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ギレイの旅

千夜ニイ

管理局本部にて5

 何者かの気配がこの管理局本部に近付いていた。
まだ距離があると言うのに、刺さるような殺気を放つ凶悪な気配。


「それじゃ、またな」
目つきを鋭くし、その方角を見ると、口端だけを上げてクリームが言った。
儀礼の髪をくしゃくしゃと撫でクリームは凄い速さで気配とは逆方向へ駆けて行く。
「あ、待ってよ!」
儀礼が呼びかけるが、振り向きもせず、クリームはその後ろ姿を消した。


「ワルツ、助けてあげられない?」
儀礼がワルツを振り返る。
「手を出すなって、あいつの気配が言ってるな」
消えた後ろ姿を眺め、ワルツは手出し無用というクリームの闘気に苦笑する。
「僕が行ったら」
「邪魔だって追い払われるだろうな。嫌われたくなければやめとけ。もっと強くなってからにするんだな」
ワルツの言葉に、儀礼が不満気に頬を膨らませる。


 それを見てワルツは笑う。
先に、ワルツに助けられるか聞いたと言うことは、その敵に自分の力が及ばないことを儀礼はわかっているらしい。
力ない己に儀礼は不満なようだった。


 ここから走り去ったクリームと言う少女を、凶悪な殺気とそれに見合う実力を持った者が追っている。
その追う者、気配を消せる力があるのに、わざと悪意ある殺気を飛ばしているように感じる。
まともな者ではない。
しかしワルツの見た限り、クリームはその敵よりも十分に強かった。
複数の巨岩を一撃で砕く魔法のような能力と、複数居た儀礼狙いの刺客を瞬時に見つけ出し、倒してくる実力を持っていた。
心配は無用。


 面白い仲間がいるものだ、と拗ねたように芝生に寝転がる少年を見る。
仰向けになり、空を見れば気持ち良さそうに目を閉じる。
天気がいいので、昼寝でもするつもりらしい。
命を狙われた場所で、のんきなものだ、と思いながらワルツはその少年の横に寝転んだ。


 温かい日差しを浴びて、のどかな気持ちでいたワルツは、突如集約した巨大な魔力に目を開いた。
正確に言うと魔力とは少し違う気もした。辺りを飲み込むほどに強大で、しかし悪いものを感じない。
日光と草の香りを孕む、温かみを感じる力。
それが、儀礼の周りに集まったかと思うと、風のようにどこかへと流れていった。
今のは一体何か、お前は一体何者なのか、調べようとしたアーデスにワルツは呆れたのだが、目の当たりにしてその異常性に気付く。
魔力ではない、魔法ではない、では何によって『世界』は動かされたのか。


驚愕で見るその少年が顔だけをワルツに向けた。目が合えば悲しげに微笑む。
「僕にできるのはそれだけ」
言外に何かをした、と言う。
「お前、何を……」
「神頼みじゃなくてこれって精霊頼みかな? 僕の力ないね」
ワルツの言葉を聞く前に、くるりと儀礼はワルツの方へと寝返りを打つ。
スポリとワルツの腕の中へ、儀礼は収まった。丸まる子猫のようだ、とワルツは思う。
その姿はひどく落ち込んでいるようにも見えて。


「あたしの胸も貸そうか?」
腕に力を入れ儀礼を抱き寄せれば、儀礼は顔を赤くしてワルツに背中を向けた。
「服、着てからにしてください」
ヤンのようなことを言う。
「あたしの装備に不満があるとでも? 最強装備だぞ」
ワルツの装備は古代遺産、他に類を見ない高性能だ。
「でも、ワルツさんのドレス姿見たいな」
ぽつりと言う、儀礼の言葉にワルツは戸惑う。本部に来るまでなら、可愛いやつめとからかいがてら頭を撫でた。


 しかし、今は他の研究者のように裏があるのではないか、と思えてきた。
「ドレスなら、ギレイの方が似合いそうだけどな」
 落ち込んだ。ワルツの言葉で、はっきりと分かるように儀礼は落ち込んだ。
覗き込んでみれば、その目に涙を浮かべている。ワルツの知る研究者はこんなことでは泣かない。
笑みを浮かべ、ワルツは言い直す。
「エスコートでもしてくれんのか?」


「喜んで」
にっこりと笑って儀礼は寝返りを打った。ワルツの頭を抱えるように上に。
ワルツを見下ろすその顔は、ワルツの知るいつも通りの少年の笑顔だった。


*************************


クリームが走り去り、儀礼は不満に頬を膨らませた。自分にはやはり、強さが足りない、と。
クリームは儀礼を助けてくれたのに、その友人の危機を救うことができない。
早く、一日でも早く強くなることを、儀礼は心に決めた。できることから。


 儀礼は日の光の当たる気持ち良さそうな芝生に目をやると、ごろりとそこに転がった。
草と土の匂いが心地いい。
空を見れば、燃える太陽が暖かい光をもたらしてくれている。白い雲が風で流れていく。
流された雲が日を隠し、儀礼の上に影を作る。儀礼は目を閉じた。


(僕に力を貸してくれる精霊と言う存在。穴兎が砂神は大地と光だと言っていた。だから、力を貸して。僕の友達を守って)


 精霊はどこにでもいると儀礼の母は言っていた。儀礼の母エリは精霊を見る力を持っていた。
その母が、精霊は儀礼に力を貸してくれるのだと言った。
助けてもらったら感謝を忘れるなとも言っていた。それが一番大切なことだからと。


(いつも、僕を助けてくれてありがとう。凄く感謝してる。お願い、今日もまた力を貸して。)
(この草と土に宿る大地の精霊。日の光に宿る光の精霊。太陽の炎に宿る火の精霊。)
(雲を作る水の精霊。大気を動かす風の精霊。影に潜む闇の精霊。)


 精霊はどこにでもいる。今の儀礼にはそれが感じられた。


 目を閉じている儀礼は気付かない。袖の下、儀礼の左腕では腕輪の宝石が虹の様に色を変え輝いた。
その光は不可視の力となって、走り去る者の武器へと注ぎ込まれる。
この時密かに『砂神の剣』が強化されたことに、誰も気付かない。
それが古代の術者が使っていた偉大な儀式魔法と言うものであることを知る者は、現代には唯の一人もいなかった。

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