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ギレイの旅

千夜ニイ

闇側の組織

 儀礼から、覗きとやらの犯人の処理を任されたクリーム。
頼んだ当人は、巻き込まれたという女性を連れて宿を出て行ったところだった。
風呂の前で泥まみれで待つ、冒険者や住民の足の隙間に、確かに何人かの男が転がっているのが見えた。
クリームが儀礼の様子を見に来た時にいた男共。
儀礼はそれから30分もの間この男たちと問答していたことになる。
「あれ、ずっとやってたのか」
儀礼が何度男だとか、その人に会う気はないと言っても、まぁ話を聞け、などと言っていた男たち。
聞かなかったのはどちらだと、無様に倒れる男たちをクリームは笑う。


 その中のまとめ役らしき男を引きずり出して、クリームはポケットを探る。
さっき儀礼の様子を見に来た時に気になったこと。
男の一人がちらつかせた武器に細長いマークが見えたのだ。
当然の様に男のポケットから出て来た数種類のナイフには、全てに同じマークが入っている。
細長い丸が三つ連なっただけの単純な物。
鎖を表すその印は表に出ない商売人の目印だった。


 その時、遠方から声を飛ばす魔法で、クリームの耳元に柔らかな声が囁いた。
『ゼラ、見つけた。殺して、いい?』
クリームが送り出したもう一人の仲間からの、連絡。
この眠る男たちの『ボス』という者を探し出して元を潰せ、とその声の主にクリームは言ってあった。
「ラン、なるべく殺すな。どれ位いる?」
小さな声でクリームは応える。
『じゃぁ、半分だけ、いい?』
ふわりとした響きを持つ声がクリームの質問に答えず、優しい口調で問い返した。
「……待て。お前が半分でいいなんて、何人いるんだよっ」
予想以上に大きい組織だったようだ。
見えない相手を睨むようにして、クリームは渋い顔を作る。
「ランジェシカ」
『ふふっ。いっぱい。』
クリームの呼びかけに、うっとりしたような声でランジェシカが返す。


「ったく、あたしもランのとこに行く。クガイ、マフレ。ギレイと黒獅子を頼んだ。一人にするなよ」
髪をかきあげる様にして頭を押さえた後、クリームは真剣な顔で待機していた二人に言い放った。
「ああ」「わかった」
二人が頷き、消えるのを見送り、クリームは男共を警備兵に引き渡す手続きを始める。
その場には冒険者が大勢いる。
警備兵が来るまで眠った男たちを放置していても問題はないと判断し、クリームはランジェシカの見つけたという、その男たちのボスの元へと走った。


 クリームがその場所に着いたとき、ランジェシカの破壊活動はすでに始まっていた。
破壊と言っても、その建物は日常となんら変わらずそこにたたずんでいる。
変わっているのは、ただ一人の少女がすでに紛れ込んでいること。
そして、その組織という存在は見えない所から崩壊していく。
建物内部から物音はしない。
ランジェシカの報告では、人が大勢いるはずのその家の中から、何の音も聞こえてこなかった。
「ランの奴、待たなかったな」
唇を噛み締めるように言って、クリームはその建物へと侵入した。


 木を伝い、窓から入って2階、3階と見て回り、クリームはランジェシカの姿を探す。
どちらの階にも、倒れている者が廊下を埋め尽くすように折り重なってはいたが、かろうじて皆生きてはいた。
3階の重厚な造りの部屋にも、ボスと言うらしき者の姿も、ランジェシカの姿もなかった。
「当てが外れたな。下だったか」
言いながら、クリームは引き出しや書棚を探り、後始末に必要そうな書類を見つける。
クリームにとっては慣れた作業だったが、そのファイルの中を見てクリームの表情が歪む。
そこには事細かに書かれたターゲットの情報。生活パターンや宿を引き払う予定の日まで綿密に書き込まれている。そして挟み込まれた、特徴を捉えた全身の絵姿。
女湯覗きの『常習犯』、あの男共を儀礼はそう表現した。
「あいつ、知ってやがったな」
勘を働かせ、クリームは苦々しく言う。
考えすぎかと思いながらも、その書類を握り潰した。
次の標的として、作成され始めたばかりの書類にはクリームの予想した通り、金髪・茶色の目と儀礼の特徴が並んでいた。


