ギレイの旅

千夜ニイ

旅支度(たびじたく)

 儀礼は慣れた様子でそれらの材料をパーツ分ごとに、並べ替えていく。
「なんだか懐かしい。僕、こうやって一つずつ作って旅の支度をしたんですよ」
嬉しそうに笑いながら儀礼は言う。
「最初は獅子を倒せたら一人で管理局に行っていいって言われて、獅子をどうやって倒せるかすごい悩んだんです」
くすくすと笑いながら儀礼は作業を進める。
その手は硬い金属の棒を指で丸めて鎖のように繋いでいく。
「ギレイ。その指どうなってるんだ」
驚いた顔でバクラムがギレイの話を止めた。


「どうって?」
パチパチと瞬きをして儀礼は不思議そうに問い返す。
「なんでその細い指で金属が曲がるんだ」
「細くはないです。これが普通です」
一応儀礼は言っておく。バクラムのように超大型ハンマーを振り回す人間の手と比べられても困る。
「闘気ですよ。僕の生まれたシエンでは、昔からこれを使って戦ってました。僕は金属曲げる程度の力がやっとですが」
作業を再開させて儀礼は話を続ける。


「車を作ったのは祖父なんです。僕は少しずつ改造して、ドルエド国内にいる限りは困らないようにしてったんです。そしたらいつのまにかいろんな武器や仕掛けがついてしまって」
儀礼は苦笑する。
アーデスがバクラムを呼んだ。呼ばれたバクラムは儀礼に断りを入れてアーデスを手伝いにいく。
 

「確か、そいつで死の山を壊したんだよな」
作業台に腰かけてワルツが笑う。
「うん」
三つ目のホルダーを作り終え、儀礼は小型のパソコンをしまう大きなホルダー部を作るために衝撃吸収材を大きく切り分けた。
二人きりでワルツと話せば儀礼は氷の谷を思い出す。
『命かけて守る』とそう言ってくれる人。儀礼は何もしていないと言うのに、ワルツは本当にそれを実行してくれる。
「ワルツ。妹さんに会いに行く時は、普通の服で行きなよ」
前に、ワルツは妹の子供と夫にひどく怯えられていると言っていた。
こんなに優しい人なのに、もったいないと儀礼は思った。
「またあたしの装備に不満か?」
片方の眉を上げてワルツが反論しようとする。


「だって、戦いに行くわけじゃないでしょ。鎧は必要ないよ。武器もね」
儀礼は笑ってワルツの瞳を見る。
「いつ、何があるか分からないだろ! 言っただろ、あの辺は物騒で……」
慌てたようにワルツは声を上ずらせるが、儀礼は落ち着いた調子で付け加える。
「それに、小さい子がいるなら、やっぱり教育上よくないです」
儀礼がにっこりと笑えば、ワルツは困ったように髪をかき上げた。
「……お前、教師や神官のようなことを」
「ふふふ、教師なら資格持ってますよ」
にぃ、と笑って儀礼はその資格証をポケットから出して見せる。


「お前、これ取得年齢が10歳って書いてあるぞ?」
偽物じゃないのか、とワルツがからかう。
「小学校卒業前に取ったんですよ。職があればどこに行っても困らないだろうって、僕が旅に行きたいの知ってたから、両親が。でも実際は学校を手伝わされました。うちの学校いつも人手不足で」
儀礼は苦笑する。
王都にある学校などと違い、地方の小さな学校の教師は、中学校卒業レベルの知識があればなれる。もっと言えば、読み書きと計算ができれば学校のない地域の教師の資格など取れたのだ。


「と言うか、ギレイ。あたしの服がどうこう言う前に、お前の服がズタポロじゃないか」
儀礼の服に目を留め、ワルツが呆れたように言った。
切り裂かれた白衣同様、逃げ回り、戦闘に使った服は擦り切れ、埃まみれだ。
「アーデス、確かここには古い服もあったよな?」
アーデスに確かめると、ワルツはにやりと笑って作業台を飛び降りる。
「探してきてやるよ、お前の着れそうな服。体型で言えばヤンが一番近いが、ヤンの服を借りるのは嫌だろう?」
けらけらと笑ってワルツがその部屋を出て行った。
「え? 今の仕返しとか?」
作業の手を止め、呆然と儀礼はワルツを見送った。


「俺も何か手伝おうか」
止まっていた儀礼の手の上に、パラパラと壊れていた儀礼の機器類が落とされた。
細かいそれらを、コルロは修復してくれたらしい。
「ありがとうございます」
驚いて、儀礼は感謝を伝える。今まで、ずっと一人でやってきた作業。祖父が死んでからずっと。
薬を混ぜるガラスの音、金属同士のぶつかる音。声を掛け合いながら作る作業。
懐かしい思いがこみ上げ、目頭が熱くなるのを儀礼はこらえる。
アーデスが、ワルツが彼らが差し出した手。
もっと早くに信用すればよかったと儀礼は臆病だった自分に心の中で不満をもらす。


「ギレイさん、これでどうか一度着てみてください」
折りたたんだ白い布を差し出してヤンが言う。
ヤンはわざわざ白い布を衣に仕立て上げてくれたのだ。それも、魔力の通った丈夫なものに。なぜかフードまでついているが。
 ワルツが他の部屋から持ってきてくれた服はアーデスが儀礼位の年齢に着ていた物らしい。
普通の服に見えて、やはり魔力耐性の効果があるのだと言う。
少し大きいそれらを、儀礼は袖や裾をつめて丁度良いサイズに作り変えた。余った長さを折り込み、隠しポケットを作ってある。


作業台の上に乗せられた、魔力の込もった儀礼の新しい白衣。防弾チョッキのように、ベルトで連結された衝撃吸収材製のホルダー。
そこにしまう、アーデスの作った薬品、コルロが直した機器類、儀礼の改造銃、ワルツにもらったワイバーンの瞳。
白衣の内側に通すワイヤーには、バクラムが魔力の流れやすくなるという加工を施してくれていた。
儀礼の旅支度は整った。
時間がかかり、すっかり夜も更けてしまったが、以前の装備よりずっとパワーアップされている。儀礼一人の力ではない、何しろ、世界最強パーティの力が加わっているのだ。
しかし、儀礼は白衣が新しくなったことや、装備が充実して整ったことよりも、その作業をこのメンバーと一緒にできたことが嬉しかった。
隠す必要も、守る必要も、理解してもらえないこともなく、好きに作業を進められた時間。大好きだった祖父といた時のように。


 儀礼は今一度思い出した。旅に出たいと思ったその理由を。
祖父の夢だった「馬より早く走る車」に乗って、世界を旅する。世界を見てみたい。
今、その思いが鮮やかによみがえってくる。
信頼できる仲間を得て、儀礼はもう見えない襲撃者に怯えるつもりはない。
自力でできることは自分でする。でも、どうしてもだめな時には、助けを求める相手がいる。
世界最強の友人たちが。その中には、アーデスたちだけでなく、獅子や穴兎も入っている。


 儀礼はもう一度、作業台の上を眺める。ホルダーやワイヤーの厚みで、まるで本当に寝ているように横たわる儀礼の白衣。頭部分にはフード、成長を見込みしんじ白衣の裾の長さはくるぶしにかかる程長くしてあった。その先に置かれているのは、儀礼の靴。磁石や刃の仕込んであった靴もこの際、まとめて調整し直した。
じっとそれを見ていた儀礼はなんとはなしに、いつもしている指なしの手袋と、色付きのめがねをそれぞれ手と、顔の部分に置いてみる。
全身揃った儀礼のパーツ。


 作業台の上、これは決して解剖ではない――改造だ。

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