ギレイの旅
管理局本部にて4
「ここで何してたんだ?」
命を狙われた儀礼に、クリームが聞いた。
普通の者なら用のないこの場所に、儀礼を狙った仕掛けがあった。
「あそこに呼ばれて。仕事で来たんだ」
にっこりと儀礼は建物を指差す。そこは、管理局の中でも特に上部の者しか入れないはずの施設。
「ああ、お前上部だったな」
その建物を見つめ、思い出したようにクリームは頷く。
そして、儀礼の笑顔を眺め、クリームはしばし無言になった。
「何が、あった」
疑問系でないクリームの問いかけ。
「僕の仕事」
口の端を上げたまま儀礼は答える。
その特別な建物を眺めて、儀礼は今度は真剣な表情を浮かべた。
滲むのはゼラードと同色の気配。ガーディアンに追われながら、鮮やかに遺跡を駆けた少年ではない。
クリームは怒りを発した。儀礼がそれが苦手なことをクリームは十分に分かっていた。
儀礼はA級ガーディアンより黒獅子の怒気に怯える人間だ。
クリームが敵を倒し、恩を返し、少しでも近づけるかと思えばやはり儀礼に先回りされていて、この男はどこまで人を馬鹿にするのかと、クリームの中で儀礼に対する怒りはすぐに湧いてきた。
たちまち儀礼の目に涙が浮かぶ。
「言え」
クリームは儀礼の襟首を掴む。茶色いグラスを奪い、涙のにじむ目を見上げれば、倒れこむように儀礼が抱きつく。
それは、最初に儀礼がクリームに飛びついてきた時と同じ力。
会いたかった、儀礼はそう言った。あれは、助けを求める言葉だったらしい。
分かりづらい、とクリームは苦笑する。
「僕は人を殺してきた」
クリームの耳元に小さな声で、儀礼は言葉を紡ぎだす。
しかし、それは冒険者を続けていれば誰にだって起きるできごと。
そのうちに慣れてしまう者も多い。初めの一人は誰でも重いものだ。
だが、儀礼の次の言葉から、儀礼の言う意味の違いを感じる。
「2万人」
震える声がそう伝える。
「僕はもう30万もの人の命を奪った」
震える儀礼の手が、クリームの背中でマントを握り締めるように掴んでいる。
「簡単なんだ。簡単すぎるんだ。人が死ぬのは……」
儀礼の目から涙がこぼれる。
「僕には実感がないっ。人を殺した実感が湧かない」
握り締める儀礼の腕に力が増す。
「僕はただ、あの人達の調査報告を聞いて、イエスと言うだけ。それだけで、僕のミサイルが発射されて、島一つ、町一つが壊されてく。調査にも犠牲がかかってるし、ミサイル以外の手段にも多くの犠牲が出る」
儀礼はクリームから手を離すと、涙を堪えるように口を閉じ、その涙を袖で拭う。
「僕がイエスと言わなければもっと多くの人が死ぬ」
儀礼は顔を伏せて続ける。
「だから、僕はまた同じ武器を作るんだ。人を殺す兵器を。変わらないよ、僕は自分の身を汚さずに、何百万の人を殺す」
白い衣に身を包み、金の髪の少年は悲しそうに微笑む。
ポン
と儀礼の頭にクリームが手を置いた。くしゃくしゃとその髪をなでる。
クリームの胸元で、透明な水晶が光っていた。それは遺跡の守護者を倒した勇者の証であると同時に、罪ある者への許しの光。
「それで、何人の命を救ったんだ? その、2万の命と引き換えに」
クリームの顔は優しく微笑んでいる。それは紛れもなく、クリーム本人の笑顔。
「……8億」
また、涙を目に浮かせ、儀礼は桁違いの数字を口にする。
「それは何国分の人命だよ」
思わずクリームは笑う。
「でも、その2万の中に、クリームや、ワルツや獅子や家族がいたら? 僕は8億を殺すかもしれない。怖いんだ」
その、何国分もの人間を儀礼は見殺しにするかもしれない、とそう言う。たった数人のために。
Sランク、世界を壊す力を持つ者。それは狙われる、とクリームは納得した。
世界を救うのが『勇者』。
