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ギレイの旅

千夜ニイ

デザート(Desert)

「おい、マスター。新しいパーティを登録したい。」
ギルドの受付けの男に、クリームは束ねた書類を差し出す。
言葉は乱雑だが、その差し出された書類には両手が添えられている。
「パーティ登録かい? お嬢さん。珍しいね、いまどきパーティに名前を付けるなんて。長くやるつもりか?」
感心するようにうなずきながら、老齢の男はクリームの書いた書類に目を通す。
「う~む。ほとんどの人が冒険者ライセンス持ってないじゃないか。ライセンスを取るとこから始めるのか?」
男は今度は、驚いたように目を開く。


「ああ。それは仕方ないんだ。でも、必要だから。」
鋭い目を少し和らげて、クリームが笑えば、男は納得したように微笑み返す。
「そうかい。」
その書類を機械にかけながら、男は別の書類を揃え始める。
「ライセンスを取るのはいつにする? 今日だったら、たまたま空いてる人手があるからまとめて受けることもできるぞ。」
書類にペンを走らせながら受付けの男は言う。
「ああ。それは助かる。」
男に気付かれないように、クリームは笑う。それを知っていて、ここに来た。
いや、少し表現が違うか。
まとめてライセンスを取るために、クリームは今日、ここに暇な人手を集めてもらった。
クリームに連絡を取ってきた、怪しい怪しい、情報屋に。


「しかし、すごいね。お嬢さん。私でも『砂神の勇者』は知ってたけど、まさかこの人の――」
言い掛けた男の口に指をあて、薄い笑みと共にクリームは黙らせる。
「それは極秘扱いにしてもらいたいんだ。できるよ、な?」
にっこりとクリームが笑えば、男は年甲斐もなく戸惑ったように呆ける。
クリームの後ろにはいつの間にか、気配を消した仲間が立っていた。
年頃はクリームに近い者が多いが、体格も性別も、見た目も異なる男女7人。
背の高い者、髪の長い者、美しいボディラインを持つ者や、子供のように小柄な者など、様々だ。


 当面のところ、それがクリームに動かすことのできる人員となった。
そのほとんどが、クリームの元いた暗殺組織から『拾ってきた』者達だった。
ただ一人、頬のこけた30代の男を除いてだが。


 守りたいと、そう思えるもの。
闇の世界に居たクリームが、儀礼から与えられた形のない『温かいもの』。それを増やす存在。
逃亡する生活の中、残虐性を放ち執拗にクリームを追っていたその刺客たちを、クリームは一人も殺していなかった。
その頃のクリームには力が足りず、追って来る者を殺さないためには、追い払うのが精一杯だった。
追って来ては何度も出会う者がいた。「まだ、生きていたのか」とそう言う者達。
クリームの生きる道を確認するように。自分の生きる道を探るように。
抜け出したいと思っていたのが、クリームだけではないことを知った。


 その道をクリームは作りたかった。
温かいと思えるものを確かにし、増やす道。
自分一人では力が足りないと気付いたクリームは、その連中を完膚なきまでに叩き伏せた。
そして問う。
「あたしに着くか、今の道を進むか決めろ!」
一つにあわせた砂神の剣を突きつければ、彼らは迷うことなくクリームを選んだ。
『砂神の勇者』の進む道を。




*************************


 クガイは自分を治療するためだけに治癒魔法を覚えた。
それまで、自分を治すためにだけにしか、その魔法を使ったことはなかった。
ところがその日、クガイはその回復魔法が効かないほどに、魔法を発動することができないほどに、痛めつけられた。
指の一本も動かすことができない。
たった二月ふたつき前までは同じ程の強さだった相手に、歯がたたなかった。
もう間もなく死が訪れるだろうことが、クガイにも分かっていた。
目の前が暗くなっていく。音が耳鳴りの様に大きくなり、そして遠ざかっていく。


 暗い、真っ暗な闇の中に落ちていく気がして、死など恐れなかったクガイは、全てが無になる恐怖に震えた。
(死の間際になってようやく、人間らしい考えを持ったと言うのか。)
(大勢の人間を殺しておいて、今さら自分の死を恐れるとは。)
虚しい思いに揺られながら、しかし、クガイの思考はさらに鈍くなっていく。
間もなく「死」になろうとしていた。


「しょうがないな。」
声がした。
暗い視界に一点の光。
その光がしだいに大きくなる。
幾本かの光の筋を背に、薄い茶の髪と白いマントがクガイの視界に映った。


 クガイの意識がはっきりとすれば、その体はすでに手当てされた後だった。
まだ戦うことはできないが、動くことぐらいはできる。
「なぜ、助けた。」
驚きと困惑で、クガイは自分を助けた少年を見やる。
薄い茶色の髪に、同色の瞳。鋭い眼つきに、目に眩しい白いマント。
クガイはその少年の命を奪いに来たのだ。
同じ組織にいた元仲間で、今は組織を抜けた裏切り者。
今までにも、何度かクガイはこの少年に挑み、手ひどい痛手を負って逃げ帰っていた。
しかし、今回は今までになく力の差を感じた。
手ひどいで済まない、命に関わる傷を負った。


