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ギレイの旅

千夜ニイ

管理局本部にて3

狙われた儀礼に届く前に、その大量の凶器である岩は砂になって消え去った。
それをやったクリームと言う少年の力。ただの魔法とは違うようだった。
『砂神』と呼んだそれは恐らく、精霊魔法に近いと思われた。


「ふーん」
ワルツはその力に納得する。
儀礼をワルツに押し付け、前へ出た少年の余裕。
裏に近いクリームの気配に、儀礼が警戒せず懐く理由。
そして、アーデスの言葉の意味。


 儀礼が最初にフロアキュールを訪れた時、アーデスと儀礼が話し込んだのを、パーティ皆で盗み聞きしていた。
そこで、アーデスが儀礼に言った言葉。
『お前には時間がなかった。本来なら、優秀な仲間が周りに育っていたはずだ』と。
 その、育つ途中の存在がこの少年なのか、とワルツは思う。


「凄い! クリーム、砂神の力使いこなしてるんだっ」
儀礼が瞳を輝かせてクリームを見ている。
「凄いって、お前が教えてくれたことだろう」
呆れたようにクリームが振り返った。
「僕がやってもできなかったよ?」
首をかしげて儀礼が答える。
こいつ、今のを試したのだろうか、いつ、どうやって。
先程の白マントが脳裏に現れ、ワルツの中に笑いがこみ上げてくる。
 クリームという少年もまた口元を隠して笑っている。
本当に、儀礼といると緊迫感がなくなる。


 また、魔力の集約する気配を感じた。
同時にクリームがその方向に走り出す。相手の気配は一人ではない。
「待って、クリーム。その人たち殺さないでっ」
儀礼が頼むように言う。
うまいことワルツの手の中から抜け出そうとしたので、ワルツは腕に力を込めなおした。
結構な力が入っているのだが、思っていたより儀礼の力が強い。さすが『黒鬼』仕込か。


「殺さない理由は?」
冷めた目でクリームは儀礼を見る。
ワルツたち護衛からすれば、儀礼の命を狙う者はどんな理由にしろ消すべき存在。
この少年に取ってもまた、それは同じようなものらしい。


「だって、そんなにたくさん人数抜けたら、僕にまで仕事が回ってくる。今だって、一人抜けるたびに声がかかるのに……」
泣くような声で言い、儀礼は両手で自分の顔を押さえた。仕事量の問題らしい。
しかし、儀礼の言い方では、今回の敵、あの会議室に居た連中と思われる。
クリームはじっとその儀礼を見ている。見定めるかのように。
その左の手は警戒したように、儀礼の命を狙う者に向け伸ばされたままだ。


「僕、まだ……あんな所にいたくない」
絞り出すような声が儀礼の口から出た。
切ない響きを持つそれは、近くにいる者の心を震わせる。
「それは本音だな。……なら、殺さないから安心しろ」
そう言って笑ったクリームの顔は穏やかで。それが少女なのだと、ワルツはようやく気付いた。


それからクリームは瞬速で走り出し、飛んできた岩の群をまた砂に変える。
その砂塵の中、クリームの姿はすぐに見えなくなった。
「あれ、お前の恋人かなんかか?」
ワルツの問いに、儀礼は首を横に振る。
「友達!」
嬉しそうに儀礼は笑った。




 数分後。
クリームは静かに戻ってきた。ワルツたちの背後から、気配を消したままと言う趣味の悪い奴だ。
アーデスを髣髴とさせる。


「気絶させただけだ。目覚めれば仕事はできる。それでいいんだろ?」
背後からのクリームの言葉に、こくんと儀礼は頷いた。嬉しそうに笑っていた儀礼が、ワルツの腕の中で随分とおとなしい。
「ああ、もうそいつ放して大丈夫だぞ。敵はいない」
振り返ったワルツに向けてクリームが言った。
その言葉に、クリームの倒してきた儀礼の敵が、今儀礼を狙った者達だけでなかったことに気付く。
いったい、どこで何人倒してきたと言うのか、ワルツは苦笑する。


「クリーム、怒ってる」
そう言って儀礼が、手を放したワルツから離れない。
「分かってるなら素直に言え、あいつらの狙いが『白い衣の少年』だったって知ってたのか?」
クリームが儀礼を睨む。


 遠目から見れば白いマントに身を包んだクリームと、白衣を着た儀礼の見分けは付かないだろう。
似たような体型、髪の色もクリームは薄い茶色で、日に透ければ金に見える範囲。そして、本部に入れる子供などそういない。
その標的を知っていたのなら、クリームから白いマントを奪った時点から儀礼はあの連中の存在を知っていたことになる。
知っていて、相手の的を儀礼一人に絞った。


「知るわけないじゃん。僕ここにいたもん」
子供のようなしゃべり口調で儀礼は口をへの字に曲げる。
背中にはまだクリームの白マントをしたままだ。
ワルツはこの真剣な話の中、困ったことに笑いそうになった。


 無言で近寄り、クリームは儀礼からマントを剥ぎ取る。
強者に睨まれ、儀礼は涙を浮かべて固まっていた。
少しして、観念したのか儀礼は俯く。
「僕を表す一番簡単な表現だろ。いつも白衣着てるし。名前出せないならそれが通る」
力ない憮然とした声で儀礼は語った。
「奴らの装置とやらが発動しなかった理由は?」
儀礼を睨みつけたままクリームが続ける。
装置、機械ならば殺気も魔力もない。ワルツが他の敵に気付かなかった理由はそれだろう。
ECMイーシーエム
ポツリと言って儀礼はポケットから四角い箱を取り出した。
「少しの時間、リモコンで起動するタイプのは動かなくなる」
納得したようにクリームが視線を逸らせば、儀礼は肩から力を抜いた。


儀礼からは子供のような口調も態度も消えている。
どうやらあれは一種の猫かぶりのようだった。気をつけねば、とワルツは儀礼を見る。
ワルツは完全に騙されていたようだ。
儀礼が、本部に来る護衛にコルロやアーデスでなくワルツを選んだ理由が、ようやく理解できた。
知恵比べではワルツは儀礼に劣る。
これは間違いなく、Sランクの『蜃気楼』だった。

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