ギレイの旅
逆転の魔法(マジック)
憎しみを表現しているかのような歪な刃が獅子を襲う。
『↑Λ(トーラ)』
叫ぶような何かが、獅子の耳に聞こえた気がした。
ガガン!
強い衝撃の音。だが、男の振り下ろした剣は、獅子が盾の様に構える光の剣には届いていなかった。
その直前の宙空で、ドームのように獅子を覆う、うすい紫色の透明な壁。それに阻まれ止まっていた。
「障壁、だと。ばかな、お前にその能力はないっ……」
驚き、悔しそうに歯を噛み締め、男がその透明な壁を破ろうと、もう一度剣を突き立てる。
しかし、見えない壁は確かに存在していた。獅子の顔の前で剣は止まる。
憎む仇が、殺せる位置にいるというのに。倒れる獅子の真上で、男の瞳がそう言って、鬼の形相を作っていた。
「なにやってんだよ、獅子。遅すぎ」
獅子の死角となる壁の向こうから聞きなれた声が響いてきた。
「僕もう、待ちくたびれたよ。こんな所で昼寝?」
獅子に見える位置、壁の切れ目から現れたのは、白い衣を纏った友人。
地に倒れた獅子を茶化すように笑っている。
状況を理解できているとは思えないほど能天気な笑顔。
「きさま、何者だ! 邪魔をするなら、切る!」
殺気をむき出し、鬼の形相の男が剣の切っ先を儀礼へと向けた。
獅子に障壁を張る能力がないならば、その邪魔な壁は、今現れた人物の仕業と判断したのだろう。
儀礼は真剣な表情になり、傷だらけの男を見据える。
「何してる。逃げろ、儀礼!」
逃げる様子のない友人に、獅子は掠れた声で呼びかける。
大怪我を負い、力をほぼ使い果たしたとは言っても、敵は上位Aランクの男。
刃の届かぬ位置からでも、儀礼を切り裂く力を持っている。
なぜこの時に儀礼が来るのか。
シエンを、仲間を襲おうとする敵の前に、現れる文人。
(なんでゼラードじゃないんだ。手を出すな、儀礼。お前は、人を殺すな)
獅子は願う。
しかし、儀礼は男に向き合う。
「深き闇のいざなう先へ、――」
儀礼が左手を顔の前に掲げて、何かを唱えだす。その手首についた腕輪の石が白い光を放っていた。
「魔法使いか。しかし、戦闘能力を感じないとなると、お前、補助魔法専門だな」
ふん、と鼻で笑うと、男はゆっくりとだが、ゆるぎなく儀礼に向かって歩き出した。
ほんのわずかの時間に、男は歩けるだけの体力を回復したようだった。
「彼の者に永き眠りの使者の来訪を――」
男を真っ直ぐに見つめたまま、儀礼は通る声で詠唱を続ける。殺気を放つ相手からも、逃げ出す様子はみられない。
儀礼の腕輪の石が眩しいほどの光を放つ。
「防御強化された相手に、強い魔法を選択したのは正しいが――」
男が自分の間合いに儀礼を捉え、細い剣を振り上げる。
「長い詠唱は命取りだ」
凶悪に笑って男は言った。
「ええ、本当に魔法ならねっ」
ダンッ。
言って、儀礼は口に笑みを浮かせた。
儀礼の言葉と同時に、隠されていた右手は銃の引き金を引いた。
撃ち出された麻酔弾は狙い違わず男を捉え、瞬時にその意識を奪う。
いたずら好きな少年の瞳が輝く。にぃと上がる口の端。
「片方の手に注意を惹きつけ、反対の手で仕掛けを施す。これ、魔法の基本」
掲げられた左手の腕輪の光はすでに消えていた。
ガラン、ドサッ。
笑う儀礼の目線の先に、剣とともに男が地面へと崩れ落ちた。
儀礼は、儀礼だった。それを見届け安心してから、獅子は口を開いた。
「おい、儀礼。これ、ナンダ」
獅子の目の前に現れた障壁という物も謎だが、その薄い紫色の壁に浮かんだ三つの文字。
獅子が儀礼に、逃げろと言った瞬間に現れた言葉。
『だまれ』。
「ああ、なんだろうね。」
にっこりと儀礼は笑っている。獅子の質問に答える気はないらしい。
獅子の周りに消毒薬の瓶や包帯等が次々に置かれていく。
「怒ってんのか?」
無言で傷の手当をする儀礼に、獅子は男との戦いに黙って出てきたことを思い出す。
