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ギレイの旅

千夜ニイ

お昼時

 廃墟となっていた場所から、儀礼達は管理局へと場所を移した。
眠ったままの『ヒガの殺人鬼』も儀礼が頼み込みそこへ運んでもらった。
管理局で新たに借りた、広い部屋で簡易ベッドに眠る男を警戒しながら、儀礼達は話を続けていた。
今回の件に関する状況の収拾と、これからどうするのかということを。
時刻は昼過ぎになっていた。丁度いいと、食堂に頼んで適当に運んでもらい、全員で昼飯を囲む。


「あの男、放置しておけばよかったんじゃないか? 連れてきて、目を覚まして暴れたらどうすんだよ」
眠り続ける『殺人鬼』を横目に見て、呆れたようにクリームが言う。
その手にはフォークに巻かれたミートソーススパゲッティー。
「あの怪我だから、動けないと思うけどな。もしあいつが回復してシエンに行くって言うなら俺は止める」
光の剣の鞘を左手に握ったまま獅子が答える。
その右手には大盛りビーフシチューに突き立てる、木製の大きなスプーン。そのまま、山のような一さじを口の中へと運ぶ。
獅子の食べるシチューの周りに目玉焼き、大盛りライス、から揚げ、ステーキ、ポテトフライ、野菜サラダ等々……運ばれてきた物のほとんどが並んでいる。
「こんな寒い中、あの怪我で外に放置したら死んじゃうよ。確認したいこともあるし。それより、一体何がどうなってるの?」
怪我した分の回復を図るようにがつがつと食らい尽くす獅子に、隣の椅子で儀礼は逆に食欲をなくし、頬を引きつらせていた。


「どうなってるって、ちゃんと説明したろ。お前を狙ってる奴と、黒獅子を狙ってる奴がそれぞれいて、倒した。お前を狙ってる方は組織だったから、壊滅させた。」
それが、日常会話の一つででもあるかのように、クリームは巻いたパスタを小皿の中の溶けたチーズに付けながら言う。
黄色一色の中に、赤いソースが混じった。クリームは気にせず、それを熱そうに頬張る。
「そう、だけど。だったら僕に一言教えてくれればいいじゃないか。そんな少人数で大きな組織に挑むなんて……。」
不満そうに儀礼は頬杖をつく。
「少人数というか、ほとんどラン一人で潰したぞ。」
言って、クリームはオレンジ色の髪をした少女を見た。儀礼もつられてその少女に目を移す。
儀礼の真向かいに座る、長い三つ編みにリボンを付けた、上品と表現できそうな少女。
少女は、儀礼の視線に気付き、手に持っていたサンドイッチを丁寧に皿の上に置いた。
少し垂れたように見えるおとなしそうな薄茶色の瞳、細い頬と顎のフォルムの中に、ピンク色の唇が優しい角度で微笑んでいる。
「ランさん……? 強いんだ。」
冷や汗を流しつつ、儀礼は少女に微笑む。
「ラン・ジェシカ」
ふわりとした優しい声で言い、ランジェシカはさらに花の綻ぶように微笑みを深めた。


「ラン・ジェシカさん。僕はギレイ。よろしく。」
テーブル越しに、儀礼は頭を下げる。
その下げられた頭をじっと見て、何も答えず、ランジェシカはただうっとりしたように儀礼の動作を見つめる。
「えっと。他の二人は。」
何か、居心地の悪さを感じて、儀礼は残りの二人について、クリームに訊ねる。
ランジェシカを挟んで座る二人の男女。頭全体をすっぽり覆うような、白い帽子を被った青い目の男と、短めの黒い髪に軽い鎧とマントを着けた青い目の女性。
男の方は儀礼の事など無視するかのように3つ目の茶碗蒸しをすくっている。
「こんなうまいもの初めて食べた!!」
と、なんだか感激しているので、儀礼はそっとしておいてあげることにした。


「男の方がクガイだ、魔法で武器を作り出す。雷撃効果の槍や、回復魔法も使える。女の方はマフレ。攻撃型の魔法使いだ。移転魔法も使えるが、精度が悪くてな。本人と他二人くらいしか運べない。」
笑うようにクリームがマフレを見れば、「使えないあんたよりは、ましでしょ」と肉を切っていた手を止め、女性は笑い返す。
そこに、いがむ様な気配はなかった。クリームも楽しそうに笑い返している。


