ギレイの旅

千夜ニイ

似ている子供

 儀礼と獅子はフェードの東端に近い、小さな町にやって来ていた。
そこを車でさらに二日ほど東に進めば、大陸を南北に縦断する大きな川に行き当たる。
その川の向こうはユートラスという国だった。いつでも戦争の臭いをちらつかせる不穏な国。
そこに近付くのは得策ではないと、儀礼はこの町を境にフェードの中心部、王都へと進む方向を変えるつもりでいた。


 季節は冬を迎え、冷たい空気が身にしみる寒さとなっていた。
風が、手や顔を凍りつかせるような冷気を叩きつけてくる。
もうじき雪の降る、本格的な冬になるだろう。
あまり防寒の用意をしていなかった二人は、この辺りで長袖やコート等を買い足そうということになった。
前の町では多くの家が壊れたので、自分たちの買い物をするどころではなかった。
衣類は多くあるとかさばるが、さすがに着替えないわけにはいかない。
冒険者としても、管理局の研究者としても、人と接する事のない仕事ではないから。


「ほんとに寒くなったね。」
車を降りると、首元を押さえながら儀礼が言った。
「そうだな。」
薄い長袖一枚の獅子が、とても寒がっているとは思えない口調で儀礼に返す。
剣を背中に背負う獅子にジト目を送りながら、儀礼は獅子の黒いマントを手渡した。
獅子はそれを邪魔そうに片方の肩に引っ掛けた。
(間違ってる、絶対間違ってる。)
そう思いながらも、口には出さない儀礼。
冬場にも、半袖でいるような人もいる、きっと気にすべきじゃないだろう、と。


 獅子の持つ剣はとても目立つ。伝説とさえ言われる有名な物だ。
武器に興味のある者なら、一度はその絵や写真を目にしていることだろう。
獅子自身も、『黒鬼』と呼ばれる猛勇の息子であり、『黒獅子』言う二つ名を持つ実力ある冒険者だ。
光の剣を隠すだけでも、マントは十分に役に立ってくれている。


 町から少し離れた場所に車を止めたので、二人は店のある辺りまで10分ほど歩くことになる。
車は儀礼が呼べばいつでも来てくれるので、立ち寄るだけの小さな村や町では、少し離れた場所に止めることにしていた。
場所によっては、車に乗ってるだけで目を付けられることもある。
今はフェード国内にはだいぶ普及している車だが、それでも持っているのは金持ちが中心だった。


 しばらく行くと、通りの向こう、町の方から子供らしき人影が駆けてきた。
貧しい家の子か孤児か、薄汚れた布切れと、痩せ細った体は誰が見ても正常とは思えないだろう。
そういう子供はどこの町にでもいるが、儀礼は気になって仕方がなかった。
今までに行った町などで、あまりにひどい所には、孤児院や教育機関がっこうなどを建てた。
もちろん維持費なども相当かかっているので、Sランクに見合う額入る儀礼の収入の大半はそれらで消えている。
そういう施設にいる子の中には、殊勝な子がいて、将来働いて世話になった分は返すなどと言うのだ。
だから儀礼は、「金は掃いて捨てるほどある。」と言えるほど稼がなくてはならない。
「研究や冒険者業は趣味だ。」と言い張れるほど楽しまなくてはならない。


※話がそれた。


 儀礼達の向かいから、みすぼらしい子供が走ってくる。
走っているその姿も、ふらふらとしていて、とても苦しそうだった。
何かに追われているのかと思うほど必死だが、子供の後方には追っているらしい者の影も形もない。
儀礼がじっとその子供を見ていれば、一瞬、その子供と目が合った。
深く被った布キレから、わずかに顔が覗いた。
(金髪、青い瞳……。)
一目で、この国フェードの子ではないとわかる。


 その子はアルバドリスクの、それも儀礼の母と同じ、深い青の瞳をしていた。
(アルバドリスクでは、あの瞳を持つ者は大切に扱われるって聞いたけど……今の子は?)
まるで、何かから逃げているような様子だった。
アルバドリスクはユートラスの北側にある国だ。
広い川を国境にして、フェードの北東にある、精霊に守られた国。


儀礼からさえも、怯えたようにその子は、慌てて横をすり抜けて行った。
(気になる。)
少し歩いて、儀礼は振り返る。だが、そこにもうその子共の姿はない。
(大丈夫かな。)


