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ギレイの旅

千夜ニイ

地下研究室

 『全部片付いたから。帰ろう、獅子』


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「いや、片付いてねぇ」
それを見て、獅子は言う。片頬をひどくひきつらせて。
「帰ろう、獅子」
それを見て、儀礼は言う。にっこりと晴れやかな笑みを浮かべて。


 壁は削られ、床を破壊され、はては全体をこんがりと焼かれた、貸し出し用地下研究室。
二人は宿へと帰るために、寝かせていた身を起こして、それを見た。
「お前、これ……直さなきゃ帰れないだろ!」
「やだ、僕もう眠い」
戸惑うように言う獅子と、半分目が閉じ始めた儀礼。
「眠いじゃねぇ。ほとんどお前がやったんだろうが、起きろ!」
座ったまま、状況を無視してでも眠ろうとする儀礼を、獅子は服を掴んで揺り起こす。
「う~、眠いのに」
目を擦り、儀礼は仕方なさそうに立ち上がる。
周囲を見回し、考えるように口元に拳を当てた。
「受付で材料買ってきて、床埋めて、壁の焦げ削って……。うう、何時間かかるんだよ。寝る時間ないじゃん」
砕かれた石をジグソーパズルのように床にはめ込みながら、儀礼は愚痴をはく。


「こんな時こそだれか助けて……」
涙ながらに、儀礼は呟いた。
すると、ピシッピシッ と何かの音が薄暗い室内全体に響く。
まるで、ポルターガイストに聞くラップ音のように、建物自身が出しているような音が幾度も繰り返される。
決して大きくはないが、丑三つ時と呼ばれる真夜中の地下室にひとりでに鳴る音。
「なんか、やばい気がする……」
何かを感じとり、獅子の背中はざわつく。
音は長い時間は続かなかった。時間にすれば1、2分。
次の瞬間、硬い石の床を突き破り、地面から幾本もの筋張った茶色い手が、――ではなく、めざましい成長を見せる樹木の数々が生え伸び、枝を広げていく。
ものの5分でその研究室は植物に埋め尽くされていた。


まるで、ジャングルの中のように生き生きと成長した植物たち。
甘い香りから、何かの花が咲いているか、もしくは果実が実っていることがわかる。
壁に開いた通風口からネズミが姿を現した。
次いで、板がはがれ土の見える壁の隙間からもぐらが鼻先を出す。
夜中でも、意外に動いている生き物がいるものだ。
そこで、暗い壁の端までもがはっきりと見えていることに気づく。
なぜか、天井のランプのかかっていた辺りが妙に明るい。
繁った木々の葉のせいではっきりと見ることはできないが、そこに確かに眩しい程の暖かい光が存在していた。
まもなく、何かの生き物の気配を感じる。今までのネズミやもぐらとは違う。
もっと高い場所。木々の枝に。
ピチピチッピー
数羽の小鳥が小枝に停まってさえずっていた。
ピンク、黄色、水色。淡い色彩の綺麗な小鳥たち。
どう見ても、夜行性ではない。
そして、もちろん地下のこの部屋に窓はない。
 

「わかった。獅子、これ研究中って言ってずっと借り続ければいいんだよ。お金、払い続ければ大丈夫」
いいこと思いついたと言わんばかりに、据わった目で儀礼が言う。明らかに、意識が半分夢の中だ。
 「借り続けるって……」
安い部屋とは言っても、一月、二月と借り続ければその費用はバカにならない。
「お金ならあるし、すごい研究って言えば、管理局が引き継いでくれるかも」
うなずきながら儀礼は言う。
その目はしばしばと瞬きを繰り返し、その度に閉じている時間が長くなっていく。


 ピーィピーピー
夜中の地下室に、甲高い小鳥の鳴き声が響く。
 眠そうに船をこぐ儀礼の足下を小さな蛇が這っていった。
 「無機物も有機物も元素だけど……生き物たましいって何でできてるんだろ?」
寝ぼけ眼で儀礼が首を傾げた。


「いい、いい! 知らなくていいっ!」
背筋にただならぬ悪寒を感じて、獅子は叫ぶように言った。
儀礼の服を掴み、引きずるようにしてその研究室を後にする。震える手で扉の鍵を閉めた。
受付には獅子が来た時とは別の人が座っていた。
気絶したように眠っている儀礼を不審そうに見ながらも、受付の男は地下研究室の長期貸し出し手続きを済ませてくれた。
「こいつ、疲れて眠っちまったんだ。地下はなんかすごい研究中らしいから誰も入れるなって」
『蜃気楼の』護衛である獅子が言えば、受付の人は簡単に納得してくれた。
「手続きは済みましたので、鍵は持っていっていいですよ。いつでもいらしてください」
ものすごく期待を込めた目で、獅子はそう言われた。
この大きな管理局の地下室で、『Sランク』の研究者が偉大な研究をしている。
確かに、ありそうな話だった。
獅子は誰かがこっそりとあの部屋を覗いたりしないうちに、儀礼を肩に担ぎ、急いで宿へと帰っていく。
朝一番に儀礼を叩き起こして、この町を去ろうと獅子は決めていた。


 翌朝。問題が一つ。
すっきりと目を覚ましている儀礼だが、昨夜の出来事を覚えていなかった。
獅子と戦ったところまでは覚えているらしい。
しかし、部屋中がジャングルに変わったあたりから記憶にないと言う。
儀礼は首を傾げている。
「誰かに引き継ぐって? 僕が言ったの?」
儀礼は車の運転席で不思議そうに瞬きを繰り返す。
車は朝一番にあの街を出発していた。


「僕、幻覚剤使ってないよね、減ってないし」
ハンドルから片手を離し、儀礼はポケットを叩くようにして確かめた。
(まさかアーデス……配合……いや、ないよな。)
儀礼が何かをぶつぶつと唱えたが、声が小さすぎて、獅子にはよく聞き取れなかった。


「何がどうなったのかよくわからないけど、獅子の言う通りにしろ、何にしろ一度調べないといけないよね。でも鍵はここだし」
獅子の持つ鍵に視線を送り、儀礼は考えるように、口元に指を当てた。
「長期で借りてるんだよね? お金はもったいないけど、放っといて先に行こうよ。帰りにでもまた寄ればいいじゃん。多分、3年も4年も先じゃないから」
にっこりと儀礼は笑う。
「……そうだな」
その笑顔に不審を抱きながらも、獅子は儀礼の意見に賛同する。
あれはもう、獅子にどうにかできるレベルではなかった。


 二人を乗せて車は走る。今日も超スピードで。

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