ギレイの旅
ヒガの殺人鬼
ヒガは男の育った地方の名だった。
男が子供の頃のヒガはのどかで、静かな町だったが、ある日、黒い鬼が盗賊の集団を引き連れて現れ、その町を破壊していった。
作物を奪い、家畜を奪い、町はひどい状態に陥った。
なぜ、黒鬼がそんなことをしたか、理由など男にはどうでもよかった。
荒らされた町は復興に時間がかかる。
食べ物がなければ、冬を越す支度すらできなかった。
その年の冬、町の人間の1割が飢えで死んだ。
そのほとんどが幼い子供で、その中には男の妹も含まれていた。
男の父が、最強と言われる冒険者『黒鬼』を恨むには十分な理由だった。
数年後、ようやく『黒鬼』の居所を突き止め、男と、男の父親は戦いを挑んだ。
シエンと呼ばれるその村に入る前に、『黒鬼』は男達の前に現れた。
木々に囲まれる深い山の中に、魔獣すら恐れをなすというその男は、現れた時からすでに、獰猛な殺気を放っていた。
挑みに来た者を拒みはしない。されど、村へは一歩も踏み入れさせないと、その気配がはっきりと語っていた。
当時まだ10代であった男は、その気配を感じ取った瞬間に負けると悟った。
情けないことに、攻撃すらしないままに、逃げ出そうとしていた。
しかし、男の父は違った。
実力があったこともあるが、なにより、その深い憎しみが『黒鬼』という男に挑みかかる力を与えていたようだった。
だが、実際にはその力の差は予想以上のものだった。
あまりにあっけなく、男の父は力尽きた。
その時になってようやく男は憎しみという力を手に入れたのだった。父に劣らぬ憎しみの力。
それでも、『黒鬼』は強かった。
男が死ぬ気で放った攻撃など、子供の技と笑うようにかわし、重い一撃を与えてくる。
父の亡がらを盾にして、男は命ばかりを持ち帰った。
男が命からがらで帰ったヒガの町で、待ち受けていたのはあまりに冷たい言葉だった。
黒鬼が正義。
ヒガの町長が領主へ送らなかった税の分を、領主がギルドに依頼し、冒険者に直接町から集めさせたと言うのだ。
それが横暴なやり口だとしても、罪を負うべきはヒガの町長であり、依頼を無理やり通させた領主であって、『黒鬼』たち冒険者はただの依頼を請けた実行者に過ぎなかったのだと。
そんなことを、男は許容できなかった。
もしその冒険者たちを許すのだとしたら、何のために男は戦いに行き、男の父は死んだのか。
その亡がらを盾にしてまで逃げ延びた男は一体なんだったというのか。
男の心はおそらく、その時に壊れた。
その日から、ヒガの町の人口は減り始める。
一人、二人と夜毎に誰かがいなくなる。
ヒガの人々は毎夜その恐怖に震えながら過ごし、その犯人を知る頃にはヒガの人口は半分になり、男は『ヒガの殺人鬼』と呼ばれるようになっていた。
********************
獅子は宿を出て、起き出したばかりの町中を歩く。
当てもなく歩くのもなんなので、とりあえず、ギルドにでも行ってみようかと足を向ける。
ギルドの受付や、中の酒場のマスターは大抵情報通で、噂になるような冒険者のことはとてもよく知っていた。
獅子に情報をくれたゼラードはもともと忙しそうな奴なので、ゆっくりと話しているような時間は中々ないらしい。
一つ所に長くいると、どうかぎつけるのか、元仲間という暗殺者が凶悪な殺意を持って追いかけてくると言う。
だが何より、獅子と一緒にいると目立つので、儀礼に見つかるのが面倒だとかなんとか、ゼラードは言い出す。
今はまだ会えない、と。
「ほんとに、儀礼の奴何したんだ?」
理解できない友人たちに獅子は頭を捻る。
獅子がそのギルドに近付いた時だった。
ギルドの中から、重く、冷たい気配が漂ってくる。
それが、誰の発するものかまでは分からなかったが、良くないものだと獅子は感じ取った。
黒い木戸を見つめたまま、ゆっくりと、獅子はギルドの扉から距離を取る。
ガラガラゴロ……
真っ二つに切られたギルドの扉と、破壊された周囲の壁が音を立てて崩れ落ちた。
砂煙の中からその男は姿を現す。
木の皮のような濃い茶色の髪に、沼底の泥のように濁った灰に近い茶の瞳。
こけた頬に無精して伸びたとわかる髭。
武器の剣は長く、柄の太さや鍔の広さからすると、不恰好に思えるほど刃は細かった。
その形は、何十年と研ぎ直されて使われる古い包丁を思い起こさせる。
そんな不安定な剣で、この男は頑丈なギルドの壁までもを崩した。
男の表情からは生気が感じられないのに、爛々と光る瞳がこの男の不気味さを際立たせる。
砂煙が完全に晴れるまでを獅子はじっと待っていた。
男のすべてを観察するように見て、力の程を感じ取っていた。
そして獅子は、その男の異常なまでに高められた闘気に気付く。
剣から発せられる禍々しいまでに黒い闘気。
それが、復讐に生きるという者の深い恨みなのかもしれない。
真っ直ぐに獅子へと向けられる重く冷酷な殺意。
獅子は光の剣を抜き放つ。
白い刃が煌いた瞬間に、獅子はわずかに身が軽くなるのを感じた。
