ギレイの旅
動く資料
儀礼の祖父、修一郎が思いつくままに書き記した紙は、中味も色々で順序もバラバラ。
車の設計図の後に、近所の子供のために作った水鉄砲があったり、水のろ過装置の次に、ミサイルがきていたり。
儀礼が作った資料も、儀礼が気の向くままに作った順序になっている。つまり、規則性がない。
データとしてパソコンに読み込んだ後もそれらの資料は、ほぼそのままで、何年も経った今でも、儀礼はそれらの管理の全てを穴兎に任せっきりにしていた。
アクセス権限のある儀礼は、必要な時に見たいものを検索すればいいだけなので、資料の順番なんて気にしていなかった。
穴兎は、膨大すぎる資料を読み漁って楽しんでいるだけなので、並べ替えるようなことはしていない。
その方が、不正アクセスしてきた者が探すのにも苦労するので、都合がいいらしい。
兵器を探す人間が、「竹馬の作り方」を熟読している様などは本当に笑える、と穴兎は言う。
本当に重要な書類は目の届く所にはない。
穴兎が『アナザー』と呼ばれる技術でもって、外部から隠し通しているのだ。
不正アクセス者が、目に付いた「危険」と書かれたフォルダを開けば、中味は「竹馬の乗り方」。
『乗る時には木の枝に頭をぶつけぬよう。』などと書かれている。
ただし他人には読めない、修一郎の使っていたシエンの古い文字で。
解析するには膨大な資料と暗号解読などの技術を組み合わせ、長い時間を要する。
何ヶ月もかけ、読み解いてみれば、竹馬の乗り方。
たちの悪いトラップに思えるが、実際は修一郎がそれを使う子供のためを思い、心配して書いた文章だ。
儀礼にとっては、心温まるものでしかない。
だからこそ、儀礼はすぐに目に付くところに、その資料を置いたままにしてある。
穴兎に言わせれば、儀礼の性格の悪さがにじみ出ている、らしい。
「否定はしないけどな。」
パソコンを起動させながら儀礼は暗いモニターに映った、自分の顔に笑ってみせる。
蒼刃剣を持ったまま、儀礼は先に管理局で研究室を借りていた。
「危険」フォルダがトラップであるのは事実で、そのフォルダを開いた者を自動的に追跡して判別する仕組みになっている。
さらには、相手方に何らかの被害を与えるプログラムを穴兎が組み込んだらしいが、儀礼は詳しくは知らない。
性格の悪さがにじみ出る程度に、あくどいものらしい。
その性格の悪い友人のことを思い出し、儀礼は僅かに眉を歪める。
どういうわけなのか最近、儀礼は穴兎との連絡が取りにくい状況になっていた。
全くできないわけではないのだが、儀礼がメッセージを送ろうとしてもエラーになり、穴兎から送られたメッセージが数日遅れで届いたりする。
儀礼が穴兎とのやり取りを始めて10年になるが、今までに一度もそんなことはなかった。
モニターやパソコンの調子が悪いのかと、何度も調整を繰り返してみたが、故障などはなかった。
ネットの不調というのを聞いたことがあったので、それなのだと儀礼は思う。
穴兎に限らず、儀礼がネットを使って送るメッセージは全てそんな感じに時間を要するようになってしまっていた。
拓へのメッセージは管理局から送ったので、無事に届いたようだった。
管理局から管理局へは特別な実線で繋がっている。
しかし、以前コルロに背後を取られた覚えのある儀礼は、管理局の受付から『アナザー』へのメッセージを送る気にはなれなかった。
情報のほぼ全てをネットを通じてアナザーから貰ってきた儀礼は、少なくない不安を感じていた。
今回の様な事が頻繁に起これば、儀礼の情報源は絶たれることになる。
上位の研究者は普通、複数の情報屋を使う。
たまたま、儀礼は『アナザー』という便利すぎる情報屋と、早くに知り合ったために、他の情報屋を使う必要がなかったのだ。
直接会い、自分の情報を奪われるという危険を、冒す必要などなかった。