クリームがここで倒した連中はその称号を欲した者と思われた。
「撃てよギレイ。もしその状況になったなら、そのミサイルとやら、撃て。そんなもの、あたしの砂神で砕いてやる」
にやりと、自信溢れる笑みでクリームは笑う。
『勇者』は強き者を倒すのではない。
それが儀礼の求める『砂神の勇者』ならば、儀礼を世界を壊す者にはさせないと、クリームは伝える。
「『勇者』は弱い者の味方だからな」
儀礼の瞳が涙で揺れた。安堵したように。
「だからクリームは好きだ……」
しがみつくように、また儀礼はクリームに抱きついた。
「そういうことはもっと大人になったら言え」
溜息と共に、クリームは儀礼の頭を撫でる。
今のセリフは「お母さん好き、お父さん好き、お姉ちゃん好き、獅子好き、クリーム好き」。
絶対同系列だ、とクリームは確信する。同系列。家族と同格でクリームを認めると。
もう家族と呼べる者のないクリームにはそれはすごく温かかった。
しかし、その温かいものを儀礼があちこちで振りまけば、どこかでトラブルを起こしそうだ、とクリームは苦い思いで笑う。
「お前はどこまで家族を増やすんだ?」
クリームの肩で儀礼が首を傾げる。クリームの言葉の意味が分からなかったらしい。
(本当に、罪な奴)
そう思いクリームは、はたと気付いた。『お前は、なかなか罪深いやつだな』クリームは儀礼にそう言った。
その瞬間に、儀礼は困惑したようにワルツを紹介した。
今思えば、それでクリームはワルツに注意を逸らされた。
結局、儀礼の異変に気付くのに遅れた。
核心を突かれて逃げ出すとは、お前は子供か、とクリームは儀礼に怒りを送る。余計な手間を食った、と。
途端に儀礼がぴしりと固まった。苦手な怒気を送るクリームに抱きついたままで。
面白いものだ、と肩を揺らしてクリームは笑う。
この慣れない「友人」と言う存在を。
命を狙われた儀礼に、クリームが聞いた。
普通の者なら用のないこの場所に、儀礼を狙った仕掛けがあった。
「あそこに呼ばれて。仕事で来たんだ」
にっこりと儀礼は建物を指差す。そこは、管理局の中でも特に上部の者しか入れないはずの施設。
「ああ、お前上部だったな」
その建物を見つめ、思い出したようにクリームは頷く。
そして、儀礼の笑顔を眺め、クリームはしばし無言になった。
「何が、あった」
疑問系でないクリームの問いかけ。
「僕の仕事」
口の端を上げたまま儀礼は答える。
その特別な建物を眺めて、儀礼は今度は真剣な表情を浮かべた。
滲むのはゼラードと同色の気配。ガーディアンに追われながら、鮮やかに遺跡を駆けた少年ではない。
クリームは怒りを発した。儀礼がそれが苦手なことをクリームは十分に分かっていた。
儀礼はA級ガーディアンより黒獅子の怒気に怯える人間だ。
クリームが敵を倒し、恩を返し、少しでも近づけるかと思えばやはり儀礼に先回りされていて、この男はどこまで人を馬鹿にするのかと、クリームの中で儀礼に対する怒りはすぐに湧いてきた。
たちまち儀礼の目に涙が浮かぶ。
「言え」
クリームは儀礼の襟首を掴む。茶色いグラスを奪い、涙のにじむ目を見上げれば、倒れこむように儀礼が抱きつく。
それは、最初に儀礼がクリームに飛びついてきた時と同じ力。
会いたかった、儀礼はそう言った。あれは、助けを求める言葉だったらしい。
分かりづらい、とクリームは苦笑する。
「僕は人を殺してきた」
クリームの耳元に小さな声で、儀礼は言葉を紡ぎだす。
しかし、それは冒険者を続けていれば誰にだって起きるできごと。
そのうちに慣れてしまう者も多い。初めの一人は誰でも重いものだ。
だが、儀礼の次の言葉から、儀礼の言う意味の違いを感じる。
「2万人」
震える声がそう伝える。
