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ギレイの旅

千夜ニイ

拓と手配書

 白を拾った翌日。
一日休ませたこともあり、白の顔色は大分よくなっていた。
食事もできるし、回復に問題はないだろう。それを確認して、儀礼は白へと問いかける。
「白は、ドルエドのどこに行くとかは、わかってるの?」
「国境に着けば保護してもらえるって言われたんだけど。本当に大丈夫なのかはちょっと、不安。」
ベッドの上で視線を落とした白に儀礼は頭を撫でてなぐさめる。
「大丈夫だよ。」
にっこりと儀礼は笑う。
国境。儀礼が足止めされ、おそらくはシャーロットに上書きするための、写真を撮られた場所。
それが、シャーロットを守るためならば、そこにはきっと、白を保護する体制が整っているはずだ。


 その時、ゴンゴンッと強い調子で部屋の扉が叩かれた。
獅子が動かないと言うことは、害のない相手なのだろう、と儀礼は扉に近付く。
「はい。」
儀礼が声をかければ、よく知った声が返された。
「お前ら、いい宿に泊まってるなぁ。」
留守です、と答えたくなるのをこらえ、儀礼は内開きの扉を開ける。そこには予想通りに拓の姿。
「了様!」
その後方からは瞳を輝かせた利香が駆け込んできて、一直線に獅子へと飛びついた。
ベッドに腰掛けていた獅子はそのまま利香を抱き止める。
相変わらず、彼女たちはどうやって儀礼たちの居場所を突き止めているのだろうか。
儀礼は小首を傾げる。
ヘリの様な護衛機がふよふよと遅れて入ってきて、利香の足元に降り立った。


「儀礼。」
拓が、外を親指で示し、出て来いと儀礼にうながす。
その反対の手には、拓に頼んでおいた剣がしっかりと握られていた。
まさか、いきなりバッサリと来ることはないよな、と警戒しつつ、儀礼は部屋から踏み出す。
「獅子、すぐ戻ると思うけど、白のこと頼んだ。薬はテーブルの上ね。」
「ああ。」
儀礼の声に、獅子は頷いて返す。
来客に警戒した白は布団の中にもぐっていた。もぞもぞと動く布団に儀礼は思わず、ふき出した。
「白、大丈夫だよ。利香ちゃん、その子しばらく預かることになったんだ。弱ってるから休ませてあげて。」
くすくすと笑いながら儀礼は廊下へと歩き出す。


「あ、獅子も薬、飲んどけよ。」
部屋の中を振り返り、儀礼はわざとらしく言ってやる。
獅子は返事ではなく、ちっ、という舌打ちを返した。
利香が心配そうに獅子を見る。
「了、どっか悪いのか?」
眉をしかめて拓が聞く。
頭、と答えたいところだが、儀礼は素直に話した。
「頼んだ物の持ち主にね。ただの増血剤だよ。僕が言ったって安静になんかしないんだ。さっきも、めまい起こすまで訓練してた。んじゃ、可愛いナースに診てもらえ。」
最後にいたずらっぽく笑いながら、儀礼は部屋の扉を閉めた。


「で、聞かれたくない話?」
儀礼は前を歩く拓に問いかける。
「いや、久しぶりだから二人きりにしてやろうと思ったんだけどな。」
軽い調子で拓は言う。
「悪いね、小さい客がいる。」
儀礼は笑うように肩をすくめた。


 二人は宿の外に出た。
入り口前の広い庭には、寒い時期のせいか人気が全くなく、静かだった。
掃除をした後のなのだろうが、茶色い芝生にまた、はらはらと落ち葉が振り落ちる。
宿の中に泊り客がいないわけではない。誰に聞かれるか分からないので、拓はここまで来たのだろう。
マントを持って来ればよかったと、儀礼は腕をさする。
「頼み通り、持ってきてやったぞ。」
長い剣を示し、拓が偉そうに言った。
「珍しいよね。素直に持って来てくれるとは思わなかった。」
それを受け取りながら儀礼が言えば、拓のこめかみに青筋が浮く。
「ありがとう。」
にっこりと儀礼が笑えば、拓は満足そうに、にやける。