しかし、もうそうは言っていられない。昨夜できる限りの調整を儀礼はした。
これでもし、アナザーに繋がらなければ、儀礼はどこかで信用できる情報屋を探して、自分と『シャーロット』の命を狙う手配書の処理に当たらなければならなくなる。
願うようにパソコンを起動すれば、確かにネットに接続されている。
ほっと、儀礼は胸をなでおろした。
アナザーにメッセージを送ってみたが、すぐには返事がない。
ちゃんと届いているか不安だったが、とりあえず、自分の資料の安全を確認しようとアクセスする。
ネットの不調がデータにまで及ぶとは聞いていないが、確かめておいて損はない。
その自分の領域に入り、儀礼は大きく瞬いた。
儀礼の資料が、目にも留まらぬ速さで、超高速移動をしている。
確実に不正アクセスだ。
次々に並べ替えられていく儀礼の資料。
次々に並べ、戻されていく儀礼の資料。
「……。」
儀礼は無言で解析ソフトを起動する。
すぐに結果は出た。
資料を並べ替えていく不正アクセス者の判定『アーデス』。
資料を元に戻していく不正アクセス者の判定『アナザー』。
二人とも、なんだかとっても忙しそうだ。
儀礼のソフトに『アーデス』などという個別の判定結果はなかった。
そう言えば、その人には物を並び替える癖があったなぁ、と儀礼は頭を抱える。
一度、深呼吸してから、儀礼は『Sランク』の権限で、自分の領域から二人を追い出す。
すぐに、アナザーからのメッセージが届いた。
穴兎:“悪い、ついむきになっちまった。”
儀礼:“何、遊んでんだよ。人の資料で。判定結果『アーデス』って何だよ。”
穴兎:“わかりやすいだろ。”
楽しんでいるような穴兎の答え。
儀礼:“遊んでる場合じゃないってのに。連絡取れないから心配したんだぞ、一応。”
穴兎:“連絡しなかったのお前だろう?”
どうやら、穴兎の中では、儀礼が連絡をしなかったことになっているらしい。
儀礼:“それは、多分ネットの不調で……。何回も送ったんだけどエラーになって。”
穴兎:“不調? お前が? ありえないだろ。”
儀礼:“もしかしてランクに関係あるの?”
ありえないという、兎の言葉に儀礼は首を傾げる。
ネットの不調は、結構よくあるものだと聞いたことがある。
管理局ランクの順に優先権のようなものが与えられているのだとしたら、Sランクの儀礼は優遇されていることになるのだろうが。
そんな説は噂でも、聞いたことがなかった。
穴兎:“いや。精霊が関係してるはずだ。だからお前の回線は今まで安泰だったろ。何かあったんだろ。精霊怒らせたとか、嫌われたとか。”
儀礼:“そう言われても、僕はもともと精霊が見えるわけでも、話せるわけでもないから……。母さんなら分かるんだろうけど。”
穴兎に言われて、困りながら儀礼は考える。
儀礼には、嫌われるなどと言われても、そんな心当たりはなかった。
精霊に対する感謝が足りなかったのだろうか、と首を捻る。
いつも、色々と助けてもらって、儀礼の知らない所でまで世話になっていたりする。
穴兎:“あとは、邪気が多かったり、呪われたりするとネットの不調ですぐ分かるとかは聞くけどな。”
笑うような、軽い感じで兎が言う。
儀礼は、そっと、ポケットの中から白い布の塊を出した。
金の糸で模様の描かれたその布は、教会で買った聖布。
その包みを儀礼は静かに開く。
ぶわり、と中からほこりの舞うように黒い霧が湧き上がった。
儀礼はパソコンのモニターを確認する。
ネットの回線が途切れていた。
その聖布の中にあったのは、鞘のない銀のナイフ。
構成される成分は確かに銀なのだが、その刃は今、鈍く揺れ動くように黒ずんでいる。
バシャリ。
儀礼は無言でそのナイフに聖水をかけ流した。布や服が濡れるのにも構わず、一瓶を注ぎ込む。
ジューッ!!
