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ギレイの旅

千夜ニイ

マフレの見た魔法(MAGIC)

 マフレは、儀礼が『ヒガの殺人鬼』に対峙した時、その戦いを見た。


 『黒獅子』と『蜃気楼』がほぼ同時に姿を消した後、二人を探していたマフレたちだったが、クリームが目的の二人よりも先に組織のボスという人物に行き当たった。
その男も『蜃気楼』を探していたらしい。
「氷の谷」という人を生きたまま凍らせたような人形にする技術を手に入れるために。
その組織は本来、個人で相手をするような敵ではなかった。
こちらも相応の組織を組んで向かい合うべき、大きな組織。
『手を貸してくれ。』
そう、クリームは言った。
当然、その組織は四人で特攻するような相手ではない。
しかし、マフレたちは四人でその巨大な施設へ潜入し、2、3時間のうちに全てを破壊した。
後には、警備兵に運び出される大勢の倒れた男たちと、辺り一体の建物が消えた砂の海ばかりだった。


 それから四人はそれぞれに別れ、元の通り『黒獅子』と『蜃気楼』を探した。
黒獅子を一人にするなと任されたのに、見失った失態に、マフレは名誉挽回のために探し回った。
クリームたちに自分が劣ると思われるのが嫌で、悔しいような苛立ちから必死に走った。
そして、最初にその場に辿り着いたのだ。


 マフレが到着した時には、黒獅子はすでにボロボロで、生きているのが不思議な位だった。
その、死にかけた黒獅子を守るように紫色の障壁が覆っていた。
属性不明と言われる紫色の魔力、その障壁をマフレは見たことがなかった。
そして、剣を構えた『殺人鬼』を見据え、何かの呪文を唱える『蜃気楼』の姿。
本当なら、マフレもすぐに戦闘に参加するべき状況だった。なのに――。
「何、あの呪文。聞いたことない。それに、あんな障壁も知らない。なんなの、この魔力は……。」
呟くように言うマフレ。二人の危機であることはわかっていたのに、マフレは動けなかった。
足の竦むような、味わったことのない恐怖。
儀礼の掲げる白い光から、マフレは膨れ上がり襲い掛かってくるような強大な魔力を感じ取っていた。


 しかし、『ヒガの殺人鬼』はその詠唱を恐れることもなく、儀礼との間合いを詰めた。
何をしようとしているにしても、『蜃気楼』がその未知の魔法を発動させる前に、男は剣を振り抜く。
黒い土砂で町を埋めるような、闘気の力で肉体を切り裂くような強力な一撃を放てる『殺人鬼』。
(このままじゃ、『蜃気楼』は死ぬ。)
ようやく理解したのか、マフレの足は慌てて走り出し、『蜃気楼』に障壁を張るためにマフレは呪文を唱える。
障壁の発動は男の攻撃に間に合うかどうか、ぎりぎりのところだった。


 そんな時なのに、『蜃気楼』の口元が笑った。
直後に男が倒れ、マフレは呪文を唱えかけだったことも忘れて、立ち尽くしていた。
蜃気楼の手元からは白い光が消え、同時にマフレの心から恐怖が消えていた。
蜃気楼の放った白い強大な魔力に対しても、驚異の強さを見せた男に対しても、そしてなぜか、『仲間に見捨てられる』という苛立ちすらも消え去っていて、消えて初めてマフレは自分が感じていたその恐怖を認識した。
(なんでだろう。こいつは、私たちを見捨てない。)
倒れた男が生きているのを見て、自分でも不思議に感じながら、マフレはそう思った。


「これ、マジックの基本。」
いたずらな笑みで瞳を輝かせる少年。
(そんな魔法マジック、私は知らない。)
知識としてマフレが調べ尽くした魔法の情報の中に、その魔法はなかった。
現代にも、古代にも。


 『仲間を倒した相手に、笑みを浮かべて対峙する。』
それはマフレたち、組織の人間と全く同じ表現なのに、違う光景を見せる言葉。


マフレたちにとって組織を抜ける裏切り者はいい標的だった。
誰が最初に狩れるか。それは楽しいレースだった。
次々と刺客を倒す強さを持ったクリームに。
仲間そいつを倒した強い敵、お前を殺すのは私だ、と。
『仲間を倒した相手に、笑みを浮かべて対峙する。』
同僚なかまのことなどマフレたちにはどうでもよかった。


 仲間そいつには手を出すな。お前の相手は、僕だ。
ほらここに敵がいる、と少年は砂上の楼閣を見せ付ける。
冒険者ランクD、見せ掛けだけの強さ、そのはずなのに。
『仲間を倒した相手に、笑みを浮かべて対峙する。』
砂漠に浮かぶ蜃気楼、挑んだ相手を空から見下ろす。そして攻撃する手は見当違いの場所にある。


 全てを否定するマフレたちに対し、全てを包みこむ、光が生み出した幻のように、あたたかく優しい情景。
『蜃気楼』本人には、戦闘能力があるようには、全く見えない。
弱い外見そとみに強い中身。なんだかちぐはぐな、届きそうで届かない。幻なのに、実在もする。
その魔法は敵も味方も殺さなかった。


