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ギレイの旅

千夜ニイ

帰る

「んで。お前、結局何しにここに来たんだ?」
ゼラードが儀礼には会わずに帰る、などと言うので、目的が分からず獅子は聞いてみる。
「噂で、『黒獅子』が目からビームが出せるようになったと聞いたから確かめに来たんだ。まったく、ガセだったようだな」
騙されたことが不満なようで、ゼラードは怒りの表情を浮かべている。
「それか」
獅子は頬を引きつらせる。
「信じるなそんなもん」
その噂のせいで、今日、獅子はまともに仕事にならなかったのだ。獅子の聞いた限り、目からビームはなかったが、噂には尾びれ背びれが付くと言う。
「心当たりないのか?」
疑うような目でゼラードが獅子を睨む。


「俺もまったく意味がわからねぇよ。突然そんな噂が流れてて。誰かのいたずらかと思うんだがな」
困ったように獅子は頬をかく。
「……ギレイか?」
「いや。……ありえそうで怖えーんだよ」
ゼラードの指摘に否定しようとして、獅子は肯定していた。
今朝、無理やり戦いの相手をさせようとして、逃げ出した儀礼を獅子は思い出した。
まさか、これが儀礼流の仕返しだろうか、と。


「ふん、せいぜい気をつけるんだな。そして、早く強くなれ」
笑うように言って、ゼラードは走り出した。その後ろ姿はすぐに見えなくなる。
現れた時と同じようにゼラードの気配は唐突に消え、宿の中庭には静寂が戻った。
一人残らず消えていた不審者の気配。
「仕事済みってわけか」
消えた白い影に、獅子は苦い笑いを浮かべる。


 獅子はしばらく考えた後、結局、元の通り管理局へと足を向けた。
朝早くから珍しく儀礼は動き回っていた。そろそろ電池の切れる頃だろう、と。
また床で倒れでもしていたら、さすがに寒くなった季節、風邪をひかれては、世話を焼く方が大変だ。
いろいろと理由を考えながら着いた大きな管理局で、獅子が儀礼の借りた部屋を聞けば、受付けの者は鍵を渡す。


 儀礼は獅子について自分の護衛として話を通しておいてくれるようになっていた。
これで、扉を破るようなことをしなくていい。
借りた鍵を使って、地下にあるその部屋に入れば、ランプも消え、中に人の姿はない。
もぬけの殻だ。
なんだか、騙された気がして、獅子は備え付けのソファーに荒々しく腰を下ろす。
そこに帰ってくるのかも分からないが、受付に鍵を返していないらしいので、きっと戻るつもりはあるのだろう。


 獅子は待つことにした。明日の朝にはこの街を出たいと、儀礼が言ったのだ。そういう時は必ず儀礼は夜には宿に帰ってきていた。
一晩眠って翌日、車の運転をするためだ。
なのに、帰ってこない。
いつもなら、帰っている時間に宿に戻らず、迎えに行こうと思ったところでゼラードが来た。
それで1時間は時間を潰したはずだが、迎えに来た管理局の研究室に儀礼はいない。
借りた研究室に入ってまもなく2時間になろうとしているが、儀礼の来る気配がない。
獅子は暇をもて余し、室内でできるトレーニングを始める。


 その部屋で儀礼を待ち始めて5時間が経過していた。
いつもの獅子ならばとっくに眠っている時間。眠気も手伝って、獅子の苛立ちは最高潮に達していた。
起きているのが馬鹿らしくなった。
乱暴にソファーに寝転がると、獅子は目を閉じる。
「獅子、元気だった!?」
唐突に現れた儀礼の気配と共に、元気な声。儀礼が嬉しそうに、獅子の元へ駆け寄ってきた。
今、扉の開く音はしていない。室内にいきなり儀礼の気配が湧いた。