「ユートラスに狙われてる武器だ。村に置いておけるか。」
楽しそうに言う拓の言葉に、儀礼は頬を引きつらせた。
「えっと、やっぱ持って帰ってもら……。」
剣を突き返そうと、儀礼が全てを言う前に、拓は儀礼に背を向けて歩き始める。
「おーい、冗談だよ。持ち主は獅子より強いから大丈夫だろう。」
物騒な剣を見て、儀礼は溜息のようなものを吐く。


「ついでに面白いもん持ってきてやったぞ。ほら、お前の写真だ。」
止まって振り返ると、拓はにやりと笑って、筒のように丸められた紙を出した。
A3サイズの厚めの紙には、儀礼の顔写真が載っていた。
それもカラーだ。


「すごい! どうやって手に入れたの!?」
儀礼は驚き、目を丸くする。
「スロススの冒険者ギルドにあった。カウンター奥の小部屋の中にな。」
拓は言う。そんな場所にある物だ、普通に手に入る物ではないと拓にも分かった。
儀礼は尊敬のまなざしで拓を見上げる。
「僕、(こんなに)心の底から拓ちゃんのこと尊敬したの初めてだ!!」
素直な心で褒めたのに、儀礼は拓に殴られた。
(なぜだ。)
瞳を潤ませ、儀礼は口を尖らせる。


「これ、手配書だよ。拓ちゃんお手柄! 本当にこれ重大なんだ。」
言いながら儀礼は真っ直ぐに紙を広げて、拓にも見せる。
「この左端の『5』みたいなのは『滅』の依頼。つまりこれ、僕の殺人依頼書だ。」
手配書を指差し、闇の気配を含ませてくすりと儀礼は笑った。
「下の部分に『18/100』ってあるだろ、これは100枚のうちの18枚目ってこと。これは権利書でもあるんだ。この紙がなければ、殺しても報酬はもらえない。なかなか手に入らないものだよ。本当にどうやって手に入れたの?」
儀礼は首を傾げて拓を見る。
その紙の、儀礼の写真の上にはユートラスの文字で『シャーロット』と書かれているが、それは言う必要はないだろう、と儀礼は黙る。


「お前こそ、よく知ってるな。ユートラスの情報なんて流れないだろ。」
拓が睨むように儀礼を見る。
「最近知り合った奴が詳しくてさ。男の魔法使いなんだけど、殺人鬼マニアで、そいつがこの剣の持ち主の情報も掴んできたんだって。『黒鬼』と獅子の命を狙ってるって。」
蒼刃剣そうじんけん』を示し、にっこりと笑って儀礼は言う。
「よこせ。」
拓は剣を儀礼の手から奪う。
「その持ち主、俺が殺してやる。それで遺恨はなくなる。」
にやりと凶悪な笑みを浮かべて、拓はどこかへと行こうとする。
儀礼達の居場所を突き止めることができる拓だ、ヒガの居場所も調べられそうなのが怖い。
村での傍若無人振りを考えるなら、もしかしたら拓には魔法使いの下僕ぐらい居るのかもしれない、と儀礼は慌てる。


「もう片はついてるから。物騒だよ拓ちゃん。」
拓から剣を奪い返し、儀礼は息を吐く。
「獅子が敵わないのに、拓ちゃんに勝てるわけないでしょ。」
「ユートラスで鍛えられた男か。そんなに強いのか?」
拓の言葉に儀礼は苦笑する。ヒガはユートラスで鍛えられた、と頭に書き記した。
ヒガは重気よりは弱い、魔法が使える分アーデスの方が上だろう、しかし――。