体中に包帯を巻かれ、壁を背もたれにするようにして、獅子はようやく体を起こした。
全身が痛いうえに、やたらと重かった。
「そりゃね、獅子。後でって言っておいて、僕が何時間待ったと思ってんの?」
両膝を地面につき、使った道具をしまいながら、儀礼は的外れな答えを返す。
「お前、風呂に入るくらいで……。一人で行けばいいだろ」
獅子は全身のだるさに息を吐きながら、くだらないことで文句を言う友人に呆れる。
儀礼いわく、宿の風呂周りに不審者が数人現れるらしい。
それも、儀礼の言い方では命や情報を狙ってくるプロではなく、覗きや下着泥棒と言うような一般の犯罪者レベル。
「一人で入るのが怖いから見張って」と、お前、一体何歳だという呆れた疑問が浮き上がる。
「あのな、あんな敵を倒しておいて、そこらうろつく変質者の何が怖いって言うんだ」
怒鳴るように、獅子は倒れた強敵を指差して言う。相手が大怪我を負っていたとはいえ、儀礼は一瞬で倒して見せたのだ。
儀礼は困ったように口を閉ざす。視線をさ迷わせ、聞こえにくい声で一人悪態をつきはじめる。
「……言葉通じないし……うさぎと話せないし……」
なにか、言いたくない事情があるらしい、だがウサギは元々しゃべらない。
身を隠すように白いフードを被る少年の精神年齢が本気で心配になってくる獅子だった。
しばらく悩んだ末、意を決したように儀礼が小さな声で語りだした。
「……眠らせても、起きたらまた追いかけて来るんだ。男だって言っても信じてくれないし、風呂場で張ってる奴らもいるし、管理局では女の人がずっとついて来てたみたいで、廊下とか食堂とか、公共の場所にいるといつの間にか隣とか後ろにいて……。一般の人だからあんまり手荒にできないし、さすがに女の人はその辺に寝かせておくわけにいかないから病院に届けたら、『既成事実が』とか言い出すし……」
言いながら、儀礼は震える自分の拳を見つめている。
儀礼の言うそれを、おそらく世はストーカーと呼ぶ。
「確認、させちまえばいいじゃないか」
女の方はともかく、男共は儀礼を女だと思うから追いかけてくるのではないのか、獅子は単純な解決策を提案する。
体型を隠しているその白衣を脱げば事足りる。
「あいつら、本気で気持ち悪いんだよっ!」
涙目で、儀礼が叫んだ。
「それにな、獅子……」
ゆっくりと立ち上がると、力なく、儀礼は言葉を続けた。
「男でもいい、とか言い出す奴が一番厄介なんだ」
言って、儀礼は感情の消えた瞳で、何もない地面に針の付いた銃弾を撃ち始めた。
無言で銃を撃ち続ける儀礼。どうやら、そう言われてきたらしい。
「……儀礼。俺のわきに弾を撃つのやめろ」
手元が狂えば当たるという距離、動けない獅子から数cmの場所に、数十発の弾が放たれ続けている。
「動けない獅子が悪い」
悪びれた様子もなく淡々と儀礼は言った。
やはり、獅子が黙って死闘に来たことにも、儀礼は怒っているらしい。
大量の弾を撃ち続けていた儀礼が、その手を止めた。
ジャキン
そして、儀礼は銃のスライドを動かし、新しい弾を銃身に送る。
「残る弾は全て、実弾。」
真剣な顔で儀礼は言う。
実弾。当たれば相手は傷つき、急所に撃ち込めば二度と、起き上がってくることはない。
「僕の銃には今この弾しかない。」
ふふふ、と儀礼が歪んだ笑みを浮かべる。
「さあ。望むなら撃ってやる」
儀礼は自分の来た方角に狙いを定めて、いつでも撃てるように身構えた。
その銃身はわずかに震えている。
「儀礼、敵はあっちだ」
獅子は呆れたように言って、動かない手の指先で眠ったままの男を指し示す。
「あれは獅子の敵。僕の敵はあっち。自分の敵は自分で見張れ」
言って、儀礼はまた誰も来る気配のない方向に銃を構える。
「来るなら来い、撃ってやる。来ないなら一生来るな!」
涙の滲む目で、虚空に向かって儀礼は叫んでいる。
『↑Λ(トーラ)』
叫ぶような何かが、獅子の耳に聞こえた気がした。
ガガン!