と、焼け石に水をかけたような音がして、大量の白い霧が室内にたちこめた。
それで、黒い霧は消えたが、ナイフの刃は黒いままだった。
空になった瓶を元のポケットに戻し、儀礼は銀のナイフをもう一度綺麗に包み直す。
そしてその包みも、元入っていたポケットの中へとしまった。
儀礼:“わかんないな。心当たりない。”
儀礼はネットへ繋ぎ直し、何事もなかったように、穴兎へとメッセージを送った。
車の設計図の後に、近所の子供のために作った水鉄砲があったり、水のろ過装置の次に、ミサイルがきていたり。
儀礼が作った資料も、儀礼が気の向くままに作った順序になっている。つまり、規則性がない。
データとしてパソコンに読み込んだ後もそれらの資料は、ほぼそのままで、何年も経った今でも、儀礼はそれらの管理の全てを穴兎に任せっきりにしていた。
アクセス権限のある儀礼は、必要な時に見たいものを検索すればいいだけなので、資料の順番なんて気にしていなかった。
穴兎は、膨大すぎる資料を読み漁って楽しんでいるだけなので、並べ替えるようなことはしていない。
その方が、不正アクセスしてきた者が探すのにも苦労するので、都合がいいらしい。
兵器を探す人間が、「竹馬の作り方」を熟読している様などは本当に笑える、と穴兎は言う。
本当に重要な書類は目の届く所にはない。
穴兎が『アナザー』と呼ばれる技術でもって、外部から隠し通しているのだ。
不正アクセス者が、目に付いた「危険」と書かれたフォルダを開けば、中味は「竹馬の乗り方」。
『乗る時には木の枝に頭をぶつけぬよう。』などと書かれている。
ただし他人には読めない、修一郎の使っていたシエンの古い文字で。
解析するには膨大な資料と暗号解読などの技術を組み合わせ、長い時間を要する。
何ヶ月もかけ、読み解いてみれば、竹馬の乗り方。
たちの悪いトラップに思えるが、実際は修一郎がそれを使う子供のためを思い、心配して書いた文章だ。
儀礼にとっては、心温まるものでしかない。
だからこそ、儀礼はすぐに目に付くところに、その資料を置いたままにしてある。
穴兎に言わせれば、儀礼の性格の悪さがにじみ出ている、らしい。
「否定はしないけどな。」
パソコンを起動させながら儀礼は暗いモニターに映った、自分の顔に笑ってみせる。
蒼刃剣を持ったまま、儀礼は先に管理局で研究室を借りていた。
「危険」フォルダがトラップであるのは事実で、そのフォルダを開いた者を自動的に追跡して判別する仕組みになっている。
さらには、相手方に何らかの被害を与えるプログラムを穴兎が組み込んだらしいが、儀礼は詳しくは知らない。
性格の悪さがにじみ出る程度に、あくどいものらしい。
その性格の悪い友人のことを思い出し、儀礼は僅かに眉を歪める。
どういうわけなのか最近、儀礼は穴兎との連絡が取りにくい状況になっていた。
全くできないわけではないのだが、儀礼がメッセージを送ろうとしてもエラーになり、穴兎から送られたメッセージが数日遅れで届いたりする。
儀礼が穴兎とのやり取りを始めて10年になるが、今までに一度もそんなことはなかった。
モニターやパソコンの調子が悪いのかと、何度も調整を繰り返してみたが、故障などはなかった。
ネットの不調というのを聞いたことがあったので、それなのだと儀礼は思う。
穴兎に限らず、儀礼がネットを使って送るメッセージは全てそんな感じに時間を要するようになってしまっていた。
拓へのメッセージは管理局から送ったので、無事に届いたようだった。
管理局から管理局へは特別な実線で繋がっている。
しかし、以前コルロに背後を取られた覚えのある儀礼は、管理局の受付から『アナザー』へのメッセージを送る気にはなれなかった。
情報のほぼ全てをネットを通じてアナザーから貰ってきた儀礼は、少なくない不安を感じていた。
今回の様な事が頻繁に起これば、儀礼の情報源は絶たれることになる。
上位の研究者は普通、複数の情報屋を使う。
たまたま、儀礼は『アナザー』という便利すぎる情報屋と、早くに知り合ったために、他の情報屋を使う必要がなかったのだ。
直接会い、自分の情報を奪われるという危険を、冒す必要などなかった。
しかし、もうそうは言っていられない。昨夜できる限りの調整を儀礼はした。