「僕はもう30万もの人の命を奪った」
震える儀礼の手が、クリームの背中でマントを握り締めるように掴んでいる。
「簡単なんだ。簡単すぎるんだ。人が死ぬのは……」
儀礼の目から涙がこぼれる。
「僕には実感がないっ。人を殺した実感が湧かない」
握り締める儀礼の腕に力が増す。
「僕はただ、あの人達の調査報告を聞いて、イエスと言うだけ。それだけで、僕のミサイルが発射されて、島一つ、町一つが壊されてく。調査にも犠牲がかかってるし、ミサイル以外の手段にも多くの犠牲が出る」
儀礼はクリームから手を離すと、涙を堪えるように口を閉じ、その涙を袖で拭う。
「僕がイエスと言わなければもっと多くの人が死ぬ」
儀礼は顔を伏せて続ける。
「だから、僕はまた同じ武器を作るんだ。人を殺す兵器を。変わらないよ、僕は自分の身を汚さずに、何百万の人を殺す」
白い衣に身を包み、金の髪の少年は悲しそうに微笑む。
ポン
と儀礼の頭にクリームが手を置いた。くしゃくしゃとその髪をなでる。
クリームの胸元で、透明な水晶が光っていた。それは遺跡の守護者を倒した勇者の証であると同時に、罪ある者への許しの光。
「それで、何人の命を救ったんだ? その、2万の命と引き換えに」
クリームの顔は優しく微笑んでいる。それは紛れもなく、クリーム本人の笑顔。
「……8億」
また、涙を目に浮かせ、儀礼は桁違いの数字を口にする。
「それは何国分の人命だよ」
思わずクリームは笑う。
「でも、その2万の中に、クリームや、ワルツや獅子や家族がいたら? 僕は8億を殺すかもしれない。怖いんだ」
その、何国分もの人間を儀礼は見殺しにするかもしれない、とそう言う。たった数人のために。
Sランク、世界を壊す力を持つ者。それは狙われる、とクリームは納得した。
世界を救うのが『勇者』。
クリームがここで倒した連中はその称号を欲した者と思われた。
「撃てよギレイ。もしその状況になったなら、そのミサイルとやら、撃て。そんなもの、あたしの砂神で砕いてやる」
にやりと、自信溢れる笑みでクリームは笑う。
『勇者』は強き者を倒すのではない。
それが儀礼の求める『砂神の勇者』ならば、儀礼を世界を壊す者にはさせないと、クリームは伝える。
「『勇者』は弱い者の味方だからな」
儀礼の瞳が涙で揺れた。安堵したように。
「だからクリームは好きだ……」
しがみつくように、また儀礼はクリームに抱きついた。
「そういうことはもっと大人になったら言え」
溜息と共に、クリームは儀礼の頭を撫でる。
今のセリフは「お母さん好き、お父さん好き、お姉ちゃん好き、獅子好き、クリーム好き」。
絶対同系列だ、とクリームは確信する。同系列。家族と同格でクリームを認めると。
もう家族と呼べる者のないクリームにはそれはすごく温かかった。
しかし、その温かいものを儀礼があちこちで振りまけば、どこかでトラブルを起こしそうだ、とクリームは苦い思いで笑う。
「お前はどこまで家族を増やすんだ?」
クリームの肩で儀礼が首を傾げる。クリームの言葉の意味が分からなかったらしい。
(本当に、罪な奴)
そう思いクリームは、はたと気付いた。『お前は、なかなか罪深いやつだな』クリームは儀礼にそう言った。
その瞬間に、儀礼は困惑したようにワルツを紹介した。
今思えば、それでクリームはワルツに注意を逸らされた。
結局、儀礼の異変に気付くのに遅れた。
核心を突かれて逃げ出すとは、お前は子供か、とクリームは儀礼に怒りを送る。余計な手間を食った、と。
途端に儀礼がぴしりと固まった。苦手な怒気を送るクリームに抱きついたままで。
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