けての凶悪な殺気が送られる。
「それに、サイボーグ? 笑わせるわね。私は人間、どこも改造なんてされてないわ。ただ魔力を、より強力にしただけ。」
晴れた視界の中、赤い唇を歪ませ、女性の瞳が妖しく光る。


「うわっ、ホントに光った! かっこいいっ!」
ねっ、と儀礼は隣りに立ったクガイに同意を求める。
「お前は、戦闘中だと分かってるのか?」
不気味な魔力に眉をしかめていたクガイは、呆れたように、はしゃぐ儀礼を見る。
そのやり取りを隙と見たのか、女性が動き出す。
瞳を光らせたまま、腕を大きく広げた。巨大な攻撃魔法を起こす予備動作。
にやりと笑った女性の口が、何かの言葉を発せようとする。


 その前に、儀礼は機械の力で一気にワイヤーを引いた。
砂の上に複雑な形で敷かれていたワイヤーが女性の足を絡め取り、体中に巻き付きながら、急激に儀礼の元へと引き寄せる。
「っゃぁあっ!」
呪文ではなく、悲鳴のような声をあげ、女性はワイヤーに絡まり、儀礼の前へと転がり出された。
「魔法、発動してもいいけど、やったら、全部自分に返りますよ。このワイヤー特別製でして。魔力を通しやすいそうなんです。魔法としてでなく、魔力としてあなた自身を焼くことになるでしょうね。『強力にした魔力』、仇になりましたね。」
くすくすと儀礼は笑う。
女性は緩やかに下がる目元を、今は吊り上げるようにして儀礼を睨んでいた。
その視線を意に介さないように、儀礼は女性の服についていたバッジを外して、中を開く。
「よし、発信機も盗聴器も壊れてる。やっぱ機械には電撃だよね。」


「……どこから、どこまでが、お前の計画なんだ。」
呆然とした声で聞いたのは、敵ではない。
マイナスドライバーを片手に上機嫌の儀礼に、猜疑の目を向けるのは、隣りに立つクガイだった。
「そんなの――」
二度ほど瞬き、ドライバーをポケットにしまえば、にっこりと笑って儀礼は返す。
「行き当たりばったりです。」
それから、にやりと笑って儀礼は同じポケットから薬を取り出す。
シューッ、と勢いよく、霧状の薬を女性の顔へと振り掛ける。


「あ、口と鼻、押さえておいてください。」
やってから、儀礼は言った。
言われる前に、二人が儀礼をまねて、袖で口をふさいでいたから良かったものの、本当に、無計画いきあたりばったりな、一応上司となっている人物に、クガイとヒガは苦笑する。


「ちょっと期待したんだけどな、残念。」
口元を押さえたまま、明るい声で儀礼が言う。
「何をだ?」
「ほら、よく本の中だとこういう色気のある敵って、服がびりびりに破れたりするじゃないですか。電撃流したのに、焼けないって、ちょっと残念です。現実はうまくいきませんね。」
ふぅ、儀礼は溜息を吐く。
そのセリフのどこまでが本気なのかも、クガイたちには分からない。
本当に冗談なのか、本気でそれを仕掛けたのか、判断が付かなかった。


「……単純に、魔力強化した服だ。鎧の様に衝撃を吸収する程の防御力はないが、普通の服よりは強度があり、魔力に対する耐性は障壁並みに上がっている。」
ヒガが説明するように答えた。
「ふーん、魔力強化か。物理的な電撃と魔法の雷撃とか差があるのかな? さっきの電撃耐えたよね。どこまで耐えるのか、強度試してみたいけど、そういうのやったらきっと僕、村に入れてもらえなくなるんだろうなぁ。」
のどかな村を思い出し、儀礼は頭をかく。儀礼はそこに帰るつもりでいるのだ。


「それでヒガさん、それもユートラス情報?」
儀礼はヒガを見上げる。
「他の国でも研究は進んでいるが、そいつが着ているものは明らかにユートラスの先端技術だな。」
もう一度、ヒガが答えた。
「じゃぁ、生きて返せないんじゃなくて、生きて帰れないんだ。」
冷たい目で、考え込むように儀礼は横たわる女性を見る。
そんな技術を他国に渡してしまったこの兵士は、帰っても消されることになるだろう。


 儀礼は無遠慮に女性の胸元を開く。大きく覗く白い肌。
そして次に袖を二の腕まで一気にまくる。そこにも、透き通るようなみずみずしい肌。
「やっぱり。傷なんて、付いたことないよね。」
確信を持ったと言うように、悪意ある笑みが儀礼の顔に浮かぶ。
その女性は現在、砂の上を引きずり転がされたために、全身擦り傷だらけだが。
呆れたような目で、二人の男が儀礼を見る。