これでもし、アナザーに繋がらなければ、儀礼はどこかで信用できる情報屋を探して、自分と『シャーロット』の命を狙う手配書の処理に当たらなければならなくなる。
願うようにパソコンを起動すれば、確かにネットに接続されている。
ほっと、儀礼は胸をなでおろした。
アナザーにメッセージを送ってみたが、すぐには返事がない。
ちゃんと届いているか不安だったが、とりあえず、自分の資料の安全を確認しようとアクセスする。
ネットの不調がデータにまで及ぶとは聞いていないが、確かめておいて損はない。
その自分の領域に入り、儀礼は大きく瞬いた。
儀礼の資料が、目にも留まらぬ速さで、超高速移動をしている。
確実に不正アクセスだ。
次々に並べ替えられていく儀礼の資料。
次々に並べ、戻されていく儀礼の資料。
「……。」
儀礼は無言で解析ソフトを起動する。
すぐに結果は出た。
資料を並べ替えていく不正アクセス者の判定『アーデス』。
資料を元に戻していく不正アクセス者の判定『アナザー』。
二人とも、なんだかとっても忙しそうだ。
儀礼のソフトに『アーデス』などという個別の判定結果はなかった。
そう言えば、その人には物を並び替える癖があったなぁ、と儀礼は頭を抱える。
一度、深呼吸してから、儀礼は『Sランク』の権限で、自分の領域から二人を追い出す。
すぐに、アナザーからのメッセージが届いた。
穴兎:“悪い、ついむきになっちまった。”
儀礼:“何、遊んでんだよ。人の資料で。判定結果『アーデス』って何だよ。”
穴兎:“わかりやすいだろ。”
楽しんでいるような穴兎の答え。
儀礼:“遊んでる場合じゃないってのに。連絡取れないから心配したんだぞ、一応。”
穴兎:“連絡しなかったのお前だろう?”
どうやら、穴兎の中では、儀礼が連絡をしなかったことになっているらしい。
儀礼:“それは、多分ネットの不調で……。何回も送ったんだけどエラーになって。”
穴兎:“不調? お前が? ありえないだろ。”
儀礼:“もしかしてランクに関係あるの?”
ありえないという、兎の言葉に儀礼は首を傾げる。
ネットの不調は、結構よくあるものだと聞いたことがある。
管理局ランクの順に優先権のようなものが与えられているのだとしたら、Sランクの儀礼は優遇されていることになるのだろうが。
そんな説は噂でも、聞いたことがなかった。
穴兎:“いや。精霊が関係してるはずだ。だからお前の回線は今まで安泰だったろ。何かあったんだろ。精霊怒らせたとか、嫌われたとか。”
儀礼:“そう言われても、僕はもともと精霊が見えるわけでも、話せるわけでもないから……。母さんなら分かるんだろうけど。”
穴兎に言われて、困りながら儀礼は考える。
儀礼には、嫌われるなどと言われても、そんな心当たりはなかった。
精霊に対する感謝が足りなかったのだろうか、と首を捻る。
いつも、色々と助けてもらって、儀礼の知らない所でまで世話になっていたりする。
穴兎:“あとは、邪気が多かったり、呪われたりするとネットの不調ですぐ分かるとかは聞くけどな。”
笑うような、軽い感じで兎が言う。
儀礼は、そっと、ポケットの中から白い布の塊を出した。
金の糸で模様の描かれたその布は、教会で買った聖布。
その包みを儀礼は静かに開く。
ぶわり、と中からほこりの舞うように黒い霧が湧き上がった。
儀礼はパソコンのモニターを確認する。
ネットの回線が途切れていた。
その聖布の中にあったのは、鞘のない銀のナイフ。
構成される成分は確かに銀なのだが、その刃は今、鈍く揺れ動くように黒ずんでいる。
バシャリ。
儀礼は無言でそのナイフに聖水をかけ流した。布や服が濡れるのにも構わず、一瓶を注ぎ込む。
ジューッ!!
と、焼け石に水をかけたような音がして、大量の白い霧が室内にたちこめた。
それで、黒い霧は消えたが、ナイフの刃は黒いままだった。
空になった瓶を元のポケットに戻し、儀礼は銀のナイフをもう一度綺麗に包み直す。
そしてその包みも、元入っていたポケットの中へとしまった。
儀礼:“わかんないな。心当たりない。”
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