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ギレイの旅

千夜ニイ

ヒガの蒼刃剣(ソウジンケン)

「あてじ?」
なんだそれは、と宝石をしまった儀礼に、今度はクリームが問う。
「当て字? ん~と、無理やり読むとか、音に無理に字を当てはめるとか。」
「目玉焼きだって、目玉みたいに見えるから目玉焼きだろ。本当に目玉を焼いてるわけじゃねぇ。」
儀礼が考えながら答えていれば、その目玉焼きをつつき、一口で胃袋に収めながら獅子が言った。
「今、その話はやめろ。」
クリームが真剣な顔で獅子を睨む。
「ゼラ、やってみた――」
クリームに向かって、何かを言い掛けたランジェシカの口を、いつの間にか席を立ち、その背後に回っていたクリームがふさぐ。
「だまってろ。」
低い声でクリームは言う。
きょとんとした顔で、口をふさいだクリームを見上げるランジェシカ。
世話を焼く姉と、マイペースな妹。なんだか姉妹のようだ、と儀礼は微笑む。


「焼くんじゃないけどね、マグロって言う大きな魚の目玉を、醤油と生姜とみりんなんかでことこと柔らかくなるまで煮るとおいしいんだって。」
ランジェシカに向かい、にっこりと笑って儀礼は言う。
「お前、あたしがこいつを黙らせた意味がなくなるようなことを」
クリームが頬を引きつらせる。
「でも、食は人間の文化の一つだよ。シエンでは熊もカエルも、鹿も狸も狐も兎も野鳥も食べるし。」
言って、儀礼は口元を押さえた。
「普通だろ、それ。」
当たり前のことの様に獅子は言う。
しかし、旅に出てから、食卓に熊の肉が出てくることはない。
「ほとんどの動物が雑食だよ。何食べてるかなんて、わかんないよ? 野生の動物は、死んだ生き物とかだって食べるんだから。」
はぁ、とため息のようなものを吐いて、儀礼はしぶしぶと野菜の煮物を一口かじる。


 そんな儀礼を、ランジェシカがじっと見ていたのに気付く。
「マグロは、僕も食べたことないけどね。海にいる大きな魚なんだって。ランジェシカさんよりもっと大きいかもね。」
両手を大きく広げて、儀礼は楽しそうに笑った。
「……ランジェシカ。」
ランジェシカが呟いて、クリームの手を抜けるように、するりと立ち上がった。
「ランジェシカ? って名前だよね。僕、間違えた?」
儀礼は小首をかしげる。
ふるふるとランジェシカは顔を横に振る。長い三つ編みが右に左にと跳ねた。
音もなく、ランジェシカは儀礼の目の前にまで移動していた。
儀礼と獅子の椅子の間に立ち、儀礼の両頬を包み込むように押さえている。
「え? あれ? 今、移動、したんだよね。」
儀礼は顔を固定されているため、視線だけをまだクリームが立つランジェシカの座っていた椅子へと向けた。
「速いな。」
そう言いながらも、獅子は特に気にした様子もなくポテトフライをつまんでいる。


 ランジェシカの手が、儀礼の顔を真っ直ぐに向き合わせる。
その力に負け、儀礼は視線を、ふんわりとした雰囲気のランジェシカへと戻した。
真っ直ぐに儀礼を見つめる瞳は、光を全て透過させてしまいそうなほど透き通った薄茶色。真っ白な肌と、鮮やかなカレンデュラの花びらのようなオレンジ色の髪。真っ直ぐに通った鼻すじ、その下で、ピンク色の唇が微笑む。
「あなたが死んだら、首、もらっていい?」
うっとりとした目で儀礼の瞳を覗き込み、ふんわりとした声で、ランジェシカは儀礼の頭を強く引く。
鼻と鼻がぶつかるような距離だった。
「だめっ」
目の前にいるふんわりとした美少女に、儀礼は目に涙を溜めて答えた。
「僕が死んだらシエンに埋めてっ!」
切実な思いを込めて、儀礼は、ランジェシカの向こうにいる獅子へと呼びかけた。


 諦めたようにランジェシカは儀礼の顔から、そっと手を放した。だが、その顔はまだ微笑んでいる。
「ラン。お前、成長したな。」
クリームが感激したようにランジェシカを見ている。
「あたしには、『死んで、その眼、ちょうだい』って言ったもんな。いや、あの時はマジで危なかった。」
そんな台詞とは似合わない笑顔で、クリームはランジェシカに笑いかけている。
「ゼラも、キレイ。」
ふわふわと、漂うようにして、ランジェシカは自分の席へと戻っていった。
長い三つ編みに結ばれたリボンがひらひらと揺れていた。


「……お前を埋めるのは、やだな。」
食べ続けていた手を止めて、ポツリと獅子が言った。
「大丈夫、その頃には僕、おじいちゃんだから。」
何が大丈夫なのか本人にも分からないが、浮いた冷や汗を拭きながらそう言って、儀礼はにっこりと笑う。
「獅子、長生きしそうだし。」
「そりゃ、お前だ。」
獅子は儀礼の額を拳で小突いた。
「僕は、獅子は埋めないよ。そんな歳じゃきっとスコップも持てないし。ひ孫にでも埋めてもらうんだね。じいさん。」
痛む額を押さえながら、にひひ、と儀礼は笑った。
「誰がじじいだ。」
文句を言いながらも、獅子は食事を再開する。


