ギレイの旅

千夜ニイ

剣の練習

 儀礼は、コルロにもらった腕輪を解析することを諦めた。
とりあえず、何ができるのかを、調べることにする。
この腕輪から出る白い糸が、儀礼が幼い頃からたまに見る、白いつたのようなものと同じだとすれば、使い方はなんとなくわかった気がした。
これは他の道具と同じ、儀礼を守るために発動してくれるはず。


「獅子~、剣の相手して」
宿の中庭で朝の鍛錬をしていた獅子に儀礼は割り込む。
いつもの儀礼ならまだ眠っている時間。
手には長い金属の棒を引きずるように持っていた。


 剣ではない、金属の棒。
昨日、管理局からの帰り道に廃棄場に落ちているのを見つけて儀礼は磨いてみた。
さびを落とせば、くろがねに何かが混ざった合金らしく、綺麗なしろがね色をしていた。


 ガラガラと音をさせて近付けば、獅子はちらっとその金属棒を見る。
「俺の剣はこれだが」
そう言いながら、獅子は横手に置いてあった光の剣を手に取る。
「うん、そう。それ」
儀礼は笑いながら言う。
1mを軽く超える長さの棒は、剣の様に端を持つと少し重たい。なので儀礼は今、引きずっている。


「わかった。いいぞ」
そう言って、獅子は剣を構えた。
本当に、獅子は素直でいいなぁ、と儀礼は思う。
アーデスならば、「なにするつもりです?」と確実にニヤニヤ笑い出す。
クリームなら、絶対警戒して相手してくれない。


「じゃぁ、いくよ」
笑みを消し、儀礼は獅子に打ちかかる。ふざけた態度で相手ができる強さではない。
それに、儀礼のやりたいことには多分、集中力が必要いると思われた。
(力、貸して)
儀礼は心の中で腕輪に語りかける。呼びかけるその名を、儀礼はまだ知らない。
腕輪の石が白い光を放つ。その光が左手を介し金属の棒に伝わるのがわかった。
それを確かめるためなので、儀礼は聞き手と逆の左をメインに棒を持つ。


(光、消せる?)
問いかけるように思えば、淡く光る白い光が消え、金属の色自体が少し明るい色になった。
ガキン、と剣と棒が打ち合う。
硬い手ごたえ、ニィと儀礼は口の端を上げる。
次いで、そのまま数度打ち合わせる。段々と剣にかかる、力も速度も上がってくる。
様子を見るように、力を引き出すように。


 儀礼の師匠を語るだけあり、獅子はこういう力試しのようなことがとてもうまい。
だから、やりやすい。
儀礼に取っての、ぎりぎりの速さまで上がった。攻めるのは獅子の一方になる。
早朝の宿の中庭に剣戟の音が響く。
儀礼は自分に当たらないように、防ぐのがやっと。つばのない金属の棒、剣を滑らされたら危険。
剣をはじき返すようにしながらも儀礼は段々と後方に押されていく。
後ろに、壁が近付く。


(そろそろ、試すよ)
上がってきた息を一度整え、儀礼は集中を増す。
腕輪から、白く細い糸が数本現れ、儀礼の持つ金属棒に絡まる。
打って来た獅子の剣を、棒にかみ合った瞬間に、その糸が絡め取った。
剣はぴたりとその動きを止める。


「くっ」
剣を引き離そうと獅子が、力を入れたのがわかる。それでも、糸はびくともしない。
(やっぱり。いつものやつだ)
儀礼はなんだか納得した。獅子の力も止める白い魔力。
(お前、すごいな)
そう、思った途端に、腕輪がまぶしい光を放った。
ほぼ同時に光の剣もまばゆい光を放つ。
 剣の力が糸を切り離し、獅子は後方へと飛び退っていた。




 長い距離の向こうで、獅子の真剣な顔が儀礼を睨んでいる。
怒っているのではない。それは、もっと戦いたいたいと言っている目だった。
獅子は光の剣を構える。
「冗談、僕もう限界。疲れたっ」
儀礼は冷や汗を流す。ぜぇはぁと息をつく儀礼は限界、というか、すでにいつもの限界を超えている。


 試したいことはとりあえず試せた。これ以上無理をする必要など、儀礼にはない。
しかし、獅子は問答無用と切りかかってくる。
儀礼は棒を右腕に持ち替え、獅子の剣を受け止める。


 スパッ
という音がしそうなほど勢いよく、その金属棒は切れた。
カラン、コロン、と軽い音をたて、切れた端が地面に落ちる。
棒の中は空洞。その端はすごく綺麗な切り口を見せている。


「あーあ、だから言ったのにい」
儀礼は意地悪く笑ってみせる。獅子は不思議そうに首を傾げてそのパイプの破片を拾う。
「お前、これで戦ってたのか?」
「そうそっ」
儀礼は笑う。中が空洞でなければこの棒はもっと重たい。左手で獅子と戦う? 無理だ。
色々な機器を操作するため、右手にいつも金属うでわをつけていることには不安がある。


 獅子が、儀礼を睨んだ。
「……本気出せ」
低い、怒りのこもった声がそう発する。
「いや、本気だって。本気。ほんとに」
獅子の怒気に背筋を冷やされ、儀礼は涙の滲む目で訴える。
先程の一撃で、腕輪の力は光の剣に対して分が悪いことも分かった。
怒る獅子に儀礼は後ずさる。


 獅子がまた剣を構えた。闘気をまとう姿に退く様子はない。
手元を見る、儀礼の武器は短くなった金属パイプ。
「……仕方ない」
儀礼は真剣な顔で獅子に向き直る。
走りこんでくる獅子に、儀礼は忠告する。
「怪我するなよっ!」


 儀礼の左腕で腕輪が強烈な光を放つ。同時に、何本もの白い線がパイプに走った。
目のくらむまぶしい光の中、砕け散った無数の金属片が獅子に襲い掛かる。
先の鋭い破片は十分な攻撃力を持っていた。
獅子はそれを闘気を込めた剣で切り払う。


 粉々になった金属片が周囲に舞い散る。朝日を浴びてそれはきらきらと輝いていた。


「……逃げやがった」
獅子の視線の先、宿の中へと走り去っていく儀礼の後ろ姿があった。

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