「仲良しなんだね。」
にっこりと儀礼が笑えば、意外なことを言われたという感じに驚いて、二人が同時に儀礼を振り返った。
「三日前に殺しかけた相手をそう言うならな」
「三日前に殺されかけた相手にそう言えるならな」
クリームとマフレ、意味深に笑う二人の言葉は同時に発され、ほぼ揃っていた。
その微妙な違いを聞き取ってしまった儀礼の額には冷や汗が浮く。
「仲良しだね。」
むしろそれを願って、儀礼はもう一度言った。


「『蜃気楼』、お前、全然食べてないんじゃないか?」
マフレが儀礼の手元を見て言った。
「あの、ギレイです。ギレイ・マドイ。よろしくお願いします。」
誰が付けたかもわからない二つ名、『蜃気楼』を名の変わりに呼ばれることに少し抵抗を感じて、儀礼は名乗る。
「毒の心配でもしているのか?」
にやりとおかしそうに笑って、茶碗蒸しばかり食べていたクガイが儀礼を見た。
「そんな心配――」
「どれ?」
そんな心配をするわけない、と言おうとした儀礼の目の前の深皿から、野菜の煮物が一つ、クリームの口の中に消えた。
「大丈夫だ。毒はねぇ。」
確かめるように口の中で味わって、飲み下してからクリームは笑う。
「大丈夫って、っ……そりゃ、毒なんか入ってるわけないけどっ!!」
息を飲むようにして、儀礼の言葉は詰まった。
儀礼の顔からは血の気が引いていた。
「わかってても、するなよそんなこと! もし本当に、万が一、毒が入ってたらどうするんだ。」
椅子から立ち上がり、テーブルを叩くような勢いで儀礼は手を着いた。
そんな儀礼を、きょとんとした様子でクリームは見上げる。
「あたしら、大抵の毒には耐性あるぞ。」
当たり前のことの様に、残りの三人をも示してクリームは言う。


「それでも、もし抗体のない毒だったらどうするんだよっ! 僕の食べ物に混ぜるような物なら開発直後の新種だっておかしくないんだっ!」
クリームたちを睨み付ける儀礼の顔は蒼いまま、目から涙が零れ落ちないのが不思議な位に表面張力が張り切っている。
そんな儀礼を見て、クリームは笑う。
「心配すんなって。毒なんか、入れられる前に気付いてやるよ」
「解毒の魔法もあるしな」
クリームが言えば、その隣りでクガイが頷く。
「なきむし、さん」
儀礼の目元を指差して、ほわりと微笑むランジェシカが囁くような声で言った。
自分より年下っぽい少女の指摘に慌てて、儀礼はその目元を拭う。
そして、ぺしゃりとテーブルの上に突っ伏した。
「やめてよ、もう。本当に。はぁ、寿命が縮んだ。」
「縮む寿命があるならいいじゃない」
マフレは楽しそうに小さく笑った。マフレたち暗殺者を前にして、今まで命の残った者はなかった。


 潰れる儀礼を見て、今度は獅子が口を開く。
「お前、食わなきゃ伸びないぞ。」
儀礼の頭に手を乗せて。
食べながらのため、スプーンを持つ方の手ではなく、わざわざ男を警戒して持っていた剣を置いてまでして儀礼に言う。『頭』に手を乗せて。
「……え? それ、今する心配かなぁ?」
体を起こし、黒い笑みを浮かべ、儀礼はその言葉を発した。


『↑Λ(トーラ)』


 紫色の透明な壁が獅子を覆った。
獅子が持つスプーンはその壁にぶつかり、テーブルの皿へと届かない。
障壁に囲まれた獅子はそこから手も足も出せない。
「なんだ? これ?」
「なんだろうねぇ?」
紫色の壁をスプーンでつつく獅子を、儀礼は笑いながら見ている。
「……」
「……」
笑いながら――。
「……解け。」
獅子の低い声に障壁はカーテンを引くようにして消え去った。
獅子の怒りに、儀礼は笑顔に涙を浮かべて固まっていた。


 会話はなしはすでに最初の目的から大きくぶれている。

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