ギレイの旅

千夜ニイ

仲間

「ぐぉっ」
くぐもった呻き声は獅子のすぐ側で聞こえた。
敵である男を貫いたはずの赤い髪の男が、勢いよく獅子たちの後方へと吹き飛ばされる。
その攻撃では、黒い土砂など生まれなかった。凶器となったのは高められた悪意の闘気、見えない無数の刃。
全身から血を流して、倒れた赤い髪の男は起き上がれずにいる。


「どうした。それがどうした。くはははっ、こんなものでは『黒鬼』など殺せんっ!」
『ヒガの殺人鬼』は立ち上がっていた。
細い不恰好な剣を持って、自分の負った傷を見て笑っている。
「ちゃんと言っただろ強者だって。こいつは『黒鬼』と戦おうって男だぞ。お前、どの程度やれば『黒鬼』ってやつが死ぬと思ってんだよ」
殺伐とした雰囲気の中に、涼しげな声と共に走りこんできたのは、『砂神の勇者』クリーム・ゼラード。
薄い刃の二本の剣は、金色の光のもと1本の神剣へと姿を変えている。
「ゼラード……。わりぃ。親父が死ぬとこ想像できねぇ」
考えて、獅子は冷えた笑みを浮かべた。
火あぶりだろうが、槍で刺されようが、物語の中に聞くドラゴンに踏み潰されてさえ、生きていそうな男だった。


「まぁ、そいつよりは、こっちのが弱いと思うけどな。」
謝った獅子を見て、クリームは頭をかいた。
「クガイ、怪我した男を治してやれ。マフレ、もう一度障壁を頼む」
クリームが、白い帽子の男と、黒髪の魔法使いに指示を出した。
獅子は驚いたようにクリームと、今、共に戦っていた二人を見る。
「……知り合いか?」
「仲間だ。元、もな」
獅子が聞けば、にやりとクリームが笑う。
「ああ、追っかけっこの」
「遊んでねぇ!」
納得したように獅子が頷けば、クリームは声を荒げる。
その間にも、『ヒガの殺人鬼』は動いていた。透明な闘気の刃を突風に乗せて大量に放っている。
それをかわして二人は会話をしていた。
見てわかるほどに形相を変え、『殺人鬼』に苛立ちが溜まっていく。


「ゼラード、やっぱり障壁は長く持たない。それに、こいつの魔法防御、思ってたより高いよ。魔法攻撃じゃ、たいしてダメージ与えられてない」
黒髪の魔法使い、マフレが辛そうにクリームに進言する。
「というかね、あんたたち真面目に戦いなさいよ! あんな奴相手にしゃべりながら戦うって、どういう神経してんの!?」
そして目をむいて、女魔法使いは獅子とクリームに人差し指を向けた。
そう、言われても二人にとっても楽な戦いではなく、気を抜いてるつもりもない。
それでもまだ、マフレの様に息の上がるほどではなかった。


「なるほど、これが黒獅子の実力か。だがゼラード、お前がつきたいのはこいつではないと言ったな?」
白い帽子の男、クガイが長い穂先の杖を構え、クリームに問いかける。赤髪の男の治療を終えたようだった。
「ああ。だが、それは今はどうでもいい。それより、障壁がもたないなら、この場で戦うのは得策じゃない。場所を変えるための援護を頼むぞ」
クリームが言えば二人の魔法使いが頷いて、それぞれに何かの呪文を唱え始める。


「黒獅子、あっちに真っ直ぐ行くと廃墟になった一帯がある。戦うならそこだ」
復活した赤い髪の男が、広い道の先を指差した。しかし、出血が多かったらしく、剣を構える男の顔色は悪い。
「これがお前の仲間か、覚えたぞ、黒獅子」
憎い者を見る眼光で、『ヒガの殺人鬼』がクリームたちを見渡す。
「待て、違うこいつらはっ!!」
良くない思いを男から感じ取って獅子は否定を叫ぶが、『殺人鬼』の顔は笑う。
不気味な、憎しみに歪んだ笑い。