『ゼラ。来て』
ランジェシカの戸惑うような声が、クリームの耳に囁いた。
怖いものを知らない少女の、珍しい行動に驚きながら、クリームはその仲間の下へ駆けつける。
その館の1階部分。中央に位置する広間のような部屋は、冬という季節を考えてもなお余りある程の、凍えるような寒さだった。
それもそのはず、その部屋の壁一面が氷で埋め尽くされている。
いや、壁自体が分厚い氷でできているかのような造りになっていた。
その氷の壁の中には、いくつもの人間の遺体。氷漬けにされ、人形の様にして飾られていた。
「悪趣味な」
クリームは眉をしかめて吐き捨てる。
以前のクリームなら、気にも留めなかったかもしれない。なのに、今ははっきりとその心に、不快感を得ていた。


「でも、それは、古代の人。ゼラ、こっち」
柔らかな声と共に、オレンジ色の髪をした少女が壁の隙間から現れてクリームの腕を引いた。
クリームの隣りでランジェシカが歩く度に、膝にも届く長い三つ編みの先のレースのリボンがふわりと揺れる。
血にまみれた男たちを倒してきた割に、その床に引きずりそうな白いリボンには一点も汚れた様子はない。
遺体を古代の人と、ランジェシカは表現した。
だとすれば、あの壁の中味は氷河の遺跡などから、元々凍りついた状態で発見されたもの、ということになる。
だとしてもやはり、クリームにはあの様に飾り付ける者の気が知れない。
研究者の中には、重要な資料だと言って何体も保管している者がいるとは聞いたことがあるが、飾られていた者の見た目を考えるなら、今回のは研究目的とは思えなかった。
飾られていたのは全員、女神を髣髴ほうふつとさせるような美しい女性たちばかりだった。


 クリームがこの屋敷の様な所を調べさせるきっかけになったのは、裏の商人、鎖の印を見つけたからだったのだ。
この場合、『鎖』は隷属れいぞくを意味する。つまり、人間を売る者達。
そんな者共が、儀礼の周りをうろついていた。
冷たい空気の部屋の中で、クリームはその瞳を更なる冷酷に細める。
「こっち、今の人」
分厚い氷の壁の裏側に回り、ランジェシカはこっち、と低いショーテーブルの上に並べられた正方形の小さな氷のブロックを指し示す。
小さいとは言っても、人の入る氷の壁と比べてと言う意味で、大の大人がやっと抱えられるかどうかという重さはありそうだった。
その氷の中味は、パーツごとに分けられていた。


「これなら確かに、男でも女でも関係ないか」
睨み付けるようにして、クリームは並べられた氷を見る。
連中が欲しがったのは、ただそのみためだけ。
「あいつ、よく人間不信にならないな」
クリームはそれらの美しい亡がらを見て呟いた。
恐ろしい組織に、その首を狙われていた少年を思い浮かべる。


 そこへ、マフレからの連絡が入る。
『今、見たが黒獅子が部屋にいない。最初から気配消してたから気付かなかったよ。あいつ、部屋になんか戻ってないんだ』
恨みを抱くものに命を狙われていながら、黙って出ていったという黒獅子。


 図らずも両方の事情を知ることになったクリーム。相手の危機を互いに知らない親友たち。
「別に仲たがいさせようと思ったわけじゃないんだが」
すれ違う二人の友人にクリームは困惑する。
「いや、似たもの同士ってやつなのか?」
クリームは首を捻る。
互いに、相手の安全を図って自分の危険を知らせない。
このタイミングで介入していなければ、きっとクリームはその何一つにも気付かなかった。
いまだに、元仲間たちから逃げ続けるだけの生活をしていたかもしれない。


『蜃気楼、見失いましたっ!!』
クガイからの慌てた声で、申し訳なさそうな連絡。
「似たもの同士ってやつか、まじで」
クリームの目に怒りが浮かぶ。
これで二人が打ち合わせて逃げたのだったら、クリームは暗殺スキルを発動させるところだが、恐らく違う。
黒獅子は間違いなく『ヒガの殺人鬼』の元に向かったのだろう。
儀礼は――。
館の中にもう、動き回る人の気配はない。
クリームはあの男共に『ボス』と呼ばれる人間をまだ見ていなかった。


「ラン、お前も二人を捜しに回ってくれ! 黒獅子と蜃気楼だ。見つけたらすぐに連絡だ!」
クリームが急かすように言えば、ランジェシカは微笑む。
「ゼラ、少し、持って帰っていい? 私のコレクションに……」
ふわふわとした柔らかい笑みを浮かべるランジェシカの手には、冷たい氷のブロック。
「だめだ。それは全て警備隊に渡す。その後のことは全部向こうに任せるんだ」
ランジェシカがクリームを呼んだ理由がようやくわかった。予想できた反応に、クリームはきっぱりと言い放つ。
この少女の趣味は悪い、とクリームは知っていた。綺麗なものを集めるのはいいと思うが、人のパーツは別だ。
しかし、クリームの仲間とは、そういう、心の壊れた人間たちばかりなのだった。

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