強い衝撃の音。だが、男の振り下ろした剣は、獅子が盾の様に構える光の剣には届いていなかった。
その直前の宙空で、ドームのように獅子を覆う、うすい紫色の透明な壁。それに阻まれ止まっていた。
「障壁、だと。ばかな、お前にその能力はないっ……」
驚き、悔しそうに歯を噛み締め、男がその透明な壁を破ろうと、もう一度剣を突き立てる。
しかし、見えない壁は確かに存在していた。獅子の顔の前で剣は止まる。
憎む仇が、殺せる位置にいるというのに。倒れる獅子の真上で、男の瞳がそう言って、鬼の形相を作っていた。
「なにやってんだよ、獅子。遅すぎ」
獅子の死角となる壁の向こうから聞きなれた声が響いてきた。
「僕もう、待ちくたびれたよ。こんな所で昼寝?」
獅子に見える位置、壁の切れ目から現れたのは、白い衣を纏った友人。
地に倒れた獅子を茶化すように笑っている。
状況を理解できているとは思えないほど能天気な笑顔。
「きさま、何者だ! 邪魔をするなら、切る!」
殺気をむき出し、鬼の形相の男が剣の切っ先を儀礼へと向けた。
獅子に障壁を張る能力がないならば、その邪魔な壁は、今現れた人物の仕業と判断したのだろう。
儀礼は真剣な表情になり、傷だらけの男を見据える。
「何してる。逃げろ、儀礼!」
逃げる様子のない友人に、獅子は掠れた声で呼びかける。
大怪我を負い、力をほぼ使い果たしたとは言っても、敵は上位Aランクの男。
刃の届かぬ位置からでも、儀礼を切り裂く力を持っている。
なぜこの時に儀礼が来るのか。
シエンを、仲間を襲おうとする敵の前に、現れる文人。
(なんでゼラードじゃないんだ。手を出すな、儀礼。お前は、人を殺すな)
獅子は願う。
しかし、儀礼は男に向き合う。
「深き闇のいざなう先へ、――」
儀礼が左手を顔の前に掲げて、何かを唱えだす。その手首についた腕輪の石が白い光を放っていた。
「魔法使いか。しかし、戦闘能力を感じないとなると、お前、補助魔法専門だな」
ふん、と鼻で笑うと、男はゆっくりとだが、ゆるぎなく儀礼に向かって歩き出した。
ほんのわずかの時間に、男は歩けるだけの体力を回復したようだった。
「彼の者に永き眠りの使者の来訪を――」
男を真っ直ぐに見つめたまま、儀礼は通る声で詠唱を続ける。殺気を放つ相手からも、逃げ出す様子はみられない。
儀礼の腕輪の石が眩しいほどの光を放つ。
「防御強化された相手に、強い魔法を選択したのは正しいが――」
男が自分の間合いに儀礼を捉え、細い剣を振り上げる。
「長い詠唱は命取りだ」
凶悪に笑って男は言った。
「ええ、本当に魔法ならねっ」
ダンッ。
言って、儀礼は口に笑みを浮かせた。
儀礼の言葉と同時に、隠されていた右手は銃の引き金を引いた。
撃ち出された麻酔弾は狙い違わず男を捉え、瞬時にその意識を奪う。
いたずら好きな少年の瞳が輝く。にぃと上がる口の端。
「片方の手に注意を惹きつけ、反対の手で仕掛けを施す。これ、魔法の基本」
掲げられた左手の腕輪の光はすでに消えていた。
ガラン、ドサッ。
笑う儀礼の目線の先に、剣とともに男が地面へと崩れ落ちた。
儀礼は、儀礼だった。それを見届け安心してから、獅子は口を開いた。
「おい、儀礼。これ、ナンダ」
獅子の目の前に現れた障壁という物も謎だが、その薄い紫色の壁に浮かんだ三つの文字。
獅子が儀礼に、逃げろと言った瞬間に現れた言葉。
『だまれ』。
「ああ、なんだろうね。」
にっこりと儀礼は笑っている。獅子の質問に答える気はないらしい。
獅子の周りに消毒薬の瓶や包帯等が次々に置かれていく。
「怒ってんのか?」
無言で傷の手当をする儀礼に、獅子は男との戦いに黙って出てきたことを思い出す。
体中に包帯を巻かれ、壁を背もたれにするようにして、獅子はようやく体を起こした。
