ギレイの旅

千夜ニイ

フロアキュール 儀礼の戦い 解決

 儀礼は睨み付けるように男たちの消えた虚空を見つめる。
儀礼の持つ情報は大勢の人を殺し、世界を壊す威力がある。
それを知っているから、儀礼はそれを他の誰にも渡さない。持つことをSランクと言う権限で封じる。
 アーデスも同じだ。
血で血を洗う抗争が起こると分かっているから、それを他人に渡すわけにはいかない。
それをしようとする者はアーデスの権限で滅ぼされる。


 でも、これでは守りきれない。まだ、儀礼自身が弱すぎて足りない。
儀礼は足元に落ちた小さな武器を拾い、その針をしまうと、元あった背中の白衣と服の間へと収める。
「俺の方に気を回す必要はない、余裕があるなら身を守れ」
儀礼を睨むようにアーデスが言った。静かな怒りの気配に儀礼は身をすくめる。
「ありませんよ、余裕なんて」
「なら、俺の研究室の有様は何だ。お前も襲撃者の一人か?」
薬品棚を勝手に開けた事だろうか、と儀礼は小さく首をかしげる。
アーデスの持つ薬品の中には儀礼の知らない物が多数ある。魔力が扱えると薬学の幅も広がる。
儀礼にない技術は正直、羨ましい。


「こいつのことだ」
黒い球体が儀礼に投げ渡される。
「これ、投げたらダメです」
衝撃を与えないよう、儀礼は黒い爆弾をそっと受け止める。
「そんな物を仕掛ける暇があったら、助けを呼ぶことも、敵を倒すこともできただろっ」
建物一つフロアキュールを破壊しろって言うんですか?」
不満そうに儀礼は顔をしかめた。
「その方がましだな。俺は管理局では正式にお前の護衛に就いてる。研究資料を奪われるよりも、お前の身が危険に晒される事の方が評価が下がるんだ」
やはり、アーデスも不満そうに儀礼を睨む。


「これ見て、諦めて帰ってくれればなんて思ったんですけどね。目印付きなら探索もできるし。まさか、強奪目的じゃなくて、敵も破壊目的だったなんて。帰るどころか増援が来るし」
思い返して、儀礼は溜息を吐く。余裕なんてなかった。ただ、ぎりぎりまで人を死なせたくなかっただけ。
「敵の本拠地がティーネにあったなんて。近場かと思ってましたよ。移転魔法って怖い。管理局もギルドも統制取れてない未開の国、隠れて動くにはもってこいか。」
「近場かと、思った? 近くだったら、どうだったんだよ」
コルロの指摘に、口が滑ったか? と儀礼は目線を泳がせる。
儀礼の白衣の中には発信機がある。近場だったら、その信号を頼りにアイカの装備で戦えた。管理局のような公共の建物を壊すわけには行かないが、敵の本拠地なら問題ない。
普段は起動させない発信機を『アナザー』が追跡し、今頃は管理局とギルドを動かしてくれているはずだ。


 わざと連れ去られたと取れるような発言に、睨むワルツの視線。儀礼は冷や汗を流す。
「敵のアジトも判明、一件落着!」
強制的に儀礼は会話を終わらせる。
『アナザー』の要請を受けた特殊チームが、もう間もなくこのアジトへとやってくる頃だ。


「お前、置いて帰るぞ」
呆れたようにアーデスが言った。
管理局もギルドもほとんどない、辺境の国ティーネから、儀礼に一人で帰る手段はない。
管理局があっても、ドルエドのように転移陣がない可能性すらある。
「うっ、すみませんでした……」
うなだれるようにして儀礼は謝った。


「儀礼様、一応言っておきますが」
断りを入れてアーデスが語りだす。また、怒られるのかと構えた儀礼に降ってきた言葉はまったく違うものだった。
「私はもう、こういう輩を殺すことに何も思っていません。魔物や魔獣と変わらない。あなたにそうなれとは申しません。どうぞ、我らをお使いください。」
その言葉に、儀礼はアーデスを見上げる。
右手を曲げ、胸の前で敬礼を示すアーデス。爽やかな騎士のような仕草なのに、かえっておどけて見えるのは、アーデスがふざけた目をしているから。


「俺達を使えばいい」
礼を解き、余裕のある笑みでアーデスは言い直した。
ワルツや、コルロやヤンが肯定するように儀礼を見る。
嫌味っぽいほど自信に溢れたその笑顔の方が、アーデス達には似合っていた。
恐らくは今、世界最強ともいえる実力を持ったパーティ。


 儀礼が思っている以上に、彼らは儀礼に力を貸してくれるつもりらしい。
(いいのかな、頼っても)
儀礼は、自分の持つ情報を周りから守らなければならない。
それは、父と母にも渡してはいけないもの。
(でも、彼らにならいいだろうか。)
儀礼の足りない部分を一人で補わなくていいと、そう言ってくれる。
自分の命と引き換えにしても守りたい者と、自分の命のために犠牲にしなければならない者があって。
『闇の剣士』達は後者だった。
 そして、何百人が相手でも、アーデス達は『犠牲』にはならない。


 一人で戦う必要はないと、教えてくれる。アーデスもワルツもずっとそう言っていたのだ。
力ない儀礼が、かたくなに拒んでいただけだった。
一方通行の護衛ではなく、助け合える。信頼という絆を手に入れられる存在。
儀礼にとって彼ら5人はもう、そういう存在になっていた。

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