 その視線に気付いて、儀礼は首を傾げて二人を見返す。
「跡の残るようなやつ。軍に属するなら軽い傷位、訓練でも付くよね。」
「傷なんて魔法で消せるだろ。」
軍の抱える魔法使いなのだ、回復魔法が使えないはずがない。
「でも、くせは残ります。利き手をかばう、急所を庇う、そういう癖。ヒガさんなんか、かなり顕著です。そうすると、筋肉の発達が変わってくるんですよ。反射で動くようになるほど、この人は傷付けられたことはない。」
それが事実であるように、儀礼は言い切った。


 儀礼は女性の複雑な紋様の刻まれた瞳に手を添える。
女性は、ひどく眠そうな、ぼーっとした視線を儀礼に返した。
「人体実験なんて、される身分じゃないよね。その技術、金で買った? 家の権力? 功績がないから、焦って一人で来たの?」
にやりと、儀礼はまた白い精霊の人選に感謝する。
軍の極秘技術も持つ、綺麗な肌の兵士。
ただの貴族ではない。普通の貴族なら、一人で乗り込むようなことはしない。
ならこの女性は――。
「魔力はあっても、経験も戦闘能力も不足。なのに、国の計画に参加できる立場。――お父さんは、軍の偉い人?」
堪えきれずに、儀礼の口端は大きく上がる。
軍の上層に身内がいるなら、優遇されてもおかしくはない。


「あなたは、誰?」
女性の瞳を真っ直ぐに見て、儀礼は問いかける。
「……私は、ジェイミー。ジェイミー・グレーン。」
ゆっくりとした声で、女性は答える。
「グレーン。軍に、かなりの力を持っている人物だ。戦乱の時代からの軍人の家系と言われている。」
ヒガが驚いたように説明する。


「ジェイミー。あなたの狙いは何?」
儀礼が問いかければ、ぼーっとしたジェイミーが少し考えるように視線を揺らす。
「今回の任務はなに?」
もう一度、儀礼は少し強い口調でジェイミーに訊ねる。


「……私の狙いは、シャーロット。茶色い瞳の少女。金の髪と白い服。強い魔力で……精霊を連れている。」
ジェイミーは瞳を大きく見開く。
「思い出したわ。私の任務はシャーロットを殺して、彼女の精霊を連れ帰ること。それに成功すれば、私は名実共に将校よっ!」
嬉しそうに、女性は笑う。
「そう。精霊はどうやって連れて帰るの?」
ジェイミーの言葉を聞き、口元だけで、儀礼は笑う。
質問をしながら、心の冷えていくような感覚に儀礼は気付いた。


「シャーロットを殺せば、契約精霊は弱る。どれほど強力な精霊でも、弱った隙になら呼び寄せられる。私が移転のための魔力の道を作れば、そこに精霊を押し込み、同時に向こうで精霊召喚の儀式を行えば、国を守護する力のある精霊は、わが国、ユートラスのものになるのよ。」
誇り高く、自信に満ちた笑顔で、女性は高らかに宣言する。
儀礼のワイヤーにくるまれて、地面に横たわったままで。
「精霊の恵みを受け、ユートラスは永遠に豊かな国となるわ。全ての国がユートラスを崇め、支配されることに喜びを抱く。わが国は、精霊を抱き、最強の国家となるのよ。」
オーッホホホホ……と、楽しそうにジェイミーの笑いが辺りに響く。


「えっと、今のって可能なこと、なんですか?」
儀礼は専門外の問題に、側にいる二人を振り返る。
「……弱った精霊を呼び出すということに関しては、人数さえ揃えれば可能だとは思う。」
眉をしかめ、真剣な様子で口を開くクガイ。
国家での企てならば、それくらいのことをやっていてもおかしくはない。
「強力な精霊と契約のできる人間は限られるらしいが、実行しているということは、いると思ったほうがいいだろうな。」
腕を組み、考えるようにヒガが付け足す。
「しかし、後半部分には妄想が入っているようだが、どういう薬だ? これは。」
頬を引きつらせて女性を見て、ヒガは儀礼に問う。
当然、ユートラスの軍では刺客として送るような兵士を、大抵の自白剤には耐えられるように訓練してあるはずだった。
こんな短時間に落ちる刺客がいるはずがないのだ。


「夢見ながら、幻覚見せる薬です。でも、完全に夢にいっちゃいましたね。」
まだ調整が必要ですね、などと言って、困ったように儀礼は笑う。
「でも、聞きたかったことは聞けました。」
満足そうに、儀礼は頷く。
「つまり、やっぱり人違いでした。」
自分は正しい、と言うように、儀礼は二人の顔を見て、大きく頷いたのだった。

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