「~~~~っ!!!」
「来たれ、雷壁らいへき!!」
二人の魔法使いが測ったように、同時に叫んだ。
何本ものイカズチが天から走り、道の端を壁の様に埋め尽くした。
雷に囲まれたてできた一本道へと、地面から突き出る何本もの氷の槍が『殺人鬼』を追い込んでゆく。
 しかし、男の剣が地面を切った。
ドゴゴゴッ!
「時は来た、もう目の前だ! さあ、誰から殺す!! くあはははっ……」
耳に残る笑い声と、雷の道が埋まるほどの黒い土砂を残して、『ヒガの殺人鬼』の姿は消えていた。
(『お前の仲間か』『誰から殺す』)
その男の最後の笑い顔が獅子の頭から離れない。
町を壊した黒い土砂を眺め、獅子の心臓の音は大きくなったまま、しばらく静まらなかった。


「鬼でも見たか?」
笑うように言って、クリームは呆然とする獅子の隣りに立った。
「何で来たんだ?」
クリームに向き直って獅子は聞く。
「何でって、元々こっちに来るつもりではいたんだ。お前一人じゃ心配だからな。」
『砂神』と、大量の黒い土砂の山に剣を伸ばし、無害な砂の山に変え、ふっと余裕を見せてクリームは笑う。
「なら、何してたんだ?」
手紙を届けたままクリームがこの町に居たなら初めから戦闘に参加しても良さそうなものだが、と獅子は軽く首をかしげた。
「ちょっと、あいつの様子をな。隠れて覗いてきた。動いてないか心配だったからな。大丈夫だ、気付いてもいない。ただ、……」
クリームはそこで一度言葉を切る。
「どうした?」
これだけの町の騒ぎに儀礼が気付いていない、と言うのが獅子には不思議だった。
千里眼でも持っていそうな少年がやって来ないのはおかしい。命の保証のできない敵の前に、出て来られても困ったのだが。
 また、獅子の胸が騒ぐ。
『黒鬼』に恨みを抱く者。どこまで、『黒獅子』について調べたのか。
共に旅する『蜃気楼』の存在はすぐに出るだろう。許婚というシエンの少女の存在も、すでに広まっている。


「変な男共にからまれてたな。付き合えとまでは言ってないとか、なんとか」
思い出したのか、声を抑えたまま肩を揺らしてクリームが笑う。
「ああ」
涙を浮かべて全否定する友人の姿が、あまりに簡単に想像できて、獅子の頬は緩む。
「裏がありそうな奴らだったから、もう一人の仲間に調べさせてる。調べついでに潰せとは言ってあるから問題ないだろう」
問題ありそうな言葉を、あっさりと放つクリームに獅子は緩んだばかりの頬を引きつらせた。
命を狙われていたはずのクリームと、暗殺集団が、一体何を始めたと言うのか。


 不審の目で見ていれば、くっくっと獅子の顔を見上げてクリームが笑う。
「仲間、だろう?」
問うような声でクリームが言う。
身長差があるからこそ、クリームは獅子を見上げているが、その笑いはどちらかと言うと見下しているようにすらとれる。
「蜃気楼。お前はそれを守るために旅に出たんだろ。なら、あたしも同じだ。」
真剣な顔で、クリームは破壊された町を見る。
「否定するな。――少なくともあたしはもう、お前らの仲間だ。」
言って、クリームは何かを獅子に投げて渡した。
黒い小さな塊を、獅子は空中で掴む。見てみれば、『○』とだけ描かれたただの石ころ。
「このまま気付かれずに奴を倒せば、あたしらの勝ちだ」
執念すら感じられる笑い顔でクリームが言う。口は大きく弧を描くのに、その瞳は全然笑っていなかった。
獅子は手元の石を見る。
いつ『獅子の命を賭けた戦いこれ』は、儀礼との勝負になったのだろうか。

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