 復讐に来た『ヒガの殺人鬼』との戦いで獅子は死にかけた。
黒鬼に恨みを抱く者はきっとまだいる。『黒獅子』が『蜃気楼』の友人であるとも世間に広まっている。
自分のことに関しては、巻き込んでしまった、と儀礼は思っている。
(『親死ぬ、子死ぬ、孫が死ぬ』死は不吉な言葉だけど……。)
それは、誰にでもかならず訪れる別れだから。
儀礼は、おのずと二人の『Sランク』の下についてしまった少年を見る。どちらの敵からも狙われる存在。
(ひ孫が生まれて、育つほど永い未来まで、生きてくれ我が親友。)
絶対言わないけどな、と心の中だけで唱え、儀礼はいたずらな笑みを浮かべた。


 その時、室内の空気が変わった。
『ヒガの殺人鬼』が目を覚ましたのだ。
全員が一気に警戒したようにそれぞれの武器に手をかけた。
そんな戦闘員を尻目に、儀礼はベッドに横になったままの男に近付く。
そして、儀礼は男の隣りに立ち、パチンと顔を挟むようにして、自分の両頬を叩いた。
「!!」「何してんだよ……」
いきなりの意味不明な儀礼の行動に驚き、呆れる面々。
ヒガの殺人鬼もいきなり近寄ってきた人物の挙動に目を丸くしている。
「ごめんなさい。僕、あなたのお父さん埋めました。」
頬を赤くし、目に涙を浮かべて、儀礼はベッドに寝ている男の横で深く頭を下げた。
「「……」」
さらなる困惑が室内を包んだ。


「いきなり、お前、何言い出してんだよ。こいつの親父が死んだのは14年も前だぞ!」
理解できないという顔で、獅子は儀礼の腕を引く。こんな時に、冗談にもならないことを言うのは趣味が悪すぎる、と。
「その、正確に言うと僕が見つけた時にはもう骨だったんだけど……。」
言いにくそうに、儀礼は顔を伏せ、伺うように目線だけを上げ、獅子とヒガの殺人鬼を見る。
「どういう意味だ?」
眉をしかめて、しわがれた声で殺人鬼が問いかける。
「シエンの山の中で、たまたま見つけて。僕は9歳位だったんだけど。そのまま、土に埋めました。花も添えたんだけど、すぐ野うさぎとかに食べられちゃうからあんまり意味がなくて。ごめんなさい。」
何に対して謝っているのか、儀礼自身にも分からなかったが、伝えなければいけないと思った。
そして、何かに対しての後ろめたさがそこにはあった。
「……弔ってくれたのか?」
男は怒ってはいなかった。驚いたように呆然と儀礼の顔を見つめている。
男が逃げるために盾にした父親の亡がら。
無駄死にだと、ヒガの住人に言われ、息子からも見捨てられた哀れな存在だった。


「そんな立派なものじゃないんです。ほんとに、ごめんなさい。ただ放置するよりはと思って。」
儀礼は勇気を振り絞るように拳を握り締める。
「骨には致命傷になる傷が二つあって、ずっと不思議だったんです。それ以外の人は皆一撃だったのに。重気さんが死んだ人にさらに攻撃するとは思えないし――」
震えそうな声を儀礼は拳を握り締めて制御していた。村の人にはずっと黙っていた儀礼のしたこと。
山や森で遺体を見つけては墓を掘って埋めていたのだ。
それは一人で、いや、怖いのでずっとモニター越しに穴兎に話しかけてもらいながらの作業だった。
「二つある傷、か。そう、それこそが――」
男が口をゆがめる。それこそが男が父の亡がらを盾にした醜悪で無様な証。
しかし、儀礼の口からもたらされた言葉は違っていた。
「あなたを守ったからなんですね」
儀礼は言った。温もりのある声で。
その言葉に、男は耳を疑う。何か、勘違いをしているのだと。
「奇跡、みたいに。わからないけど、死んだはずのその手が重気さんの拳を掴んだみたいなんだ。骨の両手は粉々に砕けてた。右胸に空いた上から斜めの傷。自分より小さい者を守ろうとしたからだったんだ。」
急所でもない場所に、死んだ者への攻撃。シエンの戦士としてなら、やらない行動。
それが、見てきた事実であるかのように儀礼は語る。
男の心臓を斜めに指差して、儀礼は微笑む。
「ほら、ぴったり。」
そこには古い傷があった。死のギリギリで逃げ出したあの日に男が負った傷。
男の脳裏に、あの日の最後に見た父の背中が浮かんだ。掴み上げた父親の体は、確かに両腕が垂れ下がってはいなかった。
父親は死んでいた。それは間違いない事実だった。
死後硬直のせいかもしれない。ただの偶然だったのだろう。けれど……。


「『ヒガの蒼刃剣ソウジンケン』。あなたのお父さんのことでしょう? 僕、見たよ、その剣。青い綺麗な刃をしてた。」
その綺麗な色を思い出して、儀礼は瞳を輝かせて言った。
「獅子倉の道場にあったよ。重気さん、倉庫の中、好きに調べていいって言ったもん。」
儀礼は今度は獅子に向かって笑う。
獅子倉の道場に併設された倉庫。儀礼はそこを武器庫だと思っている。
そこにある物を調査したいと言えば、子供のすることと考え、「勝手にやれ」と重気は言った。
武器に残る血液、指紋、汗、握りの癖、欠けた部分、そんなこと本格的に調査するとは思いもしなかったことだろう。

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