全身が痛いうえに、やたらと重かった。
「そりゃね、獅子。後でって言っておいて、僕が何時間待ったと思ってんの?」
両膝を地面につき、使った道具をしまいながら、儀礼は的外れな答えを返す。
「お前、風呂に入るくらいで……。一人で行けばいいだろ」
獅子は全身のだるさに息を吐きながら、くだらないことで文句を言う友人に呆れる。
儀礼いわく、宿の風呂周りに不審者が数人現れるらしい。
それも、儀礼の言い方では命や情報を狙ってくるプロではなく、覗きや下着泥棒と言うような一般の犯罪者レベル。
「一人で入るのが怖いから見張って」と、お前、一体何歳だという呆れた疑問が浮き上がる。
「あのな、あんな敵を倒しておいて、そこらうろつく変質者の何が怖いって言うんだ」
怒鳴るように、獅子は倒れた強敵を指差して言う。相手が大怪我を負っていたとはいえ、儀礼は一瞬で倒して見せたのだ。
儀礼は困ったように口を閉ざす。視線をさ迷わせ、聞こえにくい声で一人悪態をつきはじめる。
「……言葉通じないし……うさぎと話せないし……」
なにか、言いたくない事情があるらしい、だがウサギは元々しゃべらない。
身を隠すように白いフードを被る少年の精神年齢が本気で心配になってくる獅子だった。
しばらく悩んだ末、意を決したように儀礼が小さな声で語りだした。
「……眠らせても、起きたらまた追いかけて来るんだ。男だって言っても信じてくれないし、風呂場で張ってる奴らもいるし、管理局では女の人がずっとついて来てたみたいで、廊下とか食堂とか、公共の場所にいるといつの間にか隣とか後ろにいて……。一般の人だからあんまり手荒にできないし、さすがに女の人はその辺に寝かせておくわけにいかないから病院に届けたら、『既成事実が』とか言い出すし……」
言いながら、儀礼は震える自分の拳を見つめている。
儀礼の言うそれを、おそらく世はストーカーと呼ぶ。
「確認、させちまえばいいじゃないか」
女の方はともかく、男共は儀礼を女だと思うから追いかけてくるのではないのか、獅子は単純な解決策を提案する。
体型を隠しているその白衣を脱げば事足りる。
「あいつら、本気で気持ち悪いんだよっ!」
涙目で、儀礼が叫んだ。
「それにな、獅子……」
ゆっくりと立ち上がると、力なく、儀礼は言葉を続けた。
「男でもいい、とか言い出す奴が一番厄介なんだ」
言って、儀礼は感情の消えた瞳で、何もない地面に針の付いた銃弾を撃ち始めた。
無言で銃を撃ち続ける儀礼。どうやら、そう言われてきたらしい。
「……儀礼。俺のわきに弾を撃つのやめろ」
手元が狂えば当たるという距離、動けない獅子から数cmの場所に、数十発の弾が放たれ続けている。
「動けない獅子が悪い」
悪びれた様子もなく淡々と儀礼は言った。
やはり、獅子が黙って死闘に来たことにも、儀礼は怒っているらしい。
大量の弾を撃ち続けていた儀礼が、その手を止めた。
ジャキン
そして、儀礼は銃のスライドを動かし、新しい弾を銃身に送る。
「残る弾は全て、実弾。」
真剣な顔で儀礼は言う。
実弾。当たれば相手は傷つき、急所に撃ち込めば二度と、起き上がってくることはない。
「僕の銃には今この弾しかない。」
ふふふ、と儀礼が歪んだ笑みを浮かべる。
「さあ。望むなら撃ってやる」
儀礼は自分の来た方角に狙いを定めて、いつでも撃てるように身構えた。
その銃身はわずかに震えている。
「儀礼、敵はあっちだ」
獅子は呆れたように言って、動かない手の指先で眠ったままの男を指し示す。
「あれは獅子の敵。僕の敵はあっち。自分の敵は自分で見張れ」
言って、儀礼はまた誰も来る気配のない方向に銃を構える。
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