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ギレイの旅

千夜ニイ

剣を返しに

 穴兎が、手配書に関してはどうにかできると言うので、仕方なく儀礼はまかせた。
下手に食い下がれば、本当に監視を送り込まれかねない。


 溜息をつき、儀礼は管理局にある転移陣の元を訪れた。
行き先は、儀礼が前回泊まっていた町。ヒガと戦った町だ。
そこに、まだヒガはいる。父親の形見である蒼刃剣を、儀礼は返すことにした。
転移陣を使った移動の時間短縮は楽だが、移動中、移動直後を誰かに狙われることを思うと、あまり頻繁には利用できない。
一人で白い光に包まれるのは、少し緊張する瞬間だった。




 無事に到着した管理局で、儀礼はまだ自分の名で借りたままの広い研究室の扉を叩く。
ヒガに来てもらっても良かったかもしれないが、利香のいる状態でヒガを同じ町に呼ぶのは、少し心配な気がした。
拓と獅子の機嫌にとても影響しそうだ。


 扉の中で人の気配はするのに、返事がない。
鍵が開いていたので、そっと開けて入ってみれば、中にちゃんとヒガはいた。
髪を切り、ひげをそり、全くの別人のようにさっぱりとした姿になっている。
「鍵、開けっ放しは無用心ですよ。」
その姿を確認して儀礼が言えば、ヒガは小さく笑う。
「蜃気楼の部屋と思って入って、中に俺のような殺人鬼がいたら、相手はさぞかし驚くだろうな。」
こんな所にも、儀礼の仕掛けていない「危険」トラップが作られていた。
儀礼は痛そうに額を押さえる。


「危険です。やめてください。」
儀礼はしっかりと扉に鍵をかけた。
傷をやっと治してもらったばかりのくせに、そんな馬鹿なことを考えるとは、獅子と同レベルだ、と儀礼は呆れる。


「ヒガさん。これ、お父さんの剣です。」
「本当に、持ってきてくれたのか。これはもう黒鬼の物だったんじゃないのか?」
持ってきた蒼刃剣を示して儀礼が言えば、戸惑うようにヒガはゆっくりとその剣に手を伸ばした。
震えるように、惹かれるようにその手が剣を掴む。


「いいえ、重気さんは持ち主がいれば返すって言ってたんでいいんです。武士に二言はありません。」
にやりと、儀礼は邪悪な笑みを浮かべる。
「ブシ?」
眉をひそめてヒガが問う。一瞬、何か黒いものを見た気がしていた。
「シエンの言葉です。剣士とか、戦う男って意味の。潔く、真っ直ぐに生きる目標みたいなものです。」
儀礼はにっこりと笑う。湧いた邪気を取り去って。


「武士か、いいものだな。」
「でしょ。まぁ、僕は文人なんだけどね。」
あはは、と儀礼は楽しそうに笑う。


 そんな儀礼を見て、安心したように、ヒガは受け取った剣を抜いた。
一応、安全を気にしたように儀礼から距離を取り、そっと鞘から引き抜く。
振り回しても、儀礼には当たらない距離。
世の武人たちは、なぜこうも親切なのかと、儀礼は心の中で微笑む。
どこぞの仲間はその剣を儀礼へと向けてきたのだが。


 それでも、闘気を込めれば簡単に切り裂けてしまう距離ではあるが、別に戦うつもりもないようなので大丈夫だろうと、儀礼はポケットから両手を出している。
周囲の光を反射して、青く光るような美しい刀身。
「そうだ。こうだった。父の剣は、このように綺麗だった。」
見入るようにその刃を見つめ、ヒガは嬉しそうに微笑む。
何かを思い出したかのように、幸せな思い出の中にいるように、幼い子供の様に瞳を輝かせて。


 ヒガのいるこの町は、今、土砂に埋もれている。
もちろん、ヒガがやったものだ。
それを、クリームが砂に変え邪気と水気は取り去っているのだが、運び出すには量が多く、まだ普通の生活には戻れていない。
傷をクガイに治してもらったヒガに、儀礼はこの町の片づけをすることを約束させていた。
他の人は自由参加なのだが、意外にも、進んで参加しているらしい。


「じゃ、クリームもまだいるんだ。クガイさんは?」
「クガイもまだいる。奴らはすっかり町の便利人だな。」
剣を鞘に収め、苦笑するようにヒガは言う。


「僕、クリームにもライセンス、渡しに来たんだ。やっとみんなの分作れたからさ。先にヒガさんの渡しておく。」
穴兎と連絡が取れなかったので、背後に回す手がなかったのだ。
儀礼一人の力では、ライセンスを取れても、彼らの犯罪暦を完全に消すことまではできない。
減らすことならできるのだが。
「……なぜ、俺の本名を知っている。」


 儀礼の渡したライセンスを見て、ヒガが驚く。
「え? 簡単に調べられますよ?」
そんなこと言われても、と儀礼は小首をかしげる。
「ヒガのソウジンさんのがよかったですか? そしたらすぐに作り直しますけど。」
「……いや、構わん。」
それを、大事な物の様に、ヒガは懐のポケットにしまった。
結構頑丈な素材で作られている管理局のライセンス。心臓を守る位置に入れる者は多い。
「まぁ、ヒガさんはもう、ヒガさんだけどねー。」
くすくすと儀礼は笑う。


「あ、そうだ。もう一本の、ヒガさんが使ってた剣ですが、やっぱり『蒼刃剣』なんですよね?」
確認するように、部屋に置かれていた剣を見て儀礼は聞く。
「ああ……。随分昔に色は失われたが。」
眉をしかめ、己の醜さを見つめるように、ヒガはその壊れた剣を見る。
「あの、もしかしたら直せる人がいるかもしれません。まだ、期待はしないで欲しいんですが、可能性があるので伝えておこうかと。」
迷いながら、儀礼は口にした。
本当ならば、確認してから伝えるべきなのだが、可能性はかなり高い気がしたので、儀礼は先に言っておくことにした。