「多分、十指に入るね。」
世界の中で本人の実力だけで言うなら、間違いなくヒガは強いだろう。壊れた剣で町を破壊した。
しかし、その相手を獅子は惜しいところまで追い詰めたのだ。
光の剣を持った獅子の強さもまた、世界有数に迫るということか。
「世の中、間違ってると思う。」
儀礼は世界に対する不満を、拓に吐く。
「俺はそれをお前に言いたいな。」
憎憎しげに頬を歪めて、拓は儀礼に言った。それから、一つ息を吐く。


「その紙、スロススのギルドのマスターが持っていた。そいつは情報屋も兼ねてる。」
真面目な顔で拓が語る。
持ち出す時にたいして咎められなかったので、拓はその紙を『蜃気楼』の顔をさらしている程度の物だと思っていた。
少女にしか見えない『Sランク』の顔。
すぐに書き換えられるという『蜃気楼』の、書き換えられない印刷物だ。


「またギルドで書類整理のバイトしたんだ。よく入れてもらえるよね。」
感心したように儀礼は言う。
「書類整理って、お前、それまだ……。ああ、バイトだ。こつがあるんだよ。」
何かを言いたそうに儀礼を見た後に、頭をかき諦めたように拓は話し出した。
「お前は入れてもらえるかもしれないが、多分出て来れないな。」
面白いことでも想像したらしく、楽しそうに拓はにやにやと笑った。
「人を食らう迷宮でもあるまいし、扉が一つなら、入り口と出口は普通同じだよ。」
溜息のように儀礼は言う。儀礼だって、自分が売られる可能性は自覚している。


 ギルドの受付に立つ多くが、数々の武勇を馳せた冒険者だ。
儀礼は、体中に傷のあるごついギルドのマスターが、手強い魔物の倒し方を実技を交えて講義している姿を目にしたことがあった。
技をかけられた駆け出し冒険者は、医務室へと運ばれていった。
ギルド内の極秘情報に興味はあるが、情報屋のギルドマスターなど、儀礼は近寄りたくもない。
儀礼にはもらう情報よりも奪われる情報の方が多かった。


「そうだ、情報料としてお前の情報売ってきた。その剣のためだからな、お前が払うのが妥当だろ。」
サラッと言った拓の言葉に、儀礼は目を見開いた。驚いたというレベルではない。
心臓が止まるかと思うほど。
「何、危ないことやってんだよ。分かるだろ! 僕の情報を今扱うのがどれだけ危険か。これがその証拠だよ。狙われても仕方ないぞ!」
手配書を振り、食って掛かる儀礼に、拓は意外そうな顔をする。
「お前でも、怒ることがあるんだな。」
「ふざけてる場合じゃないんだよ。何を売ったんだ。」
真剣に、言葉に力を込めて言い、儀礼は拓をにらみつける。


 場合によっては本当に、儀礼の情報を知る者として、拓は追われる事になる。
儀礼の背後に湧き上がる黒い気配に、拓は思わず両手を上げた。
「お前が、女に甘いって言っただけだよ。釣りが来るとは言ってたがな。」
「ああ、あれか。それはむしろ感謝する。やっと消えた。」
詰めていた息を吐いて、儀礼は笑う。やっと消えた儀礼の要らない情報。
儀礼が笑えば、背後の黒い影も一瞬で霧散する。拓は何もない空間を睨み、首をかしげた。
「でも、二度としないことだよ。本当に、後悔することになるから。領主になるんだろ。」
その前に死ぬぞ、と含ませて、儀礼はやんわりと忠告する。
「わかったよ。」
多分な、と心の中に付け足して、拓は頷いた。


「でもそうか。そのせいか。」
再度手配書を見て、儀礼はつぶやく。
その情報屋はきっと、シャーロットをターゲット名だと思ったのだろう。
『蜃気楼』のターゲット名と。
だから蜃気楼の情報を売った拓が手配書を持ち出しても、何も言わなかったのではないか、と。
『蜃気楼』の情報で、拓はこの権利書を買ったことになったのだ。

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