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ギレイの旅

千夜ニイ

白(シロ)

 国の端にしては、比較的大きな町に着き、儀礼は宿を取った。
今までの泊まれるだけでいい宿とは違い、個室にシャワーがついている、中流のいい宿だ。
「何でこんな高いとこにすんだよ。」
獅子は不満というよりは、不思議そうに儀礼に問いかけた。
「獅子、個室でシャワーが浴びられるというのは重要だ。公衆浴場に行く必要がない。」
ひどく、真面目な顔で儀礼は訴える。
前回の町で、ストーカーらしいものに追い回されて、儀礼は嫌気が差していた。
人前で武器も防具も手放さなくてはならないなど、もはや儀礼には考えられないことだった。


「それにだ、獅子。この宿には結界が張ってあるらしい。」
瞳を輝かせて儀礼は言った。
「結界? って何だよ。」
首を傾げて獅子は問う。
「結界は魔法で探索されるのを防げるんだ。外から魔法で覗かれない!」
嬉しそうに儀礼は瞳を輝かせている。
「結局それか。」
それだけ言って獅子は視線を他へ向ける。


「差額分は僕が出すから、いいだろ。」
儀礼が強引に手続きを済ませれば、獅子は眠ったままの子供を抱えて、それ以上は何も言わなかった。
何も言わずに、肩に乗せた子供の頭を小刻みに揺らしている。


「言いたい事があるなら、言え。」
儀礼が睨めば、獅子は抱えた子供を示す。
「こいつ、どうする?」
「そっちかよ……。四人部屋が空いてたからそこ借りた。とりあえず、起きるまでは寝かして、その間に栄養剤を点滴しよう。部屋は二階ね。」
口を尖らせてから、諦めたように息を吐き、儀礼は二人分の荷物を持って、階段へと獅子を促した。


*************


「あ。目、覚めた? 大丈夫?」
宿のベッドで2時間ほど眠り続けた子供が目を覚まし、儀礼はその顔を覗き込む。
やはり鏡を見ているように、儀礼によく似ていた。
違うのは、細いと言われる儀礼よりも、さらにやせ細った棒のような手足と、やつれた頬。
そして、儀礼の母と同じ青い色の瞳。自分よりも母に似ているのかもしれない、と儀礼は思った。


 じっとその顔を見ていた儀礼を、子供は警戒したように睨んだ。
しかし、次の瞬間には、何かに驚いたようにその瞳を見開く。
《助けてくれたの》
青い精霊が儀礼たちには聞こえない声で、その子供に伝えたのだ。
「あの、助けていただいてありがとうございます。」
しっかりとした声で、その子は言った。
細いその姿からは想像できない、発声のいい声。


「よかった。大丈夫そうだね。」
その様子に安心して、儀礼はにっこりと微笑む。
足の先まで覆う真っ白な衣と、人には見えない青い精霊によく似た、美しい容姿で。
「とりあえずさぁ、そのまま寝かせちゃったんだけど、泥だらけだから着替えた方がいいと思うんだ。その格好じゃ寒そうだし。僕の服でいいかな?」
持ってきた荷物の中から買ったばかりの服を取り出し、儀礼は起きたばかりの子供に差し出す。


「あ、わ、私は男です! スカートは、はけませんっ!」
がばりと跳ね起きた子供の言葉に、儀礼はパチパチと瞳を瞬く。
子供が着ているのは確かに、一目で分かる男の子の服だ。
「え?」
首を傾げる儀礼の、長過ぎる白衣は一見いっけん、女性の着る裾の長いワンピースの様に見えた。
くくっ、と獅子が堪えきれずに、声をもらして笑い出す。
「え? ……って、僕も男だよ、ほら。」
困ったように眉をひそめ、儀礼は白衣をめくって下のシャツを見せる。
もちろん、胸などあるはずがない。
「あ、えっと。そう、なんだ。その、ごめんなさい。」
慌てたように、頭を下げてその子は謝った。納得するまでに、時間がかかった気はするが。
「いいよ。わかってくれれば。」


 はぁ、と溜息を吐き、儀礼は持っていた服を子供に手渡す。
「僕は儀礼ギレイ。隣りは獅子シシ。ここはフェードのトーエルって町で、僕らはドルエドから旅をしてきたんだ。君を拾ったのはルエンって小さい町だったんだけど、そこに住んでるの?」
「ううん。」
ふるふると子供は首を横に振った。
「旅をしてて、私はシャーロッtっ……、シャーロっていいます。」
一度言いかけた名前を飲み込み、子供は慌てたように「シャーロ」と言い直した。
(今この子、シャーロットって言おうとしたよね……。)
儀礼の頭部に大きな汗が浮かぶ。
その子供の顔を見た時から予想はしていたが、と儀礼は顔が引きつりそうになるのをこらえる。


 『シャーロット』、それは暗殺者に命を狙われる、儀礼にそっくりな少女の名前だった。
そして、そのシャーロットという人物の情報には、なぜか儀礼のデータが上書きされているという。
(うん。それやった人、正しい。確かに、この子よりは僕の方が生き残る確率高いよ。)
ふぅ、と儀礼は目の前の子供に気付かれない程度に息を吐いた。


「シャーロか、言いにくいね。シロでいい?」
にっこりと儀礼はシャーロに提案する。
シャーロは言葉の意味が分からないという風に、儀礼の目を見たまま二度ほど瞬いた。


「お前それ、昔飼ってた狼の名前だろ。」
呆れたように、獅子が口を挟む。
「狼じゃない、犬。」
儀礼はそれが重要なことであるかのように、微笑んだまま訂正する。
「4分の3狼だって団居先生、言ってたぞ。」
「4分の1、犬。」
それが正しいことであるかのように、微笑んだまま儀礼は肯定する。


「……どっちにしろ、何にでも勝手に名前つけんじゃねぇ。そいつ、シャーロって名乗ってるだろ。」
ベッドの上に座ったまま、側に立つ二人の顔を見比べて困るシャーロを指差して、獅子が言う。
「呼びにくいから。」
却下、とばかりに儀礼は口の端を上げ、最上の微笑みを獅子に返した。


 たった一人で旅を続けていたシャーロの、心の支えとなった精霊に、見間違う程そっくりな少年の美しい微笑み。
「あ、あの。私、白でいいよっ!」
悪かった顔色に朱を差して、シャーロは姉の様に慕う青い精霊にそっくりな、儀礼の白い袖を引っ張った。

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