話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

ギレイの旅

千夜ニイ

極北に仕掛けられたいたずら

 極北の地にあるアーデスの研究室。
儀礼の差し入れだったいたずらつきのケーキを食べ終え、片付けも終わった頃。
どこかへと飛んでいったヤンと部屋の主であるアーデスをのぞく、3人のメンバーはそろそろ帰り支度を始めていた。


 外部からの進入も、魔法による探査も、そのほぼ全てを阻むこの研究室で最強の冒険者たちは安息の時を過ごした。
しかし、無情の時は迫る。
儀礼の仕掛けたいたずらは、もうひとつあったのだ。




 時刻は午前0時を迎えようとしていた。


 ゆっくりと、儀礼の仕掛けが動き出す。乱雑な字でつづられた手書きのメッセージ。


『危険物IN。深夜0時までに解体してください』


ある地方の古代の文字に、「ハガル」という文字がある。それは、HとNを混ぜたような形をしていた。
崩れた手書きの文字、その真実の意味は――。




『危険物 イスハガル。深夜0時までに解体してください』
イス』『ハガル




 突然室内に沸き上がった不穏な魔力に、4人の冒険者の表情が真剣味を帯びる。
世界でもっとも堅牢と思える研究室の「内側」に、得体の知れない魔力がふくれあがっていくのだ。
そして、ほぼ同時に、研究室内の温度がぐんぐん下がっていき、みなの口から白い息が出始めた。
瞬時に彼らはその魔力の発生場所に集まる。
室内の、北側。
こぶし大の水晶の埋め込まれた壁。
そこに、人の気配はない。


「……おい、これアーデスがどっかの遺跡から勝手に持ってきたものじゃなかったか?」
その透明な石を指してワルツは言った。
「俺が持ってきたのは盗賊の根城からだ。その前にどこにあったかなど知らん」
薄く笑ったアーデスが、その笑みを苦々しいものに変える。その『装置』に目を留めて。


 水晶の真下に、どこにでも売っている安価な壁掛け時計が設置されている。
時計の短針の先には、細い筆が括りつけられていた。
今、その時計は12時を示しており、短針に付けられた筆の先は水晶にぴたりと触れていた。
その時計の下、文字盤の6時の先には、小皿が固定されている。小皿には魔石の粉と思われる水色の粉が盛られていた。
一度、そこを短針の筆が通り過ぎたのだろう。周囲の床に水色の粉が散っている。


「まじかよ、これで魔法石が動いたのか?」
コルロは引きつった笑みのあと、興味深げな瞳で口元をゆるませ、その時計から筆をもぎ取り、魔石の粉に付けた。
その筆を古代の文字が刻まれた水晶に押し当てる。
膨らむ魔力。そして、研究室内に氷の粒が次々と降り注ぐ。巻き起こる突風が渦を巻き始め、風が床に落ちたヒョウを拾いながら室内を暴走し始める。
「いてっ、まずい。これどうやって止めんだ?」
飛んでくる氷のつぶてに顔をしかめ、コルロは水晶を覗き込む。
筆の魔石の粉はすでに水晶の中に吸収されており、透明に溶けてしまっていた。
取り除くことはできないと判断し、コルロは自分の魔力を水晶へと注ぎ込み、強制的にその魔法を中断させた。


「誰の魔力か判断が付かなかったが、まさか魔石の粉とは」
考え込むように、アーデスは腕を組む。
「ああ。追跡も探査もできなかったもんな」
止まった魔法に安堵の息を吐き、コルロが言う。
魔石、また魔石の粉は魔力の塊ではあるが、それ自体を魔力として取り込み、魔法が発動したなどと言う例は聞いたことがなかった。
遠隔操作でも、魔力の込め方による時差発動でもなく、完全に単体で発動する時限式の魔法具。
懐中時計のような小さな時計と、コルロの腕輪のような小さくとも強力な魔法石を使えば、こんないたずらではすまない物ができあがる。
手の中に入るような小さな箱を、ただ敵地に送るだけでいい。魔石の粉の魔力では使用者を突き止めることもできない。


「こいつは立派な兵器だな」
戦場にそれを置かれた場合を考え、バクラムは眉をしかめる。
「わざわざ調合までしたってわけか。あいつ、魔法の知識ないんだよな」
コルロは確かめるように小皿の中の魔石の粉に指で触れた。
氷嵐アイスストームを発動するために必要な氷(水と闇の調合)と風。
魔法発動のために必要な魔力の付加に光。風の増強のための炎と雷。魔法発動域指定のための大地。
それらが、輝くような水色の粉を作り出していた。
「作るのが簡単ではないってとこが、まだ救いか?」
首をかしげるようにしてコルロは苦い笑いを浮かべた。


「手の込んだことを」
呆れたような溜息とともに、アーデスが壁から時計を外してみると、その時計の裏には紙が貼られていた。
ケーキの時のような手書きのメッセージ。
『みなさん、そんな格好で寝て風邪ひかないでくださいね。』
『それと 油断し過ぎです。』


「心配してんのか、嫌がらせなのかわからねぇ」
くっく、と声を抑えるようにしてコルロが笑い出す。
「ギレイめ。次に会った時、絶対文句言ってやる」
顔では笑いながらも、ワルツのその瞳にははっきりと怒りが浮いていた。
「お前は寒さなんか感じないだろうが」
鎧の効果で寒さも暑さも関係ないはずの妹弟子に呆れたようにバクラムは言う。
その言葉に、ワルツはバクラムを振り返る。
「いや、確かに寒さは感じないがな。物理的な攻撃は効くんだよ」
言って、ワルツは大きな氷の粒の当たった腕を押さえた。

「ギレイの旅」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く