ギレイの旅

千夜ニイ

呼び寄せる

 儀礼は廃墟のある広い砂地の上に立っていた。
ヒガとクガイを、町の修復作業を理由に儀礼は見送った。それで、人払いは済んだ。
砂地の上にはその全域を使い切ったかのような、大きな魔法陣のような物が描かれている。
仕掛けはすでに施した。準備は整っている。
(後は、呼ぶだけ。)
遠い、見えもしないユートラスの方向を見据え、にやりと儀礼は笑った。
「僕を狙う敵は、手配書を持った奴だけじゃないもんね。」
手配書は任せろと言ったアナザーに対して、言い訳めいたものを儀礼は口にする。


 目をつぶり、儀礼は腕輪に宿る白い精霊に呼びかける。
(力を貸して。探したいんだ、僕をシャーロットとして狙う者。ユートラスの管理下にある魔法使い。)
大勢の敵を、いっぺんには相手にできない。
最初は、蒼刃剣を狙う者でも、手配書を見て来る者でも、『蜃気楼』の情報を狙う者でも、よかった。
でも、儀礼が今一番知りたいのは、ユートラスが『シャーロット』を狙う理由。
探すのは、それを知る敵。


 儀礼の脳裏に、遠い見たこともないユートラスの大地が映り出す。
精霊は儀礼に力を貸してくれるらしい。
(ありがとう。頼む。)
強く、さらに意識を腕輪に集め、儀礼はその国の内部を探る。
精霊の動きは速い。次々と場面が変わるように風景ががらりと変わっていく。
儀礼には、それを意識として追うことはできない。
だから、全てを任せる。
人に追えない、精霊の速さ。
結界に触れても、魔法使いに気付かれても、相手は何をする間もなく、精霊は全てを過ぎ去る。


 一人の人間を捉えて、精霊はその視界を儀礼に見せた。
金色の髪、薄い緑色の瞳。その瞳の中には、虹彩とは違う紋様が描かれている。
(見つけた。)
それが、精霊の声だったのか、儀礼の心の声だったのかはわからない。
だが、儀礼はその人物を発見した。
瞳を開かない意識だけの状態で、儀礼は確かにその人物と視線を交わした。


「来る。」
瞳を開き、儀礼は複数の仕掛けを起動する。
敵がどれほどの実力を持っていても、儀礼は一人で相手をする準備ができていた。
すぐに、儀礼の見たことのない、緑色の陣が空中に現れた。
その陣の中に、腕輪の石から白い糸が伸び、吊り上げるように何かを引きずり出す。
「キャァッ。」
小さな悲鳴と共に飛び出してきたのは、今、精霊が儀礼に見せたユートラスの魔法使い。
白い糸に腕を取られ、移転魔法の陣から引きずり出され、それでも反対の手を地面に着きながら、見事にその女性は着地を決めていた。


 くるくると強い癖のある長い金色の髪、紋様の入った薄い緑色の瞳。
少し下がりめのまなじりはおとなしそうな印象を与えるが、真っ直ぐに見据える視線と、固く結ばれた形の良い唇からは、知的な感じが漂う。
生地の厚い、若葉色を基本とした、上下とも全体的に緑っぽい迷彩の服。
丈夫さと動きやすさを重視したような、冒険者の服と感じがよく似ていた。
両腕にはリストバンドに似た、幅広の黒いリボンのような物に、魔法石と思われる石がついている。
(魔法石の代わりとなる瞳を持っていても、魔法具は身に付けているのか。)
さらに上がる予想戦力に、儀礼は目を細める。


 女性の着る服の、緑の中に目立つ白い襟と、それに続く体の中心に走る二本の細い白いラインは、胸元で一度大きく歪んでいる。
小さな黄色い鈴型のボタンは、上から二つ目まで外されていた。
その隙間からは、柔らかそうな白い肌が覗いている。
「ナイスチョイスっ」
なんとなく、儀礼は精霊に感謝する。
そんな感謝でも、腕輪の石は白く光った。


 しかしほぼ同時に、儀礼の目の前でスパークの様に、激しい火花が散った。
地面から伸びたワイヤーが女性の放ったらしい電撃を避雷し、地面へと流していた。
白い糸は途切れていた。その攻撃の前に振り解かれたらしい。
今のは「警戒せよ」の光だったようだ。
「ごめん。ありがと。」
今度こそ、本気の感謝を儀礼は精霊へと送る。
「ふざけてる場合じゃないってね。」


 女性が、儀礼から大きく距離を取るように離れる。遠距離型の魔法使いらしい。
立っている距離が遠いからと言って、発動する魔法が必ずしも遠くから来るとは限らないので注意は必要だが、要は接近戦をする能力が低いと言うことだ。
「綺麗な肌してるもんね。」
くすりと儀礼は笑う。
「自分の命が危うい時に、何を考えてる。」
「詠唱と魔力溜めの時間をほとんど必要なく魔法を撃てるらしい。油断するな。」


 声を重ねて、儀礼を挟むように二人の男が立った。
二人、クガイとヒガはすでに武器を構え、戦闘態勢を整えている。
「何って、家系とかですかね。溜め時間が無じゃないんなら、問題ないです。ないんですが――」
答えながら気付く。つまり、儀礼はこの場での人払いに、失敗していたようだと。
「――何で、仕事に戻ってないんですか。」
呆れのような、苛立ちのようなものを感じて、儀礼は気配を消したまま現れた二人にぼやく。


「お前の不審な行動は、監視しろとゼラードに言われていてな。」
予想以上の不審行動だったな、とクガイが笑う。
どうりでヒガがサボったまま2時間もの間、誰も迎えに来なかったわけだ、と儀礼は苦い顔をする。


「あーあ、せっかく描いた陣も、消さないでくださいよ。」
全てを見られていたという気まずい思いに、二人の足跡で消えた陣の線を見て、たいした不満も込めずに、儀礼は言う。
「こんなでたらめな陣で、何ができるって言うんだ。」
足元の砂を蹴り、呆れたようにクガイが言う。
本物の魔法使いには、これがでたらめだと、すぐにわかってしまうらしい。
「結構それっぽく描けたと思うんですけど。」
「こんな所に遺跡への入り口があるか!」
どうやら儀礼の覚えていた陣は遺跡への入り口を作る物だったらしい。

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