 古代にも現代にもどこにも記されていない、でもその魔法をマフレは知っていた。
三日前、命を狙ったマフレに対し、クリームが同じ魔法マジックを使ったのだ。
襲い掛かったマフレを打ちのめし、一緒に来いとその瞳が呼んだ。
マフレたちのいた暗い世界から光の道へ、『砂神の勇者』がはしごをかけた。


 命を狙った者たちが同じ部屋の中で、一緒に食事をする不思議。
今また、マフレの目の前で発動した一つの魔法。
儀礼のたった一声で、獅子を覆った強固な薄い紫色の障壁。
「それ。何なんだ?」
マフレは食事の手を止めて儀礼に聞いた。
「何って。僕も詳しくは知らないんだ。多分、精霊??」
首を傾げながら儀礼は言う。戦闘中とはまるで別人の、幼い少女のような表情かお
「なんか、石の中から力貸してくれる、みたい?」
また、逆の方に首を傾げて儀礼は言う。
その魔法は使った本人にも、よく分かっていないようだった。そんなものに、仲間の命を預けた少年。
「多分って、なに。でも精霊ね……。なるほど。納得といえば納得か。」
何度か、小さく頷いて、マフレは笑った。『蜃気楼』の仲間は人間だけに留まらないらしい、と。


「石って……そうだ、儀礼コレ。」
獅子が思い出したように、ポケットの中から宝石を出して儀礼に渡す。
「あ、トーラ。ありがとう。」
笑って、儀礼は宝石に向かって感謝を述べる。
「おい、俺にじゃないのか。」
獅子がおかしな笑いを浮かべている。
しかし、宝石は儀礼の言葉に答えるように、薄っすらと紫色の光を放つ。
「ありがとう。」
今度は獅子に対して、儀礼は微笑む。


「お前。それ、ワイバーンの瞳ってやつだろ。そんな高価な物、簡単に人に渡すな!」
光を放つ宝石を見て、獅子が怒るように儀礼に言う。
「知ってるんだ。いいでしょ。僕の宝物♪」
嬉しそうに宝石を見て儀礼は笑う。
「『翼竜の狩人ワイバーンハンター』って人にもらったんだ。」
にこにこと嬉しくてたまらないというように儀礼は言う。
「今回は獅子の命の恩人だね。」
宝石を恩人と表現するのかはわからないが、儀礼が話しかけるたびに、その宝石は淡く光る。
「『翼竜の狩人ワイバーンハンター』! お前、会ったのか?! いつ!?」
驚いたように獅子が儀礼の服を掴む。まるで胸ぐらを掴み、締め上げるように。
「獅子、その二つ名も知ってるんだ。残念、もらったのは結構前なんだ。ドルエドにいたころ。今度会わせてあげるよ。」
その締め上げるような獅子の態度が当たり前の行動であるかのように、儀礼は慣れた様子で笑って言った。
納得したように獅子は儀礼の服を放す。
「俺の予想では、長年ワイバーンを倒し続けてる、屈強なじいさんだな。」
数多の冒険者たちがその討伐数で敵わないという狩人。その想定はおかしくないはずなのに――。
「あ、はははっはは。」
儀礼が顔を真っ赤にし、腹を抱えるようにして笑い出した。
「何だよ。何がおかしいんだよ!」
獅子が怒り、儀礼は涙を浮かべて笑うのをやめた。
「ごめん、だってっ。会えるの楽しみにして。」
にっこりと笑い、小さな声で儀礼は言った。


「トーラって、その宝石の種類なのか?」
話の流れを見守っていたマフレは、眉をしかめるようにして疑問に思ったことを儀礼に聞いた。
獅子を囲んだ障壁と、同じ色に光るそのワイバーンの瞳から、マフレは強い魔力を感じていた。
普通の宝石にはない魔力の動きを。
「種類っていうか……この子の名前?」
儀礼はまた、首をかしげる。
「またお前は何にでも名前を付けて。」
呆れた様子で獅子が言う。
「うー。だって、そう読めたらつい。光の加減でカッティングの形が、上向き矢印の『戦いの神ティール』、と底辺のない三角『水の女神ラムダ』に見えて。思わず『↑Λ(トーラ)』って読んだら光って……以来、消えないんだ。中の文字。」
儀礼は宝石の中に刻まれたと言う、小さな文字を覗き込んでいる。
「どっちも時代も国も違う文字だから、当て字みたいなものなんだけどね。」
質問したマフレに対し、儀礼は困ったような照れたような笑みで答えた。
頬を赤らめた、少女のような可憐な姿。


 『戦いの神ティール』に『水の女神ラーグ』、そして高い魔力を誇るワイバーンの瞳。
さらっと言ってのけた儀礼に、マフレは思わず持っていたナイフとフォークを落とした。
この少年は、種類の違う古代の文字を使って、ワイバーンの瞳という強力な魔石に、魔法石としての力を刻み込んだ、とそう言ったのだ。
それも、それが何事でもないといった様相で。
 それは、古代に遡っても存在しない技術だった。
そして、石の中にいて力を貸すという精霊、『トーラ』という存在を、儀礼は石と同じ物として呼ぶ。
では、その精霊はいつ、どうやってその石に宿ったのか……。


 マフレは恐怖する。
歴史上に存在しない魔法(MAGIC)を次々と生み出す、賢人(MAGI)でありながら、『自分の非常識さに気付かない』という致命的な欠陥を持つ、蜃気楼(MAdoi.GIrei)と言う存在に。

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