ギレイの旅

千夜ニイ

フロアキュール 儀礼の戦い4

 儀礼の言葉で男が激昂したのがわかった。力の限りに男が闇の剣を振るう。
ドラゴンという凶悪な魔物の魔力を込めた、魔剣『ダークソード』。
男の怒気に身を硬直させる儀礼に逃げる手立てはない。


 ガガン、という何かを砕くような衝撃音。
しかし、その剣が儀礼の体に触れることはなかった。薄っすらと紫色に輝く透明な壁に阻まれ、その黒い刃の方が消滅していた。
「ばかな……なぜっ」
男が信じられないとばかりに瞳を見開く。障壁すら切り裂く魔剣『ダークソード』の刃が、防がれただけでなく、消滅したのだ。


「一応、結界のような物を仕込んでたんですよ。成功みたいです」
破れた白衣の隙間から光を放つ宝石を取り出し、安堵したように儀礼は笑う。
「ワイバーンの瞳、だと。『翼竜の狩人』(あの女)か。だがこれは、古代遺産の魔剣だぞ! そんな物で……」
男が言い掛けた所で、儀礼の腕で、腕輪が光る。
「それは、『連撃』の力か!」
知る者になら分かる、極秘扱いのコルロの腕輪。そして、室内の計器が次々と異常を報せる音を鳴らす。
白い線が何本も、儀礼の腕を繋ぐ鎖を走る。
バリン。硬い物の弾ける音がして、鎖は粉々に砕け散った。


 散弾のような勢いで飛ぶ破片に、室内にいた研究者たちは倒れた。
痛みに呻く人々の声。
その中で、『闇の剣士』だけが無傷で立っていた。
男は刃の短くなった『ダークソード』を構える。
今の一撃で決められなかったことに、歯を噛み締めるようにして儀礼は覚悟を決めた。


「お前の味方は『双璧』だけではないと言う事か……お前、何者なんだ」
ようやくアーデスだけでなく、他の者までが儀礼に力を貸しているという事実に気付いた男。
「その質問、何度目です?」
冷や汗をかきながらも、余裕を見せるように笑う儀礼に、『闇の剣士』は片手で、その首を掴んだ。強い腕力が儀礼の気道を圧迫する。
「答える気がないなら、予定通り死体にして調べるまでだ!」
「ぐっ……」
息の止まるよりも先に、男の持つ黒い刃がそののど元を切り裂こうと襲い掛かる。 


 しかし、もう遅い。儀礼は自分を守る覚悟を決めたのだ。
儀礼の持つ武器も薬品も、ほとんどをこの男の最初の一撃で壊されていた。
銃を奪われ、腕輪の攻撃は避けられた。今、儀礼に残されている手段はわずかだった。
普段ふれない、背中側にあった武器。痺れや麻酔ではなく、確実に命を奪う毒の仕込まれた得物。
手の中に収まる小さなそれは、ボタンを押して針を刺すだけの簡単なものだった。
手の届く距離に男を捉えられれば、それでよかったのだ。手の中の武器はやはりあまりに軽い。


 その時、儀礼の足元に白く輝く転移陣が描き出された。
移転魔法ではない、溢れ出るほどの大量の魔力の流れ。
 ドドーン、ガラガラ……。
床や周囲の壁を壊し、アーデスが砂煙りの中に立っていた。
「教える必要もないがな、教えてやるなら、その方はSランクの研究者だ。俺達はただの護衛……」
アーデスが言えば、その後ろにワルツ達が見えてくる。
バクラムの姿はないが、外から建物を壊す時のような轟音が聞こえてきた。


「護衛、だと……」
アーデス達の出現と、その言葉にも驚いている『闇の剣士』に、アーデスは切りかかった。
目で追うことも難しい、容赦のない一撃。見て分かる即死の状態だった。
圧迫されていた首を開放され、力の抜けた儀礼の手から、小さな武器が転がり落ちる。
そのまま、アーデス達は室内にいた研究者達をも始末した。
コルロが何かを唱えれば、男達の遺体が蒸発したように消え去る。
口を閉ざしたまま、儀礼は目を見張る。目の前で人が死ぬことに、慣れていなかった。


「お前が気にする必要はない。こいつらは俺の情報を狙ってきた敵だ。『双璧』のアーデスとして相手をしたまで。俺にも守るべき物がある。お前ならわかるな、ギレイ」
男の死体が消えた場所を呆然と見ている儀礼にアーデスが言った。
襲われたのはアーデスの研究室。絶対不可侵のそこをアーデスは留守の間に好き放題に荒らされたのだ。
アーデスの怒りも、対応も正当な行為。


 狙われるとはそういう事。
いつか、儀礼も自分を狙って来た相手を殺さねばならない時が来る。
今までの様に捕らえるだけではどうしようもない、抑え切れない流れと言うものがある。
「でも……僕が捕まらなければ、あの男は死なずにすんだ。アーデス達はたくさんの人を殺さなくてもすんだ。僕はやっぱりまだ弱いんだよ」
分かってはいても、違う可能性が思い浮かぶだけに、自分の弱さが悔やまれる。


 儀礼が思うところ、『闇の剣士』にアーデスを追う必要などなかった。「アーデスに次ぐ実力」「アーデスには敵わない」と、世間に言われ続け、男は何かを勘違いしたのだろう。
アーデスとヤンの二重の障壁を破る、魔剣『ダークソード』を操り、何百もの人間があの男のために、犯罪という道にすら動いたのだ。
きっと、アーデスに動かせる人間は少ない。アーデスは人を認めない人間だからと、儀礼は感じていた。

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