「どうした? はやく買い物済ませちまおうぜ。」
不思議そうに首をかしげて獅子が儀礼を見ていた。
「うん。なんでもない。行こうか。」
(気にしても仕方ないよな。)
以前にも、「全部どうにかしようなんて無理だバカ」と拓に言われた。
そこでどうして拓に言われるのかがわからないが、これ以上バカ呼ばわりされるのは嬉しくない。
バカは獅子一人で十分だから。(←おい)


 紙袋二つ分の衣服をそれぞれ抱えて、車への帰途につく。
車の形が見えてきた辺りで、そのそばに、何かがあるのがわかった。
少し大きな薄茶色っぽい塊。
(なんだろう、爆発物とかだったら嫌だな。)
などと冷静に考えつつ、儀礼は目視できる位置まで足を速める。
「誰かうずくまってるな。」
儀礼よりも離れた位置から獅子が言った。
(あれが見えるのか……。)
ちょっと驚きつつ、「誰か」と言うのに儀礼は眉をしかめる。
「具合、悪いのかな……?」
問いかける儀礼に、獅子が笑う。
「泥棒とか考えないのかよ。でも、動きが鈍いからそうかもな。」
言うと、儀礼を追い抜き、獅子は車へと駆けてゆく。


 後を追い、儀礼も走り出す。冷たい風が頬にしみる。
車に近づき、儀礼の目にはっきりと見えてきたのは、
「子供……?」
さっき見た子供のようだった。
二人の姿を確認したからか、慌てて立ち上がり、逃げようとしてふらつく。
「大丈夫?」
とっさに話しかけ、咎めていると思われては困ると、儀礼は眼鏡を外し表情を見せた。
つとめて静かな声を出す。


 子供が顔を上げた。
年は12歳くらいだろうか。ただ、あまりにも顔色が悪く、やせ細っている。
金色の髪に、瑠璃るりの石の様な深い青の瞳、そして何より――。
観察していた儀礼の前で、その子供は突然、崩れ落ちるように倒れこむ。
儀礼は慌ててその体を抱きとめた。
儀礼の背後から、その子供の顔を覗き見て、獅子は目を見張る。
「……儀礼?」
ハラリと取れた布キレの下の顔に、獅子は思わずつぶやいた。
薄汚れた子供の顔は驚くほど、儀礼に良く似ていた。


 少し悩んだ末に、二人は子供を車に乗せ、とりあえず、その場を出発することにした。
「アルバド人て、母さん以外には初めて見たけど、よく似てるんだね。」
車の後部座席に横たわる子供を運転席からちらりと見て、儀礼は感心したように言う。
「そうだな、俺も驚いた。」
助手席で、荷物に埋もれるように座っている獅子も顔は見えないが、紙袋の動きから頷いているのだろう。
本来後ろに置くはずだった荷物を、急きょ前に移動したので、獅子がそんなことになっている。
オート運転になっているので、儀礼側に少し置いても良かったのだが、一応何かあっても困るのでと、儀礼は全てを獅子に押し付けた。


 運転席から頭を乗り出して、儀礼はもう一度、後部座席を見る。
車の揺れはそれほどないので、下に落ちる心配はないだろう。
ぐっすりと眠る子供は、ピクリとも動かないので、なんだか心配になってくる。
「でも、そのまま連れてきちまって良かったのか? もし知り合いとかいるんだったら……。」
足元に紙袋を押し込みながら獅子が儀礼に聞いてくる。
「もしいたとしても、この状況を見る限り放っておけないだろ。とても面倒見てもらえてるとは思えない。何かから逃げてるみたいだったし。」
不安そうに眉をしかめて儀礼はその子供を見る。
「追ってる者の気配はないぞ。」
「うん。でも逆に言うと、探してる人もいないってことだよね?」
眠っている子供の顔を見つめながら儀礼は考える。


「この子が起きたら事情を聞いてみよう。倒れるほど衰弱してるんだ、今は休ませてあげたい。知り合いが居るって可能性も考えて、今日は近い所にある大きな町で宿を取ろう。人がたくさんいる方が目立たないから。」
くるりと前に向き直って儀礼は獅子に言う。
荷物から頭だけを出した状態で、今度は儀礼にもはっきりわかるように獅子は頷いた。

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