男が放つ威圧に獅子はいつの間にか飲まれていたようだった。
男が子供の頃のヒガはのどかで、静かな町だったが、ある日、黒い鬼が盗賊の集団を引き連れて現れ、その町を破壊していった。
作物を奪い、家畜を奪い、町はひどい状態に陥った。
なぜ、黒鬼がそんなことをしたか、理由など男にはどうでもよかった。
荒らされた町は復興に時間がかかる。
食べ物がなければ、冬を越す支度すらできなかった。
その年の冬、町の人間の1割が飢えで死んだ。
そのほとんどが幼い子供で、その中には男の妹も含まれていた。
男の父が、最強と言われる冒険者『黒鬼』を恨むには十分な理由だった。
数年後、ようやく『黒鬼』の居所を突き止め、男と、男の父親は戦いを挑んだ。
シエンと呼ばれるその村に入る前に、『黒鬼』は男達の前に現れた。
木々に囲まれる深い山の中に、魔獣すら恐れをなすというその男は、現れた時からすでに、獰猛な殺気を放っていた。
挑みに来た者を拒みはしない。されど、村へは一歩も踏み入れさせないと、その気配がはっきりと語っていた。
当時まだ10代であった男は、その気配を感じ取った瞬間に負けると悟った。
情けないことに、攻撃すらしないままに、逃げ出そうとしていた。
しかし、男の父は違った。
実力があったこともあるが、なにより、その深い憎しみが『黒鬼』という男に挑みかかる力を与えていたようだった。
だが、実際にはその力の差は予想以上のものだった。
あまりにあっけなく、男の父は力尽きた。
その時になってようやく男は憎しみという力を手に入れたのだった。父に劣らぬ憎しみの力。
それでも、『黒鬼』は強かった。
男が死ぬ気で放った攻撃など、子供の技と笑うようにかわし、重い一撃を与えてくる。
父の亡がらを盾にして、男は命ばかりを持ち帰った。
男が命からがらで帰ったヒガの町で、待ち受けていたのはあまりに冷たい言葉だった。
黒鬼が正義。
ヒガの町長が領主へ送らなかった税の分を、領主がギルドに依頼し、冒険者に直接町から集めさせたと言うのだ。
それが横暴なやり口だとしても、罪を負うべきはヒガの町長であり、依頼を無理やり通させた領主であって、『黒鬼』たち冒険者はただの依頼を請けた実行者に過ぎなかったのだと。
そんなことを、男は許容できなかった。
もしその冒険者たちを許すのだとしたら、何のために男は戦いに行き、男の父は死んだのか。
その亡がらを盾にしてまで逃げ延びた男は一体なんだったというのか。
男の心はおそらく、その時に壊れた。
その日から、ヒガの町の人口は減り始める。
一人、二人と夜毎に誰かがいなくなる。
ヒガの人々は毎夜その恐怖に震えながら過ごし、その犯人を知る頃にはヒガの人口は半分になり、男は『ヒガの殺人鬼』と呼ばれるようになっていた。
********************
獅子は宿を出て、起き出したばかりの町中を歩く。
当てもなく歩くのもなんなので、とりあえず、ギルドにでも行ってみようかと足を向ける。
ギルドの受付や、中の酒場のマスターは大抵情報通で、噂になるような冒険者のことはとてもよく知っていた。
獅子に情報をくれたゼラードはもともと忙しそうな奴なので、ゆっくりと話しているような時間は中々ないらしい。
一つ所に長くいると、どうかぎつけるのか、元仲間という暗殺者が凶悪な殺意を持って追いかけてくると言う。
だが何より、獅子と一緒にいると目立つので、儀礼に見つかるのが面倒だとかなんとか、ゼラードは言い出す。
今はまだ会えない、と。
「ほんとに、儀礼の奴何したんだ?」
理解できない友人たちに獅子は頭を捻る。
獅子がそのギルドに近付いた時だった。
ギルドの中から、重く、冷たい気配が漂ってくる。
それが、誰の発するものかまでは分からなかったが、良くないものだと獅子は感じ取った。
黒い木戸を見つめたまま、ゆっくりと、獅子はギルドの扉から距離を取る。
ガラガラゴロ……
真っ二つに切られたギルドの扉と、破壊された周囲の壁が音を立てて崩れ落ちた。
砂煙の中からその男は姿を現す。
木の皮のような濃い茶色の髪に、沼底の泥のように濁った灰に近い茶の瞳。
こけた頬に無精して伸びたとわかる髭。
武器の剣は長く、柄の太さや鍔の広さからすると、不恰好に思えるほど刃は細かった。
その形は、何十年と研ぎ直されて使われる古い包丁を思い起こさせる。
そんな不安定な剣で、この男は頑丈なギルドの壁までもを崩した。
男の表情からは生気が感じられないのに、爛々と光る瞳がこの男の不気味さを際立たせる。
砂煙が完全に晴れるまでを獅子はじっと待っていた。
男のすべてを観察するように見て、力の程を感じ取っていた。
そして獅子は、その男の異常なまでに高められた闘気に気付く。
剣から発せられる禍々しいまでに黒い闘気。
それが、復讐に生きるという者の深い恨みなのかもしれない。
真っ直ぐに獅子へと向けられる重く冷酷な殺意。
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