 怒りを溜めこみ、一人管理局で待っていた獅子。
その苛立ちをぶつけようとして、しかし。儀礼の様子を見れば、獅子は困ったように顔をしかめる。そして、その頭に手を置いた。
「お前よりかはな」
慰めるように獅子の手は儀礼の頭を叩いた。
元気な儀礼。一見、上機嫌なようにも見える。
しかし、獅子は知っている。儀礼は怒っている人間に、怒りで満ちた獅子に、近寄れるわけがないのだ。
怒れる獅子にさえ、すがってしまう程、儀礼の心は弱っている。
ゼラードの言葉が頭に浮かぶ。
『弱い』『強くなれ』『守ってやってくれ』


「その服、どうした?」
儀礼がずっと着ていた白衣が別の物に変わっている。儀礼が繕いながら使い続けた、金属音のする頑丈かんじょうな服だった。
よく見れば、中に着ている服も見たことのない物。今まで儀礼の着ていた大量生産の服でなく、冒険者が着るような防御力と動きやすさを重視したタイプの服だ。それも、すでに使い込まれている。
少しの破れやほつれなら儀礼は直す。見た目に分からないほど綺麗に直せるのだ。
それが全取替とっかえ。
修復不可能なほど破壊されたと考えるべきだろうか。
「もらっちゃった。僕、大きくなったから」
嬉しそうに手を広げ、能天気に儀礼は言う。


 獅子は、儀礼の頭に乗せていた手を同じ高さを保って、自分の体に引き寄せる。
一月ほど前は獅子の口のあたりだった。今は、あごから首あたり。
「縮んだ」
言った瞬間に、目の前に閃光が弾けた。獅子が取り抑えた儀礼の右腕には、バチバチと光を飛ばす非殺傷系武器スタンガンが握られていた。
抑えられ、身動きできないはずの少年の目が、口が笑う。
「ケンカ、売ってんのかと思ったよ」
「買う気があんのか?」
今朝も、戦う素振りだけ見せて逃げ出した奴が何を言うか、と思いながらも、獅子の口角が上がる。
つるぎはなしだ」
儀礼が言う。
「管理局内武器の使用は禁止、だろ」
言って、獅子は儀礼の腕を開放する。
即座に、逆立ちするようにして飛んできた儀礼の足を避ける。そのままバク転して儀礼は獅子と距離を取る。


 ふわりと儀礼の白衣のすそが舞う。今までと違い、重い金属音はしない。
「「ふーん」」
確かめるような、納得するような二人の声が重なった。
目が合い、笑いそうになるのを二人はこらえる。
「珍しくやる気だと思えば、力試しって理由わけか」
楽しそうに口の端を上げ、獅子は構える。
「新しい道具って試したくなるだろ」
色眼鏡を外して、儀礼はそれをふところにしまう。透き通った茶色の双眸ひとみが獅子を捉える。
ピリッとした気配を感じ、獅子は後方に飛び退すさる。
今、獅子のいた場所を儀礼の左腕から伸びる二本のワイヤーが通過した。
「チッ」
儀礼が舌打ちするのが見えた。どうやら、うちがわに操作機があるらしい。
ポケットだけを気にしていては危険、と獅子は直感する。
その白っぽい金属ワイヤーの色に獅子は見覚えがあった。今朝、儀礼が使った金属のパイプ。
粘土のように簡単に切れたそれが、儀礼の手元で光の剣と渡り合う強度を保っていた。
そのワイヤーが無機物とは思えない動きでうねり、獅子を追いかけてきた。
(中距離戦はおてのものってか)
狭い室内を逃げ回りながら、獅子は距離を詰める隙を伺う。
見るからに隙とわかる箇所に飛び込めば、必ず何かの仕掛けが待っていることだろう。
(こんな考えながら戦うの久しぶりだな)
獅子はいつも直感で動く。考えるよりも先に体が動いていると言うのが正しいかもしれない。
さっき儀礼のワイヤーをけたように、それが確かに獅子の強みであるのだが、考えを持たない遺跡や、いくつもの仕掛けを施している儀礼のようなタイプには振り回される。
儀礼には怒気に弱いという致命的な弱点があるのだが。


