ギレイの旅

千夜ニイ

認められた力

白い光の下、儀礼がたどり着いたのは、以前来たことのある、アーデスの研究施設。
フロアキュールではない、真冬のような雪景色の中の建物。


「あれ、こっち?」
嫌な記憶の残るその場所に、儀礼は口元を引きつらせる。以前連れてこられた時は、この場所はトラップだらけだった。
「破壊されてボロボロの研究室でよければフロアキュールにしますが? あいにくと、他の研究所は他人の入れないように細工した後でしてね、急な移転では入れなかったんですよ」
アーデスが言う。
「いいの? 僕を連れきても」
意味深に儀礼は笑ってみせる。
アーデスが一瞬無言になって考え込んだ。
「いいのか、ギレイ。そんな何かありますって言っちまって」
コルロが笑いながら儀礼の背中に手をかざしていた。腕輪の一つが黄色く光る。
「発見。発信機だな、これ。どうせやるなら最後まで隠せよな」
コルロが、儀礼の破れたポケットから小さな機械を取り出すと、声を上げて笑い出した。


「預からせてもらいます」
アーデスが言い、コルロから発信機を受け取ると、スイッチを切って机の引き出しの中にしまった。
一呼吸置いて、ヤンが一人遅れて辿り着いた。
「フロアキュールにも管理局の局員が入ってました。眠ったまま次々人が運ばれて、大変な騒ぎでっ。わ、私間違えてあっちに行ってしまって……」
恥ずかしそうにヤンが頬を赤くしている。


 絶対、打ち合わせをせずにアーデスがこっちに来たのだ、と儀礼は思う。
「僕は泊まってた街の研究室に返してもらえばそれでいいんだけど」
「その装備でですか?」
アーデスに睨むように言われ、儀礼は自分の姿を確かめる。
切り裂かれた白衣と、その下の収納ポケットになっていた分厚いホルダーは、衝撃吸収材もろとも砕かれている。
そこにしまってあった道具や薬品類はだめになったが、儀礼の銃には弾が残っているし、何より、宿には愛華(車)がある。
「問題なし」
重大な危険はないと判断し、儀礼はアーデスに答える。


「いいから、装備をなんとかする間くらいここにいろ」
低く腹の底から出てくるような大きな声。儀礼はなぜか、バクラムに怒られた。
そのバクラムは全身鎧の重装備だ。城壁を砕いた大きな武器は、ワルツと同じように背中に装着されている。
その武器には、儀礼はとても興味があった。その武器自体は名のある物ではない。バクラム・ノーグという冒険者の使う武器として、世間に知られることとなった武器。
古代遺産ではない。つまり、作り手が現代に生きている。


 ちょっと見せてもらおう、と儀礼が手を伸ばした時、「ふむ」と儀礼を見ていたアーデスが頷いた。
放っておくには危険な相手。
 「前回、白衣それを調べてから多少の改善を考えて素材を調達してみたんだが、まさか一から作ることになるとはな」
溜息のようなものを吐いて、アーデスが戸棚の下の段から大きな木箱を取り出した。
 中に入っていたのは、儀礼が使っていたような衝撃吸収材や、もっと質の良い素材。
ホルダーを作る為に必要な金具やベルトまでが揃っている。
 

「……なんであるの?」
まるで、儀礼が集めたかのように、丸々必要な素材が揃っている。
「単純に面白そうだと思ったんですよ。大量生産化すれば、戦争してる国では重宝されますよ」
作業用の台にそれらを並べながらアーデスが言った。
「それ、いけない。」
儀礼は頬を引きつらせて首を横に振る。


「これ、防弾チョッキのようにホルダーだけ並べて着たらだめなんですか?」
なんだか面倒そうにアーデスが言いだした。
「白衣着てるだけで、相手が僕のこと研究者だって思って、油断してくれるんですよ。それに、たくさん隠せて便利です」
くすりと儀礼は笑う。
「なるほどな、そこに冒険者ランクDの情報も加われば、随分楽になるわけか。実績不足のBランクと、戦わないBランク」
腕を組み、納得したようにアーデスは頷くと、大きな機械の元へ歩き出す。
「ここにある材料で作れる分位は、補充しといてやる」
口の端を上げて、アーデスが言った。儀礼の持っていた薬品のことだろう。
暗に、配合が分かっているとアーデスは言うのだ。


(だからアーデスは怖いんだ)
そう思いながらも、その人物が味方であることに、儀礼は知らず笑みを浮かべる。
人を認めぬアーデスが儀礼を認めた。
ここにいるパーティの仲間たちのように。

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