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ギレイの旅

千夜ニイ

小さな転移陣

「これ、何だかわかるか?」
これと示した物に今気付いて、アーデスは邪悪な笑みでその黒い球体を手に取った。直径2cm程の小さな物体。
よく見れば、アーデスの研究室の至る所に黒くて丸い物体が貼り付けられている。
「……儀礼手製の爆弾だな」
近くにあった物を拾い、コルロは中身を確かめて言った。
一つの球体で半径1mを粉々にする威力がある。
手に持つべきでない、とコルロはそっとそれを元あった場所に戻し、距離を取った。
研究室の障壁が破られた今、一つが爆発すれば、次々に連鎖が起こり、この研究室ごと消し飛ぶことだろう。


「すみません、『闇の剣士』の居所もやはり掴めません。儀礼様と同じ様に厳重な結界に阻まれているようです」
杖を掴み、願うように魔法で探索していたヤンが申し訳なさそうに言う。
『闇の剣士』はアーデスに次ぐ実力を持つと言われる冒険者だが、その二つ名が示すようにあくまで剣士である。
その力は魔剣を操る魔力と剣技によるもので、本人の魔法耐性は高くない。
魔法使いのように、高度な結界を自分で張る力はないのだ。
ヤンに見つけられないと言うならば、儀礼と同じ結界内ばしょにいると考えるのが妥当だろう。
「いい。これで確定したな」
アーデスは言って、爆弾を握りつぶす。ボンッと音を立てその手の中で爆弾は破裂した。
手中に作り出した障壁で抑えたために、爆風は起こらない。


「アーデス。儀礼の白衣、調べた時に埋め込んだんだろ」
ワルツが言う。
「ああ」
アーデスが答える。
「使う時だ」
詰め寄るようにしてワルツは言った。
「だな」
短く言ってアーデスは書棚から一冊の資料を抜き取る。その中に挟まっていた小さな布切れを取り出した。
2cm四方の小さな布片に細かい模様の魔法陣が描かれていた。
「ヤン、これと同じ物を儀礼の白衣に仕込んだ。追えるか?」


 成功する可能性は高いが、一度も試験をしていないため、失敗の可能性もある。
儀礼の白衣に埋め込んだ小さな転移陣。
転移陣は本来移動できない。儀式魔法により作り出した、魔力の流れを利用しているからだ。
また、移転魔法の場合は場所を指定するもので、個人を選ぶことはできない。


 そして、これはアーデスの研究成果。発表するつもりもない転移陣の移動。
小さな布切れの中に転移陣を織り込んだ物だった。
転移陣には魔力の流れが必要だ。川の様な大量の魔力が。
ヤンの持つ莫大な魔力と、精霊を惹きつける儀礼の性質。それが合わさって初めて使える効果。
発表しても何の価値もない。儀礼の持つ資料と同じだ。
しかし、思いついたら作ってしまい、作れば使いたくなる。


「見つけました! ギレイさん、無事です! よかったっ……」
ヤンは服の袖で涙を拭う。
「『闇の剣士』がいます。ギレイさんに危険が……。ごめんなさい、アーデス様、私の魔力、道を作るので尽きてしましました。行って下さい!」
大勢の移転、ドラゴンとの戦闘。今日、ヤンはすでに魔力をかなり使っていた。さらに、この転移陣に魔力を注ぎ込み、ほとんど魔力は残っていない。
戦闘の予想される転移先に行ってもヤンは足手まといにしかならないと判断した。


「転移陣の移動なら、お前は落ちないんだよな」
確認する様にアーデスは言った。
「はい、でもギレイさんが、危険に」
すぐに行かないアーデスにヤンは不安そうに答える。
アーデスはヤンを抱え上げた。
「お前をここに残せば、俺は儀礼に怒られるな」
言って、アーデスは転移陣の呪文を唱えた。
5人の姿は小さな転移陣の放つ光と共に、研究室から消え去った。

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