 考えていた獅子の足に何かが引っかかった。
ガシャン、と言う音に右足を確認すれば、トラバサミ。
(いつ仕掛けた……)
おかしな汗が獅子の頭に浮かぶ。
間髪いれず、儀礼のワイヤーが足を捕らわれた獅子に襲い掛かる。
強化されたワイヤー、鞭のように振るうことも、針のように刺すこともできるだろう。
近付くワイヤーに獅子は、力いっぱい足を持ち上げた。
 ボコッ
床の石ごとトラップは持ち上がった。そのままワイヤーをかわすように跳び上がれば、待ち構えていた網のような物が獅子の体に巻きついた。
「……面倒くせぇ」
ぶちぶちと獅子は体についた網を破り取る。
襲い掛かってきたワイヤーを掴み、思い切り引き寄せる。
しかし、引っ張れば引っ張るだけワイヤーは儀礼の袖から伸びる。
「ふっふっふ」
なぜか自慢げに笑っている儀礼がものすごくむかつく。
獅子は、そのワイヤーに闘気を送り込んでみた。
「うっわっ」
驚いたような声を上げ、儀礼が痛みを堪えるように腕を押さえた。


 シュルシュルと勢いよくワイヤーが儀礼の袖に戻っていく。
獅子は慌てて手を離す。危うく、腕を持っていかれるところだった。
「細かいところに悪意を隠しやがって」
「ないよ、悪意なんて」
獅子の言葉に心外だ、とでも言わんばかりに、儀礼は瞳を開いて首を横に振っている。
(そっちのがたちわりい)
本人無意識での凶悪な攻撃に、獅子は頭を抱える。
しかし、これが儀礼の戦い方。獅子倉とも、シエンとも違うが、このせこい――いや、機械やトラップを使った戦いが、儀礼の本領。
あくまで今は力試し。それでも、Bランクの相手ならば十分に倒せる力があった。
(根っからの文人でも、儀礼は『シエンの戦士』か)


 穏やかな笑みを浮かべると、獅子はその身に闘気を纏う。Bランク、そこまでの手加減はもう不要。
Aランクの力で、獅子は攻め込む。闘気を込めた獅子の拳を儀礼の衣が受け止める。
儀礼が、白衣を鎧のように強化させているのだと、気付いた。
獅子は笑う。楽しそうに。そこにもう、怒れる獅子はいなかった。


(そろそろ儀礼が疲れてくる頃だ)
獅子と、多少戦えるようになったとしても、儀礼には体力が圧倒的に不足していた。
今までの経験から、獅子はそれを感じ取っていた。儀礼が何かを仕掛けてくるとしたら、今だと。
獅子の予想通り、儀礼は手の中で小さな炎を作り出した。
細長いオレンジ色の炎が、薄暗い室内に儀礼の顔を浮き上がらせる。
光を反射して二つの瞳がきらりと輝いた。儀礼が小さな火に息を吹いた瞬間、真っ赤に燃え盛る巨大な火炎となって獅子に襲い掛かってきた。
たちまち、部屋中全てを炎が飲み込み、獅子の逃げる場所は見つからない。
獅子はのどを焼かれないよう、マントで顔を覆うと、背中にある光の剣に触れる。剣を、抜く必要なはい。
獅子の周囲の炎が渦を巻くようにして、光の剣に吸い込まれてゆく。
手を離しても、剣が炎を吸い込み続けていることを確認し、獅子は走る。


「おい、武器は禁止だろっ」
瞬時に儀礼の背後に回りこみ、その腕を掴み上げると獅子は儀礼の握る武器を奪い取った。
ててっ。獅子、それは武器じゃなくて、ただの道具アイテム
にやりと、儀礼はいたずらな笑みを浮かべた。
つるぎ使った獅子の負けだよ」
楽しそうに儀礼は言った。
(なんちゅー凶悪なアイテムだ)
獅子は手の中のに収まる小さなライターを苦々しく睨みつけた。


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