ギレイの旅

千夜ニイ

アーデスを捕まえよう2

 アーデスの放出した無差別な魔力が儀礼の白衣を切り裂く。
しかし、少年は笑っている。


「アーデス、にらめっこしよう」
睨むような目つきのアーデスに儀礼が笑いながら言う。
落とし穴の底にスタリと着地し、強大な魔力で浮き上がっていたアーデスを見上げる。


 浮遊魔法ではない、アーデスは魔力の放出により浮き上がるという、超人的な現象を引き起こしていたのだ。
それを押さえつけていた魔法使い二人は儀礼の登場に深い息を吐いている。コルロはあごに流れる汗を拭った。


「笑ったら負けだよ」
儀礼は真剣な瞳でアーデスを見る。アーデスの魔力の放出が収まった。
「お前の仕業か」
静かな声でアーデスが問う。
「黒鬼にやられたんでしょ」
その問いを無視して、儀礼が目を細める。鋭く、睨むように。
「効くよね、重気さんの攻撃」
降り立ったアーデスに一歩近付き、儀礼は右腕を伸ばす。


「左の肋骨3本、内臓に重度のダメージ、左腕にひび」
一箇所ずつ、指差すように儀礼は言う。
「右足は一度裂けた?」
アーデスの足を指差し、見えにくいものでも見るように、儀礼は眉根を寄せた。
言われるアーデスは黙って儀礼の様子を見ている。その姿は何かを内に抑え静めているようにも見える。


「古い傷もあるね。さすが実力のある冒険者」
「何が言いたい」
飽きたとでも言うようにアーデスは壁を背に座り込む。
儀礼の気が済むまで事態が変わらないと解釈したようだった。


「見れば分かるんだ」
言って、儀礼はアーデスにさらに近付く。
「右肩、腕、脇腹、太腿」
なぞるように、アーデスの服の上からその部位を指差す儀礼。


「そういうことは女になってから言ってください」
言われた儀礼の目に涙が浮かぶ。
さすがにアーデス、相手に精神的ダメージを与えるつぼを心得ている。
「っ。ないから、そんな予定。……本当は立ってるのも疲れるんだろ」
涙を袖で拭い、気持ちを改めるようにして儀礼は続けた。


「何回血を吐いた? 重気さんの付けた傷は長引くよ」
儀礼はアーデスの目の前にしゃがみ込むと、その右胸を指で突く。
「小さい傷。冒険者になる前のかな? 深いね」
死にかけた? と小さな声で、儀礼はアーデスの耳に囁く。


「人には触れてはいけない傷もあるんですよ」
凶悪に、儀礼を刺すように睨め付け、アーデスは口の端を上に歪ませた。


「『笑った』ね、僕の勝ち」
立ち上がると、にっこりと儀礼は笑った。
「アーデス、余裕見せようとすると笑うよね。天邪鬼?」
少し首をかしげて言い、それじゃ、と儀礼は顔を上げる。
「おとなしく、ヤンさんに治療されてください」
完成した落とし穴の蓋を見上げて儀礼は言う。にらめっこ、はただの時間稼ぎ。
その透明な結界の向こう側では、ヤンが治癒魔法の詠唱を始めていた。


「何で怪我治さないの? 冒険者ってそうなの? 痛そうで見てらんないよ……」
儀礼は口を尖らせる。
「そのためにこんな仕掛けを?」
呆れたようにアーデスが儀礼を見上げる。
「その怪我であのトラップ抜けるなんて無謀」
儀礼は困ったように笑う。


「……仕掛けた本人が言うな。しかも、あのトラップ半分は起動してなかっただろ」
「侵入防止用だもん」
残りのトラップは今現在、この部屋に入ろうとするアーデスの敵を防いでいるもの。
アーデスが黒鬼と戦って負けたことを広めたのは儀礼だ。
負ければ当然傷を負っている。治癒できる魔法使いが近くに居るが、冒険者によっては強敵に付けられた傷を勲章か何かと勘違いして治していない場合もある。
アーデスの場合はきっと、仲間にも弱さを見せないからだ、と儀礼は思う。


 黒鬼との戦いの後、出会ったアーデスは何でもない顔をしていた。
儀礼ならば、動きたくもない傷を負った状態で。


 この作戦にはヤンの協力が必須。儀礼に回復魔法は使えない。
というか、そもそもヤンが儀礼の元に来て、「ギレイさん! アーデス様が変なんですっ! 助けてくださいっ」そう言った所から始まった。
「アーデスは元々変だよ」そう言った儀礼は、思い切りヤンに睨まれた。怒った者に儀礼は逆らえない。


 それから、仲間を扇動する役。それはヤンには無理と思われた。
だから、儀礼はそれをコルロに頼んでいた。
この間、ふざけた話でアーデスに的にされていたから、すんなり乗ってくれた。
魔法使い二人を抱き込み、儀礼の作戦は成功した。

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