「死なれては困るからだ。俺が……。」
鋭い目でクガイを睨む様に、少年、ゼラードが言う。
仲間である時にも何度か話した。
しかし、他人を心配するような奴ではなかった。ゼラードに限らず、組織に居るもの全員がそうだ。
「仕えたい人がいるんだ。そいつのため以外で、あたしはもう人を殺さない。」
遠く、どこか遠い空を眺めてゼラードが言った。
幾度も会い、幾度も戦った少年が、初めて少女だったとクガイは気付いた。


 光を映しこむ透き通る瞳、紅を塗ったかのように赤い唇。
マントの下の、柔らかそうな細い身体からだ
(何を考えているんだ。)
自分に呆れるようにして、クガイは自らに向けて回復の呪文を唱えた。
その細い身体を、クガイは武器で切り裂く為にここに来て叶わず、死にかけたというのに。
「……あたしと、一緒に来ないか?」
遠い空を見ていた少女がクガイを振り返る。
「楽な道ではないけどな。」
クガイに笑いかけ手を伸ばしたのは、もう見間違えることもないであろう、少女の顔をしたゼラードだった。


 その後、ゼラードが仕えたい主と言うのが、男だと発覚し、複雑な心境になるクガイだった。


「殺す直前まで追い詰めて、よく言う!」
以前と同じような内容で、十代前半の少年がゼラードに食ってかかっていた。
そう言いながらも、その小さな少年も死の間際にゼラードの手を取ったのだ。
「だから、治療のできるクガイを仲間にしてあるだろ。」
そのゼラードの答えも、この前のマフレとのやり取りと同じ。
この先に来る言葉を知っているクガイは、今回は黙りこむ。
「治療のために、こいつを呼んだのか?」
その小柄な少年が、クガイを指差し、しなくてもいい質問をした。
複雑な表情でクガイは、その先の言葉を言うであろうゼラードを見る。


「悪いな、あたしはそういう計算高い人間なんだ。」
クガイと目が合えば、悪びれもせずゼラードは、いや、クリームは自信あふれる笑みを浮かべた。
「……悪くは、ない。」
その笑みにつられて、クガイの口も知らず、緩やかな弧を描いていた。


 心の乾いた者ばかりが集う『Desertデザート』、砂のうみ
そこに、今日もまた、砂漠の王が甘い潤いをもたらす。


 ギルドには時折、パーティ名を名指しした依頼が入る。
Dessertデザート』。
クリーム・ゼラードへの依頼書は、かなりの確率でパーティ名が間違って書かれている。


*************************


 冒険者ギルドに新たに登録された名を持つパーティ。
『デザート』。
そのトップとされるのは『砂神の勇者』と呼ばれる女性。
まだBランクのその少女は、数ヶ月前に冒険者ライセンスを取ったばかりの新人であった。
しかし、少女の連れるメンバーは誰もが凄腕。実力だけを言うならば、全員がAランクに相当していた。
そして、パーティ作成時に『砂神の勇者』以外の全員が、冒険者ライセンスを持っていなかったという異常さ。
よって、現在そのパーティのランクはB。
ほぼ全員が新人冒険者だというのに、そのランクがBという信じられない現実。


 その非現実のパーティを現実と認めさせる要因が一つあった。
それは極秘扱いの情報。そのパーティがSランクの研究者『蜃気楼』の下部組織であると言う事だ。
今まで、Sランクという位置にいながら、配下を持っていなかった『蜃気楼』。
だからこそ、その『デザート』の登録により極秘を知る冒険者たちは納得した。
蜃気楼は配下を持たなかったのではなく、見えない組織として動かしていたのだと。


 それが、なぜ今になって組織を視覚化させたのか。不思議なところでもある。
下部組織『デザート』の反乱だと言う者もあれば、『蜃気楼』の企みであると言う者もあり、別働隊を手に入れたからだ、などという噂もたった。




********************


 大勢の冒険者が席を埋める、ギルドの中の酒場の一席。
「何? デザート? 僕いらない。」
口を押さえて、儀礼は顔を青くする。
「ギルドで注文すると出てくる。」
獅子はそんな儀礼をからかうように笑って言う。
先程、利香に無理やり甘いものをたらふく食わされた儀礼に。
案の定、話も聞かずに儀礼は、逃げるようにギルドを出て行った。
「クリームって『勇者』がな。」
それを見送って呟いた獅子の言葉を聞き、すぐ側で気配を消していた少女は苦笑する。
「ほんとに気付かないんだな。」
「所詮、冒険者ランクDだからな。」
知らないところで二人の友人に遊ばれている儀礼だった。

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