「バクラム・ノーグって人、知ってますか? 『魔砕の大槌』っていう。その人の使う武器、特別製なんです。それを作った人なら、もしかしてと思って。」
儀礼はバクラムの使う武器のことを思い出した。
古代に造られた物ではないのに、まるで古代遺産のような能力を発揮する武器。
あれを、現代に作る技術を持った人なら、古代遺産の修復も可能なのではないか、と儀礼は考えた。


「……そうか。直らなくともこれは、仕方がない。それが、俺のやったことだ。」
やせ細った剣を見て、ヒガはその刃を撫でた。
いびつな形の刃には、青い輝きは一片も残されてはいない。
「一度、その人に見せてみたいので、預かってもいいですか?」
確認するように、儀礼は首を傾げる。
「ああ。わかった。すまないな。」
頷いて、ヒガは壊れた蒼刃剣を儀礼へと手渡した。


(『蒼刃剣』。これも、ユートラスが狙ってるのかな?)
受け取った剣を見て、儀礼は考える。
手配書の対応はアナザーに回してしまったが、蒼刃剣が二本ともユートラスに狙われているのなら、これで囮の数は戻ったことになる。
(壊れた剣じゃ、だめかな?)
視線だけをゆっくりと動かして、儀礼は思考する。


「それとさ、ヒガさん。ユートラスにいたって、聞いたんだけど。」
ユートラスという言葉に、ヒガの眉が上がった気がした。
しかし、気付かぬ振りをして、儀礼は続ける。
「金髪の美女、たくさんいました?」
瞳を輝かせて言う儀礼に、なぜかヒガは片手で頭を押さえた。
笑って、いるようにも見えるが、儀礼は気付かないことにした。


「知らないな。俺は、周りを見る余裕もなかった。」
重い、息を吐くようにヒガは言う。
「ヒガさんに、見える範囲でいいんですが。」
くるりと指で円を描き、にっこりと笑って儀礼は聞いてみる。国に鍛えられる人間の、目に映る範囲。
「……ユートラスに何がある。」
しかしヒガは、儀礼を睨むようにして問いかけた。
儀礼は笑顔のまま困ったように汗を流す。
ふざけた態度は、真面目な人にはあまり通じないらしい。


「ふぅ。」
なかなか年長者を騙すのは難しい、と儀礼は天井を見て息を吐いた。
「友達がやばい物と引き換えに、スロススで、僕が女に弱いって情報を流してきたんです。なんで、来るかなと思いまして。」
ヒガに向き直り儀礼は説明する。
スロススはユートラスに一番近い国だ。地理的にと言うよりは、内部的に。
少しずつ、ユートラスの影響下に置かれていっている。
情報をスロススに流せば、すぐにユートラスに届く。
そしてそこは間違いなく『蜃気楼』を欲しがる軍事国家。


「ユートラスの情報部も戦闘員も、ほとんどが魔法使いだ。力の差は男女ではない。魔力の差だ。魔法具は知っているな? 杖や、魔法石を加工した装飾品なんかだ。魔法効果を高める道具。」
そこで、一度ヒガは言葉をとめた。そして、嫌な物でも思い出したように、表情を険しくする。
「普通は魔石に儀式を用いて陣を刻み、魔法石とする。それを組み込んだものが魔法具になるんだが。ユートラスは……人の、人間の瞳に魔法陣を刻み込む技術を開発していた。」
ヒガは真っ直ぐに儀礼の目を見る。
「魔法具を必要としない、単体で十分な戦力を持つ魔法使いだ。表向きには発表されていない、極秘の戦闘員たち。奴らは、瞳を見ればすぐに分かる。瞳の中に、複雑な陣が描かれていて、魔法の発動の度にその瞳はランプのように明るく光る。」
その様子を思い出したのか、ヒガの表情を暗く、重たい。


「光る、目。」
儀礼はその様を想像する。
暗い闇の中で歩く人の姿、その人はたった一人で、炎を吹き、電撃を撒き散らし、町を破壊しつくすような人外と言える強力な魔法を使い、その度に瞳を複雑な紋様で光らせる。
暗闇に、明るく光る二つの目。


「っっサイボーグ!!」
儀礼は、勢いよくヒガを指さした。それだっ! と言わんばかりに。
「なるほど。ユートラスの刺客はサイボーグか。」
うんうん、と儀礼は嬉しそうに頷く。
「軍事国家が生み出した、史上最悪の人体兵器。国をも滅ぼす凶悪な力と、機械のような冷酷な思考。指令を厳守し、個人の意志を持たないように教育プログラムされている。」
すらすらと、何かのセリフの様に儀礼は言葉をつづる。
「その容姿は端麗で、誰もが神の創造物であるように美しく、けれど日の当たらない氷河の谷の底よりもさらに、冷たい美貌かおを晒している。」
うんうん、とまた儀礼は頷く。


 そして、あごに手を当て、考え込むように儀礼は言った。
「あったねぇ、そんな本。」
 言葉を失い、ぽかんとヒガは儀礼を見つめる。残念ながらヒガは、そんな本のことは知らない。
まず、本を読むような生活をしていなかったのだが。
そして今、ヒガは、真面目な話をしていたはずだった。
その恐ろしい敵に狙われることになったと言う、少年を前にして。


「サイボーグの刺客かぁ。美女なら、歓迎っ!」
「……。」
瞳を輝かせて拳を握る儀礼を、ヒガは呆れた目で見る。
その姿は、軍事国家から来るという曲者くせものに、本気で喜んでいるようにしか見えなかった。

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